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【139】女官たちの戦い


 王宮の、最上級に高貴な身分の人間だけが宿泊できる、来客用の部屋。

 今はそこに、フリートホーフ辺境伯夫妻が滞在している。

 本来なら王族に次ぐ立場である公爵クラスで使えるレベルの部屋だが、現在のフリートホーフ辺境伯家当主のアルバンは神の子と称される白銀であるため、その補正もあって、一際豪華で快適な部屋を割り当てられていた。

「アルバン様、クサヴェリアは子供ですよ? 女の子ですし……。」

「でも、僕は嫌だったの!」

 そのロイヤルでスイートな部屋の中で、当の辺境伯夫妻は揉めに揉めていた。

「絵のために必要だって。聞いてみたら、骨や筋肉を理解するのは良い絵を描くためには必須らしいですよ? だから、不可抗力だと思うのですが」

「分かってる。でも、理屈じゃないんだよ。君が僕の知らない所で肌を晒してるなんて」

「うーん、そう言われると、確かに妻が夫の許可なく勝手をしてはいけないという理屈なら該当しそうですね。どうやったらご機嫌が直りますか?」

「……とりあえずキスしてくれる?」

「はい」

 広くてフカフカのベッドの上で、ネグリジェ姿の辺境伯夫人、ツェツィーリアは、拗ねて面倒くさい状態になった湯上がりの夫の唇にキスをした。

 ちゅ、と軽く触れるだけの子供じみたものではあったが、どうやら辺境伯アルバンの機嫌はやや上向いたらしい。

 二人でベッドの上に乗り上げて、向かい合って手を取り合って、見詰め合う。

「……ツェツィーリア、体調はどう?」

「体調は良いです。健康です」

「なら……えっと、嫌じゃないなら、約束してたの、してもいい?」

「ええ。構いませんよ」

 ーーと、いう遣り取りを、当番を割り当てられた女官の一人が、高貴な方々の身の安全を守るための監視用隠しスペースから見守っていた。



 なんでそんなことを女官がしているのか。

 それは仕事だからである。

 アルバンは本当は、反逆者である王弟と、公爵夫人の間に生まれた第三の王子。三人目の白銀の王子であって、その体には尊い血が流れている……というのは、長年王宮に勤めた女官ならとっくのとうに察している。

 幾ら白銀だからといっても、公爵家の子供が王子二人と全く同じ扱い。理由がない訳はない。

 が、察していても、そこはそれ。優秀な女官たちは大変賢かったので、職を失わないためにも秘密を守っていた。

 更に言うならば、純粋に……アルバンの人徳が高いというのも一因であろう。

 子供の頃から二人の王子たちは兎に角手が掛かった。ベテランの女官たちは毎日バタバタてんてこ舞いしており、一日が終わるとゼーハー肩で息をして動けなくなるぐらい疲れたものだが、三人いる白銀の子供の中でも、アルバンは手の掛からない子供だった。

 合理主義者であるのが主な原因ではあるが、物事がスムーズにいくのが最善だと考えているために、女官たちに対してもそれなりに配慮があった。無茶振りはまずしないし、責任を負わせることもない。女官たちがあんまり引き受けたがらないような頼み事の際には「僕の名前を出して良い」と言い添えてくれる。おまけに、一部高位貴族などは女官を備品か何かと思っているのか、態度が悪かったり横柄だったりすることもままあったが、アルバンは王宮のスタッフ達に声を荒げることがなかったので、実は密かに女官たちの間では好感度が高かった。

 アルバンは十五で辺境伯家へと養子に入ったが、それまでは王宮で暮らしていた。

 女官は早ければ十二かそこらで就職するため、今もって、一定数の女官は少年時代のアルバンのことを覚えていたし、その当時から現在まで勤め続けている者たちは、立派な中堅どころになっている。

 なので、そんな中堅どころの、頼もしい女官たちが中心となって「ドラゴンスレイヤーでもある偉大なフリートホーフ辺境伯夫妻おもてなしチーム」を結成した訳だ。十年勤めた女官は間違いのないプロフェッショナル。バリバリの優秀なキャリア・ウーマンである。間違っても粗相があってはいけないし、アルバンはそこそこ神経質な性格だったのもあって、ここに王宮女官ドリームチームが成立したのである。

 で、そうなると、実は王族のアルバンが、妻と王宮内でエロいことをするとなると、監視が必要となる。

 何故なら、現在クライノート王家は王族の数がとても少ない。国王、王弟、王太子、第二王子、以上おわり! なのである。ここにアルバンを加えてもたったの五人。重要なのは王家の血を引く直系の子供が居るか否かなので、王妃や王子たちの婚約者はカウントされない。

 男性が中心となってある王宮管理官の一部は、その人の層の薄さをカバーすべく、なるべくなら王家の男性には沢山の子供を作って欲しいと考えていた。

 幸いにも貴重な王家の血を引く男性五人のうち、最も若い三人は白銀である。三人とも大変優秀だったので、できるなら子供をどんどん作って増やして欲しい。あわよくば、次世代にも白銀が欲しい。そう考えていたのである。

 白銀が、有難い白銀が三人も……! と余りにもラッキー過ぎる事態にフィーバーしてしまった一部の王宮管理官は、当然のように暴走した。

 アレクサンダー、アロイス、アルバン、彼らが精通したようだぞと知れば即座に女性を手配した。白銀の王子の子供をお腹に宿しても、その気になったら公的な愛妾にしてしまえるくらいの高い身分の女性を、いきなり夜、寝室に突撃させたのである。無論、女性側も色々で、名誉とか権力が欲しい人だったり、お金のためだったり、家の事情でやむを得ずだったり様々だったのだが……とりあえず、トップバッターであったアレクサンダーは「わーい!」と喜んで、年上のお姉さんを軒並み美味しく頂いた。アロイスも「興味津々でーす」というノリで特に嫌がったりもせず素直にそれを受け止めていたのだが……アルバンは違った。

 実はアルバンはアレクサンダーとほぼ同時期に、お手付きOKの女性を差し向けられていたのだが、毎回逃げていた。

 大変分かりやすく嫌がって逃げていた。

 こればかりは配慮もかなぐり捨てて逃げていた。

 真冬、不自然に高い塔のどん詰まりの部屋に入られた夜であっても、薄い寝巻きのまま風魔法を駆使して窓から逃亡し、翌朝まで城に戻らなかった程である。

 その時には既に、アルバンには好きな女の子が居るらしいぞと王宮管理官にも知られていたが、誰なのか本人が口を割ろうとしなかった。なので、王宮管理官は「くっ、分からぬ以上は仕方あるまい。とりあえずこの女だ!」と刺客を差し向けるように色っぽい美女を差し向け続けていた。もう最悪である。

 なまじ、他二人、アレクサンダーとアロイスが全く嫌がらずに楽しんでいたので、王宮管理官たちもムキになっていた。

「男ならきっと楽しめるはず。アルバン様は選り好みが激しいだけだ」と。

 けれど、間近で、直接お世話をする女官たちは分かっていた。

 アルバンは本気で嫌がっていた。

 確かに、世の男性の大半は据え膳を美味しく頂くものではあるが、この方は違うのだ、と。

 何しろ、部屋の中の掃除が不十分なだけで機嫌が悪くなって、ムスッとしながらやり直しを依頼してくるような目ざとさ。ごく一部の親しい人間と接する以外は一人になりたがる個人主義。嫌な人間ではないが、神経質で繊細。あと無愛想。コミュニケーション下手。

 こんな方が、見知らぬ女と床を共に出来る訳がない。

 そう思って、女官長からも、王宮管理官へ向けて意見を進言していたのだが……王宮管理官たちは、どうしても、アルバンの子供が欲しかった。

 何故なら、三人の中で一番頭が良かったので。

 王家の傍系となると使い道は無限大。おまけに賢いとくればその血筋を絶対にキープしたい。

 思い余って、とうとう、畏れ多くも、白銀である、秘された王子のアルバンの食事に、体の自由を奪う薬を盛って……その悲劇的な夜はやって来た。

 床での様子を監視していたのは、その時は王宮管理官だった。

 少年だったアルバンは泣きながら「嫌だ。好きな子が居るんだ」と訴えていたが、女の方にものっぴきならない事情があった。全ては王宮管理官の意向によって行われてーーそれから、アルバンは荒れた。

 無論、薬を盛ることを指示した王宮管理官は処分されたが、何が起きたのかを知った女官たちは口々にその非道な行いを責めた。

 アルバンはプライドが高い。弱いところを他人に見せようとしない。それがあるから、女官に対しても一定の距離を保つし、所詮は女官だと侮ることもない。そんな性格の少年が泣いて懇願したのだ。察するに余りある。

 ボロボロになったアルバンは見ていられなかった。酷いものだった。暗くなり、目は濁り、輪を掛けて寡黙になった。そして、自由になるためにか、武功を求めた。そうして、顔に消えない傷を負って、これまで擦り寄ってきて、おべっかを使っていた貴族たちから嫌悪の表情を向けられ、そうして、狂っていった。壊れ掛けていて、今にも死んでしまいそうだった。

 それでも、アルバンは女官たちに対して暴言を吐かなかった。

 世界を呪い、運命を恨み、他人を憎みながらも、理不尽に身を委ねない理性と知性があった。

 心にも体にも傷を負った白銀の少年は、王宮を追われるように、寒い北の土地へと渡っていった。

 途中、たびたび仕事の関係でアルバンは王宮を訪れた。

 だがそれも数時間だけのこと。用事が済めば宿泊せずに帰ってゆく。恐ろしい怪物辺境伯という噂は王都にまで届き、噂にもなった。だが、アルバンはその噂を払拭しようとはしなかった。その異名の通りに生きることを決めたかのようだった。月日が経つに連れて体は大きくなり、精神的にも安定した様子ではあったが……もう二度と、彼が笑うことはないのではないかと思われた。

 しかし。

「えっと、その、ツェツィーリア、それなんだけど……僕、生まれがアレだから、君とそういうことするってなると、最初から最後まで全部、誰かに監視されて、記録付けられることになっちゃうんだ」

「あっ、はい。なるほど。そうですよね。アルバン様の身分なら、そうなっちゃいますよね」

「うん。主にその、見られるポイントとしては、僕の男性機能が使い物になるかどうかなんだけど……ツェツィーリア、他人に見られるのは嫌だよね?」

「うぅん、正直に言うと、かなり抵抗がありますね。それって、アルバン様の健康チェックのための作業なんですか?」

「多分、見てるのは女官だと思う。以前のことがあるし、王宮管理官だと僕が激怒するって向こうも分かってるだろうから……うん、女官はね、凄くまともなんだよ。彼女たちはあくまで、僕がきちんと出来るかどうかと、健康かどうかだけ見てる。でも、報告書としてはその、僕がどういうプレイを好むとか、どういう体位を好むかとかも含まれるから……そっちは王宮管理官も見ることになるね。こっちは男性。で、王宮管理官は、僕の機能に問題がないようなら、なんとなーく、ツェツィーリアにちょっと似た系統の女性を手配して、僕一人のところに派遣しようかなとか企んだりする感じ」

「えっ、あの、人の心がない……?」

「うん。そう。王宮管理官はね、そこそこの割合で王族ブリーダーだから。僕は種馬。人権ないよ」

 モジモジしたり、頬染めたり、愛嬌たっぷりの顔でちょっとキリッとしたり。

 妻の手を取って膝を突き合わせて、無邪気な少年のような顔を、している。

 あのアルバン・フリートホーフが。

 傷を負った少年だった筈の人が。

「ええと、私とアルバン様にはもう、アルビレオが居ますし……機能の確認をする理由は無いのでは?」

「まだ僕が使い物になるようならガンガン女性を当てがってガンガン産ませたいっていうこと」

「理解しました。えっ、すみません、それ、私がここに居る間に何もない場合ってどうなるんですか?」

「鋭いね。問題はそこなんだ。多分だけど……勝手にセックスレス夫婦と見做されて、僕を襲いに薄着の女性が来る。どこかしらで」

「あっ、すみません。無理です。アルバン様をそんな危険な目に遭わせるくらいなら謹んでお受けします」

「ありがとう。本当にありがとう……! ごめんねツェツィーリア。僕が白銀なんて面倒臭い立場なばっかりに……!」

「いえ。個人的にはアルバン様に手を出す女性、断固拒否したいので。ここは私たちが仲睦まじい夫婦であることをアピールした方が回避できる可能性が高いというなら、幾らでもどうぞ。とりあえず、約束していたお仕置きプレイします?」

「えっ、ほ、本当にいいの……? お仕置きプレイ、君は何も悪いことしてないのに」

「いえ、竜の首を持って来てしまったので……罰がないと申し訳ないといいますか」

「僕はそれ、全然怒ってないし、嫌じゃないよ? だから、うん、そうだなぁ、別な理由でお仕置きしても良い?」

「えっ……? 他に何かありましたっけ?」

「離れている間、手紙をくれるって言っていたのに、ツェツィーリアは一通もくれなかった」

「完全に忘れていました。すみません。確かにそれは私が悪いですね」

「やっぱり忘れてたんだね? 許せない。じゃ、今からお仕置きするよ〜!」

 わぁわぁ、きゃあきゃあ。

 辺境伯夫妻は二人で楽しげにじゃれあって、それから、仲良く楽しく、平和かつ、これでもかと愛に溢れた営みを開始して、たっぷりがっつりしっぽり取り組んで、これでもかと徹頭徹尾ラブラブなアバンチュールを完遂した。

 終始それは丁寧な合意の確認と双方の愛情確認の元、至極安全かつ健全に行われており……たまたまその夜、この夫婦の監視当番だった女官は、記録を取りつつも目を丸くしていた。

 あのアルバンが心からリラックスした様子で、女性と、普通の男性のように、いやそれ以上に幸せそうで、かつ情熱的に性行為を行い、楽しめるなんて思ってもみなかったのだ。

 仕事であるから、女官は高貴な方々の閨事を見ても滅多なことでは動揺しない。コアでアニアックな性癖が飛び出しても眉ひとつ動かさないものなのだが……この辺境伯夫妻については、内容に関しては物凄くプレーンだし、お仕置きプレイと称してはいるものの、単なる仲の良いカップルの戯れに過ぎない範疇なのだが……夫人よりもむしろ、あの潔癖の気があるアルバンの方が夢中になって求めていることに、心底驚いた。



 黒髪の辺境伯夫人ツェツィーリアは、兎に角変わった女性だった。

「あっ、私は一人で入浴しますので、大丈夫です」

 女官に対してもずっと敬語。

 ずっと丁寧。断る時も変わらないし、体を洗うのも着替えるのも、全部自分でやってしまう。

 幾ら子爵家の出身といえども、実家はあの裕福なグリンマー家というのなら、入浴時に体を洗うメイドが付かないなんてことは考えられない。

 もの慣れぬ王宮で、見知らぬ女官が相手だから警戒しているのだろうかと考えていたら、横に立ったアルバンが、ゆっくり、落ち着いた声で会話に入ってきた。

「ああ、ツェツィーリアと僕はいつも二人で入っているから。髪は僕が洗うし、何もしなくて良い。アメニティのチェックとランドリーバスケットの回収だけよろしく」

 高位貴族、これも辺境伯夫妻が、一人のお付きも無しに入浴するなんて!

 しかも、えっ、嘘でしょ? アルバン様がツェツィーリア様を洗うの!?

 シャンプーは? コンディショナーは? ボディスクラブは? 湯上がりのオイルとスキンケアは? 出来るの!? いけるの!? 大丈夫なの!?

 その場に居た有能な女官たちは俄かに混乱して立ち尽くしたが、仲の良い辺境伯夫妻は二人連れ立ってルンルンで機嫌良く浴室に入り……完璧に整った、清潔な状態で帰ってきた。

 お風呂の中で致しているかも、と考えたベテラン女官がそれとなく様子を伺ったが、庶民の幼児が仲良く水浴びするくらいのノリで、他愛無いおしゃべりをしながら普通に体を洗って普通に出て来たので、更に度肝を抜かれた。

 どういうことなの。

 あんなに仲良し夫婦なのに、なんにもなく、ただ風呂入るだけ入ってそのまま出てくるの?

 しばらく、このビッグなゲストである夫婦が居ない所で女官たちはザワついた。

 見た?

 見た!

 えっ、そもそもアルバン様、なんかキャラ違くない?

 ずっとニコニコしてない?

 てか、アルバン様がツェツィーリア様を洗ってるの? 夫が? 妻を?

 余りのラブラブっぷり。しかも担当女官に隠す気がないというのはパンチが効いていた。

 その上、辺境伯夫人ツェツィーリアは大変よく食べる女性だった。

 アルバンは体躯に相応しく沢山食べるが、その横で、二人で仲良くニコニコしながら、ぱくぱくモグモグ。大人の男の貴族一人分をご機嫌に完食。アルバンも咎める気は皆無であったし、なんなら「これ美味しいよ」なんて言って、自分の分をツェツィーリアの皿にそのままスライドしているのである。

 貰った方のツェツィーリアも、少食を演じる気はサラサラないらしく「ありがとうございます」なんて言ってムシャムシャ完食している。

 プライベートスペースだけそうなのかと思いきや、下位貴族始め、一般客向けの王宮併設の食堂でも美味しく堂々と完食しているらしい。

 やはり周囲からはザワつかれているらしいが、夫であるアルバンは特に何も言わず、なんなら一緒に並んで食べたりしていると聞いて、女官たちは背景に宇宙を背負うことになった。

 下位貴族や商人や、近衛兵や、果ては王宮スタッフなんかが使う食堂で、あのアルバン様が……?

 確かに、議会の偉いおじさん、ピルツ議長なんかは使ったりしている。営業時間が長くて、急に行っても何かしらは出てくる所だから、仕事に追われている議員が使うことはままある。が、正真正銘、王族に準ずる身分のアルバンは、これまで一度もその食堂を使っていなかった。決まった時間に決められた部屋で出されるものを好き嫌いなく食べるのがアルバンという人間だと女官たちは認識していたのだ。

 一応、アルバンとツェツィーリアは使っている部屋を一歩出れば、常識の範囲内でしか身体的接触をしなかったし、無作法なこともしなかったのだが……ひとたびプライベートな場所に戻ると、常にくっついていた。

 一応は女官たちも部屋からは引き上げるのだが、朝だろうが昼だろうが、始まる時には始まってしまうため、当番制で監視にあたっていた。

 だが、この夫婦は仲睦まじい様子ではあるものの、王宮に滞在を始めてから一向にエロい展開にならなかった。

 初日にアルバンが宣言した通り、ツェツィーリアの体調が戻るのを待っていて、それまで、二人は手を繋いだり、寄り添ったり、キスしたり、ハグしたりしていた。寝る時にも小声で、さざめくように喋っている。話題は多岐に渡っていた。国のこと、魔獣のこと、制度のこと。人のこと、自分のこと。領地のこと、王宮のこと……二人はなんでも話して共有していた。頭が並外れて良く、国内最高レベルの教育を受けたアルバンと平然と会話しているあたり、ツェツィーリアは普通の貴婦人ではなかった。

 確かに、ひなにも稀な美姫である。

 黒百合姫という異名も頷ける。蔑称の意を含む渾名ではあったが、それでも花の名前に姫を付けた揶揄であるあたり、どんなに無遠慮な人間でも、彼女の美貌を前にそれを貶めることは出来なかったのだろう。

 寝台の上で睦み合って、その後。

 はぁふぅと息も絶え絶えで、トロンとした目のままぼうっとしているツェツィーリアを優しく愛撫しながら、アルバンは蕩けるような声で、低く甘く囁いた。

「愛してる。愛しているよ、ツェツィーリア。僕を、助けてくれて、ありがとう……。」

 女官に情事を見られると、他の、王宮管理官などにも内容を共有されるのだと誠実に説明したアルバン。

 それに対して、嫌だけど、それでもと、理解して応じたツェツィーリア。

 事後のアルバンの言葉は本心からだ。

 既に王宮管理官はアルバンからの信用を失っている。二度目はない。アルバンは手厳しい。なんらかの手段で、そんな真似が出来ないように手を打つだろう。彼は分かっている。自分の影響力と実力を正しく理解している。

 だから、監視に付くのは女官だと確信していた。

 それはつまり、女官という役職に対する信頼に他ならない。

 彼はまだ女官を信じている。自分たちを悪いようにはしないと。

 たまたま、夫婦が決断をした夜に当番に当たった女官は、もう二度と、こういう事でアルバンが嫌な思いをしないように手を打とう、と決意した。

 女官の仕事は、主に王族の身の回りを整えること。

 他にも来訪する貴族たちの応対や世話も職務の範疇に含まれるが、最優先事項は王族の生活を守ること。ひいては、王族の心身の健康を守る。それに尽きるのである。

 指揮系統としては女官は全て王宮管理官の下となるが、しかし、組織の運用や人事などを主とする王宮管理官とは違い、女官たちは常日頃から王族と直接顔を合わせる立場。職務内容が余りにも違い過ぎるため、普段は全く別な立場のものとして扱われる。

 王族の体調不良に本人よりも早く気が付くのは常に女官たちである。

 ある意味では、女官は王族の命を守っている。

 護衛官は外敵から王族を守護するが、命を奪うのは刺客や魔獣だけではない。身体的な疾病や精神的な不調も脅威となる。王宮には王族のため、ユニコーンの妙薬がいつでも用意できるよう備えられているが、慢性的な不調に関しては女官の分野となる。

 そもそも王家を維持するには、まず今居る王族を生かさなくてはならない。

 故に、キャリアの長い高位の女官は王宮管理官に意見する権利を持つ。

 かつてのアルバンの件の時もそうだが、王族のため王家のために何をすべきかで意見が対立した際には、王宮管理官と女官はそれぞれ自分達がすべきと思ったことを成す。これは昔から当たり前に行われてきたもので、暗殺を防ぐための意図もある。

「皆さん、昨晩、アルバン様とツェツィーリア様が天蓋に入られました」

 昼間、辺境伯夫妻が部屋を留守にしているタイミングで、おもてなしチーム内で緊急ミーティングが行われた。

 当直であった女官は目の下に隈をつくっていたが、ハキハキ喋って切り出している。

 ちなみに「天蓋に入った」というのは王宮内の女官たちの用語で「エロいことがあったよ」の意味である。

「アルバン様は事前に、ツェツィーリア様に監視が付くことを伝えました。そして、ツェツィーリア様はそれを承知の上で応じられました。その意味は分かりますね?」

 チームの全員に動揺が走ったが、全員、すぐに受け止めた。

 十年前、アルバンの身に起きたあの忌まわしい、王宮の過ちを、既に彼は妻であるツェツィーリアに説明している。そう察したのである。

「もう二度と、あのような失態を犯す訳にはいきません。監視の任は私どもが権利を得ましたが、これを機会に……もう二度と、王宮管理官が愚かな真似をしないよう、完璧な報告書を作成しなくてはなりません」

 今、アルバンがドラゴンスレイヤーとして功績を上げたことにより、再び王宮管理官の動きがきな臭くなってきている。本人を玉座に就ける気は毛頭ないが、アルバンの子供は幾らでも欲しい。もし万が一、魔力の強い子供が生まれたら、ドラゴンスレイヤーの子として王族に組み込む筋もあるからだ。

 しかし、それには子爵家出身の、それも魔力なしのツェツィーリアより、もっと身分が高くて魔力の強い母体を孕ませて欲しい、なんて考えているのだろう、あいつらは。

 けれど、アルバンが子供の頃から愛しているのはツェツィーリアだけなのだ。

 女官たちはもう確信していた。少年の頃からアルバンが一心不乱に想い続けた相手は、あのツェツィーリアなのだと。

 他の女を当てがったりすれば、また心身のバランスを崩すだろう。

 並んだエリート女官たちは全員、真剣な顔で頷いた。

「まず、アルバン様はツェツィーリア様以外を望まない、という点を強調して書く必要がありますね」

「箇条書きにした内容と、会話の内容、行為の内容を纏めて、お二人が上手くいっていること、第二子も期待できる様子であることを明確に」

「ツェツィーリア様は嫁いですぐに妊娠されています。ご子息も産まれており、その点では実績がある」

「いいえ、この場合重要視されるのはむしろ、アルバン様の実績でしょう。並びに、機能を十全に発揮できるのはツェツィーリア様がお相手の時だけというのを知らしめなくては」

「内容は……えっ!? 前戯で一時間!?」

「あら、まぁ……!」

「すごっ」

「さすがアルバン様。最初から最後までケア完璧」

「でも長すぎない?」

「回数多すぎない?」

「見て、ここ。これ。こんなこと言われたら、ねぇ? ツェツィーリア様がメロメロなのわかるわ〜!」

「昔っからそうよ。王子殿下より、アルバン様は優しいのよね」

「本人が神経質で繊細だから、相手にも同じ基準で気を遣うんでしょう」

「……えっ、待って。愛がすごすぎる。なにこれ。貴族夫婦でこんなのあるの?」

「三枚目読んだ? すっごいわよ」

「やだ無自覚ドS」

「これこのまま出せば良くない?」

「ラブロマンスが激しくて嘘臭いって突っぱねられるわよ」

「内容据え置きで事務的な文面にブラッシュアップしましょ」

「そうね。それが良いでしょう」

 途中からミーティングであることをやや忘れて、女官たちはキャーキャーしてしまっていたが……彼女たちはそれでも、やはり有能なキャリア・ウーマンであったので、素晴らしい手腕で報告書を纏めた。

 結果、野望を捨て切れない王宮管理官たちは「ぐぬぬ、新婚の間は無理か……!」と唸って、あと数年後に辺境伯夫妻がマンネリ化するのを待つことにしたのだった。



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