【177】今日も今日とてまた社交
ふぁ〜あ。大あくびしながらムクっと起き上がって背伸び。よく寝た。
「おなかすいたぁ……。」
起床要因、空腹。
本当はまだまだ眠っていたかったのだけど、猛烈な眠気の中でも無視できないくらいに空腹感が高まってきたのでやむなく起床。
時計を見ればもう十一時。ほぼ昼。
起きてのたのた動いてフラフラと最低限だけ身支度を整え、よれたネグリジェからラフな寛ぎ用ドレスに着替えてメイドさんを呼ぶためのベルを鳴らす。
ご飯ください、お肉多めで。
そんな身も蓋もないオーダーをして、二度寝する気満々でベッドにモゾモゾ潜り込み、怠惰な貴族スタイルであるベッドでブランチを決め込ませて頂く。
まだまだ眠い。頭の芯がまだ動いていないし、足とか腰とか微妙に筋肉痛と疲労感がある。不快な違和感。もう歩きたくないし動きたくない。
「おはよう、ツェツィーリア。眠れた?」
「おはようございます。まだ眠いので、食べたら夕方までまた寝ます」
「それが良いよ。昨日はハードスケジュールだったし、今夜は今夜でまたパーティーだからね。少しでも体力を回復しておかないと」
「バイルシュミット公爵邸での夜会でしたよね? どなたがいらっしゃるのでしょうか?」
「あそこの家は大きいから……まだ王都に留まれる貴族は大体みんな来るんじゃないかな? 僕も一緒にお昼食べてもいい?」
「どうぞどうぞ。あっ、じゃあ、下位貴族も来るのでしたら、グリンマー家も?」
「だと思う。お義父さんとお義母さんが来ない筈はないし。コンラートも、それからファイルフェン夫妻も参加するみたいだから、王族や公爵家、侯爵家なんかへの挨拶が済んだら、親しい人とだけ交流しておけば良いし、昨日よりは楽な筈だよ」
アルバンがいそいそと隣に来てくれる。
ぼんやりしていて、頭がややボサっている私の頭を指でちょいちょい、とやって前髪に混入した後ろ髪を正しい位置に戻してくれる。うっ、この仕草、愛を感じる。好きだ。このマメさ堪らん。
目の前で、メイドさんがワゴン引いてきてくれて、でっかいローストビーフを切り分けてくれる。火がしっかり通っていつつもピンク色を残した見事な赤身肉。それを贅沢にやや分厚めの薄切りにして、上から何やら黄金に輝くジュレソース。何味だろうと思ったら、どうやらブイヨンと白ワインとレモン果汁煮て作ったものらしく、さっぱり美味しい。うーん、ローストビーフには赤ワインソースが定番と思っていたが、白ワインとレモンもなかなか良い。あっさり味で幾らでもいける。
ほぼ昼食なので主食はパスタ。ソースはアスパラガスを濾してクリームとチーズそれから砕いたピスタチオと合わせたもので、優しい甘味がありながらもしっかり濃厚で美味しい。
うーん、なんか、これ、前来た時より美味しくなっているような?
「こちらのお屋敷のシェフ、腕を上げたんでしょうか?」
「ああ、それなんだけど、ツェツィーリアは本邸のシェフがお気に入りみたいだから、レシピを作らせてこっちの屋敷のシェフに届けさせたんだ。だから前より美味しくなってるかも」
「あっ、なるほど。本邸のシェフのレシピだったんですね。納得しました」
やはり素材の質や新鮮さによってか、はたまた料理人の手癖によるためか、本邸のシェフのご飯が一番好きだけど、これはこれで凄く美味しいので大変ハッピー。細かいところまで見逃さない甘やかし夫ことアルバンに感謝するしかない。
「ありがとうございます。とても美味しいです」
「ツェツィーリアの口に合うようで良かったよ。ローストビーフは? もっと食べなよ」
「はい。お肉、たくさん食べたいです」
貧血だからかやたらサッパリした赤身肉が美味い。まだまだイケるが、しかして、他にもサラダとかスープがご用意されているし、バランス良く食べなくては。
サラダはブロッコリーと茹でエビとオリーブ、それにベビーリーフ。ゴロゴロして食べ応えがある。ドレッシングはアンチョビ。
スープはジャガイモと溶き卵で、味はコンソメベース。あっさりしているがこちらも具材ゴロゴロ系なあたり、そろそろこっちのお屋敷でも私の食い意地が周知されているのであろう。ありがとうございますこのままでお願いします。
「ツェツィーリア、ローストビーフのソース、もう一種類あるみたいだよ。新玉ねぎのソースだって」
「食べます」
春らしい新玉ねぎは多分きっと生。微塵切りにしたそれを酢と油とハーブでマリネ状態にしたもので、やや新玉ねぎの辛さがあるもののお肉に絡み付いてベストマッチ。これも美味いなもう一切れ食べよう。
やや分厚めの大きめなお肉をもぐもぐたっぷり五切れも食べてしまった。爆食。まさに暴飲暴食。淑女失格。が、私はもう大食い女として生きる覚悟を固めたので「すみません、もうちょっと寝てからまた食べますので取っておいてください」まで要求する。
血が足りねぇ。
肉を寄越せ。
鉄分くれ。
満腹になるまで食べて、食後のカモミールティーをキメてフィニッシュ。二度寝する気満々な私に、すでにメイドさんが適応し始めている、だと……?
カモミールティーの効果はリラックス効果。主に寝る前とかに飲むものなのでまあそういうこと。
「良かった。今日は食欲があるんだね。安心したよ」
「ご心配、及びお手数をお掛けしまして、大変申し訳ございません。昨日は……本当にありがとうございました」
「心配はしたけど、謝らないで。君が健康で、元気でいてくれるのが僕は一番嬉しいよ」
「あ、愛が深い……好き……!」
「僕も好き。愛してるよ。じゃあ、僕は仕事に戻るから、ツェツィーリアはゆっくり休んでね」
くっ、軽くいなされた。
悔しい。
おかしい。最初はアルバンの方が私にメロメロだった筈なのに、最近は私の方が骨抜きになっているような気がしてならない。
でも、余裕がある態度の時のアルバン、穏やかで大きな強い生き物感があって凄くなんかあの、見るだけで健康に良い。寿命が伸びる。昨日のハードスケジュールで疲れて荒んだ心が浄化されていくぜ。
しかし、アルバンは体が強くて体力があるとはいえ、今日も仕事とは、やはり真面目だなぁ。常に頑張っていて大変に偉い。怠惰で貧弱な私とはえらい差である。
が、実際問題、今夜の夜会も「よっぽどの事情」がないとまず欠席できないやつなので、私のような脆弱な肉体の持ち主が参加するには、寝倒して疲労回復するしかないんだな!
しょうがない。
寝よう。
割り切って休んだ方が良い。
満腹感と幸福感と柔らかくあったかいお布団に包まれて、天蓋おろして遮光して、そのまま二度寝をガッツリ。
起きたら、もう夕方。十六時。
目が覚めたらなんか、いつの間にやって来たのか、ミトンが足元でビヨンと長くなって寝ていた。
ミトン……なんか、鼻が微妙にピヨピヨ鳴ってるの、面白いけどちょっと心配になるな? 首か? 首の角度が良くないのか? えっ、呼吸が苦しかったりしてないよね? 大丈夫?
でも可愛いな……?
ついつい、そっと撫でてみたりしてしまう。しかしミトンは寛容なケットシーなので、ウニャウニャ動いて丸まって、キュッと自分の可愛いぽてぽてのお手手で顔を覆ったりするのみである。
「かっ、かわいい……!」
「ツェツィーリアさま、おはようございます」
ベッドの横に控えてくれていたらしいニーナがサッとやって来た。
「おはようございます、ニーナ。えっ、ミトン、眠たい時にはこんな風になるんですね。むぎゅっと丸まっていて可愛いですね」
「ああ。ミトンはいつも広がったり丸まったりを繰り返す。大体左巻きのことが多い」
「巻き方に偏りがあるんですか?」
「ある。丸まって寝る時は左巻きだし、おもちゃに戯れる時はいつも左手を使う。ミトンは左利きだ」
「利き手があるんですか……!」
考えたこともなかった。猫の利き手。普段のミトンはどうだったっけ? あんまし覚えていない。が、ニーナがそう言うのだから、ミトンは左利きなんだろうな。かわいいサウスポーちゃんめ。
二人してミトンをゆっくり撫で撫で。ミトンは途中からゴロゴロ喉を鳴らして、目を閉じてウットリしつつも、お得意の腹出しを披露。おお、やや丸まったままの腹出し、凄まじく可愛い。平和の体現のような姿。素晴らしい。
二人でわぁ、かわいい〜、なんてゆるゆるまったりミトンを撫でていたら、時間が三十分ほど溶けていった。
「ツェツィーリアさま、そろそろ準備をしないと間に合わない」
「そうですね…………。」
夜会、行きたくない。
面倒臭い。
お家でゆっくりのんびり、ダラダラしつつ、このままミトンを撫でていたい。あわよくば、猫用おもちゃで遊んだりとかしていたい。
でも行かざるを得ない。
諦めてとぼとぼお風呂に入りスキンケアをし、着替えてニーナにヘアセットして貰ってお化粧やって貰ってメイドさんに今日のドレス着せて貰って……で、本日も他所行きのフォーマルめドレス。
しかし今日は国を挙げてのパーティーではなく、王太子妃を排出されたバイルシュミット公爵家が、新婚の王太子妃夫妻のお祝いのために開くという名目の集まりなので、いつもの黒いヴェール着用で臨んでも許される。やったね。
アルバンと結ばれてのち、確かに、結婚初夜の際に事前にプレゼンして貰った通り、感覚過敏は改善された。
不機嫌な人と同じ部屋に居ても寝込んだりすることはなくなったし、大勢の人の前にヴェール無しで出ても気絶したりはなくなったが……度合いがマシになったというだけで、ヴェールなし、正直キッツイ。
証拠に、アルビレオやアマーリア、生まれて来てくれた我が子、それもなんなら十月十日もお腹の中で共存してくれていた子だというのに、不機嫌でギャン泣きしていたら漏出する魔力によってグロッキーになっている。ほぼ船酔い。我が子相手でもケロケロ吐きまくっているため、知らない人々が大勢集まる場では当然、色んな人の色んなそれぞれの感情が乗ったまんまの魔力がビシバシ突き刺さったり絡み付いてきたり。
昨日の式典の時や昼餐、ダンスパーティーなどでも決定的に体調が悪化するという訳ではないのだが、月経に伴う不調とはまた別に、どこかの誰かから飛んでくる悪意が肌に触れていたので地味に、薄らそこでもダメージを負っていた。
実を言うと、フリートホーフ領の本邸は使用人の皆さんも騎士団も軒並み私に甘く好意的なので全く体調には影響がないのだが、こっちの王都のお屋敷に関しては、まだ使用人の皆さんが私の扱いを慎重に見極めようとしているらしく、その緊張が無意識に漏出する魔力に乗って、ややピリッとする時がある。
そのうち私たち夫婦に慣れてくれれば問題なく過ごせるようになるだろうが、こればっかりは仕方ない。
屋敷の主人としてアルバンは怖くて無愛想で厳しいし、私がアルバンの機嫌の良し悪しを握っているとくれば、使用人の立場だと当然、緊張してしまうだろう。
――それを思うと、本邸の使用人の皆さん、順応能力が高いな?
「できた。今日のヴェールは百合模様だから、シニョンで留めるために、ピンの上から黒百合のコサージュを併せた。パールは白。いつものツェツィーリアさまの装いだけど、首飾りは四連のアシンメトリ」
「コサージュ、綺麗ですね」
黒百合の形をした布製のコサージュには、朝露をイメージしてか、小粒な白い淡水パールが花びらのふちに縫い付けてある。凝っている。こんなのいつ作らせたんだろう。
私がファッションを全部アルバンとニーナに丸投げし過ぎているために、とうとう二人が私にいちいち聞いたりせずにガンガン発注するようになってしまった。凄くラクです。ありがとうございます。
「口紅はワインレッド。アイシャドウは紫。昨日より顔色が良いし、ヴェールがあるからファンデーションやチークはしない。ツェツィーリアさまは元の肌が凄く綺麗だから、口紅とアイシャドウだけの楽ちんメイクでもどうにかなる。これは凄いことだ」
「ありがとうございますニーナ。お化粧が少ないだけで凄く楽です」
粉が黒いヴェールに付いたら目立つ。
なので化粧の材料は少なければ少ないほど楽。付着する心配をしなくて良いから。
ただし、流石にノーメイクはマナー違反というか、常識にを疑われる。なのでバリッと化粧はしてめすよアピールとしてワインレッドというくっきりした色の口紅という訳だ。ニーナ、賢い。
「ドレスは首元まで詰まった長袖で、エンパイアラインだから、月経中でもあんまり目立たないし楽だと思う。ただ、お腹が冷えるかも知れない」
感心がないのでよく知らなかったが、ドレスはこう、色んな形にそれぞれ名前があるものの、Aラインとかエンパイアラインとか、そういうナントカライン、と名のつくものはドレスのスカート部分の形状を表しているそうだ。
私も有名なプリンセスラインやらAラインやらは薄ぼんやりと知っているが、エンパイアとか言われるともうその時点で微妙。これはある意味で大食い以上に淑女失格案件。だって興味がないんだもん。
ニーナの解説によると、エンパイアとやらは胸下で切り替えで、スカート部分の膨らみが控えめながらも軽めの生地でゆったりしているとのこと。確かに楽。布ぐるぐる巻きでもバレなさそう。
とはいえ、もう月経三日目も終盤戦。出血量はそこまででもなくなってきているため、血が漏れる心配はない。勝った。これは勝った。
しかしてまだちょっと疲労と貧血でヨレヨレしているため、ちょっと油断したらヒールだと足をぐねりそう。気を付けなくては。
「今日は露出の少ないドレスで本当にホッとします」
「ツェツィーリアさまは……顔を人に見られるのは好きじゃないのか?」
「そうですね。アルバン様やニーナ、それに本邸の使用人の方々や、騎士団の方々なんかは平気ですが、あまりよく知らない人が大勢居る場所だと、気持ちが落ち着かないんです。髪や目の色ばかり見られているような気がして……。」
結婚前は「ケッ、どうせ私は魔力無しだよ」とやさぐれて頭からヴェール被って隅っこでモグモグパーティー料理食べつつやさぐれていられたが、うっかり特大の玉の輿に乗っちまったので、真面目に辺境伯夫人をやらねばならない。私が最低限ちゃんとやれていないとそれはイコールでアルバンの恥、ひいてはフリートホーフ辺境伯家の恥となってしまう。そうなったら恩を仇で返すのと同じことだし、今はもう三人もの子供が居るため、子供たちの将来に泥を塗ることにもなりかねないため社交は不可避。
アルバンも社交が大嫌いなのに、お父さんとしてかわいい子供たちの将来のためにもと頑張って人前に出ているので、本当に立派である。それに……やっぱり、私の黒髪についてもそうだが、アルバンに関しては白銀にプラスして、顔の傷があるため、遠くからヒソヒソ心無いことを言われたりもするようだし……アルバンが虐められるようなら私が守らなくては!
と、意気込んではいるのだけれど、やっぱり知らん人は怖い。
広げたくない交友関係。
世の中には貴族平民問わず、フンベルトやらメラニーやらみたいな思いも掛けない行動に出る人々が確実に混ざっているため、もう知らん人に対面するとなると臆病者の私は疑心暗鬼。ドッキドキ。あっ、すいません距離取って貰っていいですか? それが正直な気持ち。
ヴェール一枚挟むと心理的にだいぶ楽。
なので被っていたい、このレース。
そうです私は弱虫で臆病な人間です。
「ツェツィーリアさまが綺麗だからみんな見てるんだと思うけど、でも、ツェツィーリアさまが見られるのが嫌なら、ヴェールを使えるところでは使った方が良いと思う」
「うっ、ありがとうございますニーナ。今後ともよろしくお願いします」
ニーナは小首を傾げつつも、最終的にこっくり頷いてくれた。とりあえず、理解は出来ないが、私にとってはそれが嫌なことなんだと把握はしてくれたらしい。優しい。
今回はニーナもちょっとドレスアップ。
ハーゲル騎士爵の位を賜ったため、護衛も兼ねて今回が社交界デビュー。
けれども、超特殊ポジション、女騎士であるし、ニーナ自身は自分がドレス着て着飾ることに余り興味がないらしく、スタイリッシュな男装となっている。
「ズボンの方が護衛の仕事はしやすいし、騎士用の剣を提げて千切れない女性用の剣帯がないから、こっちにした」
とのこと。
確かに。物理的に騎士用の剣は重たい。ニーナに渡したものは子供仕様にちょっとだけ短くはあるが、定義としてはロングソードにあたる。重さとしては2キロいかないくらい。
一応、我が国にもごくごくごく稀にではあるが、男勝りに剣術をやっていた貴族令嬢や騎士の息女とかも歴史上には何人か居たので、ドレスの上から着けられる女性用の剣帯というものも存在はしている。しているが、装飾性に極振りしているため、ほぼ完全にアクセサリー。
ポジションとしてはこの間、私がアルバンから貰ったシャトレーヌの更にマイナーという感じであり、言ってしまえば腰回りを飾るためのものと貸しているため、ガチの騎士用の剣なんか提げたらまあ壊れる。千切れる。やらなくてもわかる。あれは使えない。
なので、ニーナは自分のお給料で自分の服をオーダーした。
主に私の服代で王都の大通りに店を構えることになったといういつものデザイナーさんと相談し、凛々しく、可憐に、ファッショナブルかつスマートに、シルエットがスキッとした軍服風の、だが武骨ではない群青色の一揃いを作ったそうだ。あら素敵。
ニーナは手足が長くて体付きが子供ながらもしっかりしている、というか、宮廷画家のクサヴェリア曰く「ニーナ様は骨格エリートです!」ということらしいので、なるほど、よく似合っている。
物凄く華美な訳ではないのだけど、見てすぐに「仕立てがすげぇいいな……?」と思う代物。センスの塊。
最近伸ばした髪を後ろでビロードのリボンで結び、バッチリ決めればもうなんか、すごい凛々しい美少年風。相棒のミトンもセットで同じ色のリボンを首に巻き、ちょっと大きめのアメジストのペンダントトップが通してある。ていうかどうやっているのか分からんけど、リボンの結び目がお花みたいになっている。ニーナの器用さが留まるところを知らない。
「ミトンも素敵なアクセサリーを着けていますね。どこで買ったんですか?」
「ああ、それはカトリンとレオンが紹介してくれた。ガルデーニア男爵領では良質なアメジストが採れるから、葡萄色の綺麗なのをミトン用にしたんだ」
「なるほど、これはアメジストなんですね」
確かに綺麗だ。葡萄色のアメジストをカットせず、楕円形に、それもツルツルに磨いてから銀細工の台座に。アメジストなら宝石の中でも安価だし、公爵家の夜会で猫ちゃんが着けていてもおかしくないか。
……世の中には赤紫のルビーサファイアとか、パープルサファイアなんてものもあるし、貴族はそれなりに使うがそれらは高い。ルビーもサファイアも同じものであり色が違うだけではあるが、やはり純粋な赤、純粋な青の方が希少で値段が高い。が、紫であれやっぱり高価なので、これ、アメジストって、お金の工面に困っている下位貴族の間では有り難い鉱物なんじゃなかろうか?
何かのきっかけで一気に流行るかも。
というか、私のやらかし案件の時に国王陛下の膝に飛び乗り撫でを要求したミトン、よくよく考えてみたら歩く広告塔では?
ガルデーニア男爵領、これから伸びるかも。
領地が南東の端という話だし、今日は来ていないかも知れないけれど、いずれカトリンさんとレオンさんを雇用する身なのだし、一度親御さんにご挨拶だけはしておこうかな。
「カトリンと文通しているから、質の良いやつを譲って貰えた。アメジストはニーナの青い髪とも相性が悪くないし安いから、これからも時々使うことにする」
「そ、そうなんですね」
しかし、ニーナ、いつの間にカトリンさんとも交流を……侮れない。
無表情でぶっきらぼうなだけで、ニーナは案外コミュニケーション強者。年頃の近い女の子限定ではあるものの、なんか知らんがすぐ仲良くなっているし、聞けばカトリンさんだけでなく、クサヴェリアとも文通しているらしい。悉く私の不得意なことが得意なのがニーナ。
「ツェツィーリア、準備はどう?」
「はい。今終わったところです」
「うん……うんうんっ! いいねっ! やっぱり、そういう服装の方がツェツィーリアっぽい」
「ありがとうございます。私もこの方が落ち着きます」
意外。
アルバンはニーナとタッグを組んで私を着飾らせるのが好きなのだと思っていたのだが、そうではないのか。
「アルバン様は、私がずっとヴェールを被っていても嫌ではないですか? 私たちはただでさえ目立つのに、社交となると、やはり異様に見られてしまうものですが」
「ふふふ、ツェツィーリア、それは僕たちならどう足掻いても避けられないことだよ。度合いが変わるって言ってもたかが知れているし誤差じゃない? それに……正直、君はとても美しいから、他の有象無象の前には極力姿を晒して欲しくないかな。正直、普段から僕だけが知っていれば良いとさえ思ってるし」
「あっ、はい。主に独占欲なんですね。とりあえずアルバン様が不快でないなら、私もヴェールを被っていた方が気楽なので、よかったです」
双方理由は違うものの意見が一致したので、これからも黒尽くめ、不吉な魔女もとい喪服一歩手前スタイルでいかせて頂く。
「じゃあ、そろそろ行こうか。バイルシュミット家は裕福な家だし、シャルロッテの結婚のお祝いだから、今日はご飯もドリンクも贅沢にやってくれる筈だ、よ……?」
ぐぅ〜、ぎゅるるるる。
アルバンが言い切る前に、私の腹の虫が物凄い音を立てた。アルバンが思わず私のお腹を注視してしまう程なので音のデカさはお察しください。
「……馬車の中で摘むもの、何か用意させようか」
「すみません」
急遽バスケットがご用意され、マスカルポーネチーズとブルーベリージャムのサンドイッチを馬車の中でもぐもぐ食べる。
――腹の虫には、常にどうか騒がず静かにしていて欲しい。切に。




