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【137】画家見習いクサヴェリア


 竜の素材欲しさに色んなところで待ち構えている人々の目を掻い潜り、ニーナに王宮観光をさせてあげたい!

 そんな私の無茶振りにも快く「いいよ」と言ってくれるアルバン、本当に人間が出来ている。素晴らしい。最高。優しい。優秀。

「普通の貴族が立ち入らないスポットなら軒並み知ってるから、そっちを歩いてみようか」

 王宮育ちのアドバンテージをフル活用。

 私とアルバンとニーナとミトンで、なんか隠し通路っぽいところばかりを通って、人気のあんまりない道へ。

「この道は貴族用の通路じゃないから、逃げたい時にすっごく便利なんだよ〜!」

「そうなんですか」

 アルバンはニコニコおっとり案内してくれているが、これ、良いのかな?

 我が国クライノート王国は騎士の国。

 故に、この場所、建造物としての分類は王城ということになる。

 一応はその気になれば軍事要塞としても運用可能な建築様式となっている。

 何故なら、国として劣勢になって戦線が後退しまくってこれもう敗戦一色では? という情勢になったら、最後の砦としてこの王城で粘らなくてはならないからだ。普通に考えたらもうその段階で降伏とかしかないが、逆に言うと首都たるこの王都まで追い詰められた場合、王族はまずもって皆殺しの可能性が高い。良くてせいぜいが、王家の血を引く王女のみ生かされて政略結婚の駒として運用されるとか、なんか、そこらへんになる可能性が高い。

 なので、侵略に遭った場合、王族を皆殺しにされたり、王族の身柄を抑えられたりしたら国の滅亡となってしまうため、それを回避するためにも、とりあえず籠城戦をして、隙を見て夜陰に乗じて王族を密かに逃す。最悪の状況下で逆転を狙うには仕切り直すしか手はないため、それが最善となるのだ。

 籠城戦からの敗走戦はタイミング勝負。

 一応は王都の国民がどうなるのか、交渉の余地はあるのか最低限の確認が必要になる可能性が高いため、一旦籠城して大事なものを隠したりしてから城を捨てる必要がある。

 王城の仕組みとしては籠城を想定しており、更には制圧されたとしても、長期間の綿密な調査をしなくては全部屋全施設の探索が不可能という構造が理想的。

 故に、平和な時にメインで使われる通路や部屋に加えて、女官や王宮管理官など王宮管理をするスタッフ用の通路、更には戦時のために用意された通路や隠し部屋などが完備されている。

 ベルンシュタイン城砦よりも更に大規模かつ複雑な城である。故に、王城内の地図を作成することは禁じられている。

 大勢が使っているため、立場が様々な人から情報を集めたらまあ、地図は作れるのだろうけれども……そもそもその作業が大変だし、侵略者側がそんな、証言者の真贋を見極めながらやらなくてはならないなんて面倒臭いことをするとは余り思えないから、というのが理由。

 それ故に、まあここでも道は暗記一択。

 王族の子供たち始め、王族の婚約者、並びに、白銀の子供がなんで王宮で育てられるのかというと、道を覚えさせるというのも理由のひとつなんだろうな。

 いざという時のために、敵から逃げるため、危険から逃げるため、知っている道は多い方が良いし、体に染み付いていれば、混乱している時にも咄嗟に体が動くだろうから。

 反復練習は大切だ。

 私はもう知っている。アルバンが教えてくれたこと。混乱していても、怖くて怖くて思考が鈍る時にも、反復練習があれば、勝手に体は動く。行動を起こせるかどうかは重要だ。ただ運命を待つか、打てる手を打つか、どちらが正解なのかはわからない。状況によるし、その人それぞれの性格や能力にも依るだろう。けれど、私は……個人的には、自分で取れる行動があるなら取りたい、と思う。

 例えば、何かが起きた時に、アルバンやニーナの足手纏いにならないようにすること。

 それは政治的な立ち回りであったり、護られる時の立ち位置であったり、その時になってみて初めてわかる、対峙することになるような細かいこと。些細な判断の積み重ねでやっと正解に辿り着けるような、そんなこと。

 最近分かったが、私はチェスが人よりちょっと得意。

 でも、現実はチェスのように、駒の種類や能力が全部決まっている訳じゃない。バリエーションはもっと多くて、ルールも何もない。物理的に可能なことは何でも起きる。チェスは人生の参考にはならない。練習にもならない。それは歴史を見ればわかること。どう事態が転がっていくのか、どう戦況が変わっていくかは複合的な理由によるものだ。

 ひょっとしたら、私を守ってくれるアルバンやニーナに全部お任せした方が良い結果が出るのかも知れないけれど、私は、自分が何もしない方が良いのか、少しでも自分に出来ることをした方が良いのか、判断が出来るようになりたい。

 ……既に色々沢山失敗してやらかしてはいる身だが、やる気は一応あるのだ。我ながら懲りない性格。アルバンとニーナが寛容でよかった!

「ツェツィーリア、ここの通路はね、宮廷楽師や宮廷画家とかの芸術家が使う道だから、あんまり女官も通らない道だし、貴族はまず使わないから活用するといいよ」

「はい。わかりました。ところでこれ、どこに続いている道なんですか?」

「主に芸術家たちのアトリエや居住区、それとサロンを繋いでいる部屋なんだけど、芸術家たちの居住区は専用の中庭があるんだ。そこも綺麗な造りになっているから、少し休みたい時には便利だよ。アーティストは基本的に、自分の芸術と研鑽にしか興味がないからね」

「なるほど、それは良いですね」

「ただ、変人も一定数混ざってるけど、王族や貴族には手出ししない程度に理性はある筈だから、害はないよ」

「あっ、アルバン様が念押しするくらいの変わった方が居るんですね」

「うん。普段は普通なのに、定期的に軽く狂う人が混ざってるかな?」

「軽く狂う」

「そうそう。ただ、奇行に走っていても宮仕えだから無害ではあるから」

 再三の念押し。

 そんな奇人変人博覧会なのか?

 と、ややワクワクしていたが、数分後。

 私はアーティストという人種のやばさを、身をもって理解することになった。

「辺境伯夫人! 私の絵の、絵のモデルになってくらっ、くらさいっ……!」

 物凄いキラキラというか、ギラギラした感じの、目の光。炎かはたまた稲妻か、という感じの眼光を宿した、垂れ目で太眉、そばかす混じりの、黒檀頬に付けた小さな女の子に、スカート握られて縋り付かれてしまった。




 宮廷画家と宮廷楽師のための、居住区の中心にあるまんまるい中庭。

 主に木とハーブの庭で、大変美しく爽やかな造りであり、芝生に寝転がると気持ちよさそうなところである。楽器の自主練をしている人、植物のスケッチをしている人、疲れ果てているのかハーブの花壇に頭を突っ込むようにして絵の具まみれで倒れている人など様々である。

 が、庭そのものは爽やかであるし、小鳥が囀ったりもしている、過ごし易い場所だし……綺麗なもの、かわいいものが大好きなニーナにとっては、美しい音色が聞こえてきたり、綺麗な絵画の制作過程が見られるのはそれなりに楽しいらしい。よかった。やっと王宮観光をさせてあげられた。

 と、ホッとしていたのだが。

「僕たちの身分なら、いきなりアトリエにお邪魔しても大丈夫だから、そっちも見学してみようか?」

「ええ、そうしましょう。ニーナも、それで良いですか?」

「見たい! ミトン、行こう」

 ちょっと目を離した隙に、花壇に頭を突っ込んで寝ている画家と思しき人の上に乗っかっていたミトンをニーナが回収。この猫、容赦がないな?

 そんなことを思いつつ、アルバンの案内に従って、主に宮廷画家のアトリエをハシゴ。

 アトリエが六つもあって、それぞれそのアトリエを持つ画家は弟子を何人か抱えているらしい。本人の作品や弟子の作品なんかがあって、アルバンの姿を見た途端に、どのアトリエでも怒涛のセールストークが始まっていた。

 アルバンの方も威圧モード抑えめで、わりかしまともというか、鷹揚な感じで応対している。何でかなと思ったら……どうやら、アルバンは私と夫婦で並んだ肖像画が欲しいようである。

 なるほど、そういえば、二人並んで絵を描いて貰ったことなかったな?

 大体に於いて、貴族夫婦は夫婦二人でとか、子供達を交えて家族で肖像画を描かせるもの。

 無名の画家なら比較的お安く雇えるものの、画材はそもそも高級品。描いてもらうとなると、必要経費プラス画家の人件費が乗るのである。加えて、絵が上手い人気の画家に依頼するとあらばかなりの出費。

 故に、有名画家に肖像画を描かせるというのは、金持ち貴族のステータス。

 宮廷画家はやはり上手い人たちしか居ないため、そちらに依頼するとなるとやはりお金がかかる。加えて、時間もかかる。何故なら彼らは宮廷画家としての仕事が優先であるため、王宮からの依頼があればそちらを書き上げるのが先。他の貴族からの依頼は後回しになるものだし、依頼人である貴族と画家のスケジュールをある程度合わせる必要がある。加えて、肖像画の制作期間は画家を雇用する形となるため、拘束時間に応じて絵の値段も上がる訳で……王族以外が宮廷画家を雇って肖像画を描かせるとなると、裕福な高位貴族であっても「おおっ、すげぇ! 宮廷画家に頼んだんだ……!」と思うのが正直なところ。

 だが、我が家はフリートホーフ辺境伯家。公爵に迫る国内有数の実力者であり、紛れもなく裕福。加えて、この度アルバンは目出たくドラゴンスレイヤーとなったため、格としては宮廷画家に依頼するのが妥当なのだ。

 数百年ぶりのドラゴンスレイヤー。しかもほぼ単騎討伐で、身分も辺境伯で、更に神の子と称される白銀とくれば、まあ、画家の方もその仕事が欲しい。

 だって、アルバンの肖像画を描いたら、絶対に歴史に残るから。

 お金になる、というのもある。あのドラゴンスレイヤー、フリートホーフ辺境伯の肖像画も描いた画家ですよ、と名乗れたらブレイク必至。

 そういうお金の事情もあるが、やはり、アーティストとしては歴史に名を残したいのだろう。

 アルバンからの仕事が欲しい、その熱意が伝わってくるプレゼンを各アトリエで受けてしまったのである。

「僕が重視するのはただ一点。我が妻ツェツィーリアをありのままの美しさで描き写すこと。それだけだ。それが出来る画家にこそ任せたい」

 アルバンが重視するのはそこらしい。照れる。でも、可能ならちょっと、実物より良く描いておいて欲しい。あと、私としては、アルバンの賢さかっこよさ逞しさ優しさ、全て余すことなく描いて欲しい。

 いや、主役はアルバンなのだし、そっちは心配することなさそうだけど。

 と、思っていたら「では、ぜひ辺境伯夫人のお姿をスケッチさせて頂けませんか!?」と食いつかれてしまい……どうせだし、ということで、一番広いアトリエの椅子借りて、他の画家さん達も集めて私のスケッチ大会が始まる流れに。ナンテコッタ。

「ツェツィーリア、ごめんね、ちょっとだけ、ヴェール外して貰ってもいいかな? 君が嫌なら、僕がモデルになって絵を見てみるのでも良いんだけど」

「大丈夫ですよ。ただ、アルバン様の絵を私も見たいので、二人でスケッチして貰いませんか? かわりに……ニーナが他の絵に興味があるようなので、その間、自由に見学させて頂ければ、と」

 希望を出したら、その場で各アトリエの画家さんから食い気味で「どうぞどうぞ」と許可が出た。全員ハングリーだな?

 そんなんで、ちょっと照れ照れしつつ、ヴェール取って椅子に座って、隣に立ったアルバンと一緒にスケッチして貰った。

 その間、ニーナとミトンは色々と好きに見て周りつつ、たまに私とアルバンのスケッチをする画家さんの手元を覗き込んだり、画家のお弟子さん達とお喋りしたりしていた。

 なに話してるんだろうなーとは思いつつ、画家のお弟子さんの中には何人か、ニーナと近い年頃の少年も混ざっていたので、微笑ましく見守っていたのだけれど……。

「どの画家もダメだ。ツェツィーリアさまがちゃんと描かれてない。アルバンも変だ。ものすごい傷があるのに、誰もちゃんと描いてない。本物より良く描かれてるから、別な人みたいだ」

 スケッチ集めて講評する段階で、ニーナがぶちかました。

 嘘が吐けない正直者。それがニーナ。

 怖いもの知らず。それがニーナ。

 言っちゃったぁ……。

 まあでも、私もそれは思ってた。私の出来は「おっ、私だな」と思うぐらいなのだけれど、アルバンがちょっと……全員、顔の傷を描くことを避けている。それだけならまだしも、顔の形はアルバンなのだが……表情が違う。なんというか、私もアルバンも紛れもなく陰の者なのに、英雄然とした陽の者にされているため「誰これ?」案件なのである。

 隣では小さくアルバンも「うーん」とか言ってたし、私もちょっと考え込んで「うーん」と唸っていた。どう伝えたもんか、と。

 が、そこに来て、ニーナである。

 忌憚のない意見。

 言いたいこと、代わりに全部ニーナが言ってくれちゃった。

「もっといい絵がある」

 が、そこでニーナは終わらない。

 宮廷画家たちから鬼か親の仇みたいな憎しみの視線を浴びつつも、鋼の心臓。断言するなり、ことの成り行きを見ていた弟子達の中に颯爽と入って行って、人の壁の中で「えっ!?」とか「来て」とかなんかちょっと揉めつつも、数秒後に再登場。

 ずんずん歩いて、スケッチブック抱えた、小柄な……女の子を連れて現れた。

 薄い薄い、薄荷色の髪。ボサボサの癖っ毛。長い前髪。猫背。ボロボロのスカートと、木炭で汚れた指先。抱えたスケッチブック。

 ニーナに腕を引っ張られて現れたその女の子は、見るからに戸惑っていて、困っていて、可哀想なくらい動揺していた。

 見たところ、ニーナよりちょっとだけ歳下。

「ニーナはクサヴェリアの絵の方が好きだ」

 お、ぉお、もう名前を聞き出している。ニーナ、強い。女の子とは仲良くなるのが速い!

 ニーナにやや強引に引っ張って来られた女の子は、クサヴェリアという名前であるらしい。

 アセアセ戸惑っているが、ニーナがパッと素早く、クサヴェリアの抱えているスケッチブックを奪い取った。ら、乱暴……かつスマート。おぉ、後でニーナと一緒に謝らなくては。

「これ見て」

 ニーナが差し出してきたスケッチブックを見て、それから、アルバンと私は目を丸くした。

 う、うまっ……!?

 芸術など私はよく分からないが、スケッチブックの左右に、それぞれ私とアルバンが一ページ丸々使って顔のアップが木炭で描かれている。

 私の絵は自分ではよくわからないが、少なくとも、アルバンの方はそっくりそのまま、本人だとわかる。

 顔の傷もしっかり痛そうに描かれているし、そこはかとなく陰鬱でマイナス思考な雰囲気がよく出ている。目付きが悪いダウナー四白眼。ちょっと括った髪がボサっとしているのもそのまんま。

 何より……この絵のアルバン……か、か、かっこいい〜〜!

 私がいつもメロメロになってしまう、アルバンの姿がそっくりそのまま紙の上に、居る。

 木炭でざかざか描いた感じはあるけれど、私が認める。これはアルバン。凄い。最高。既にこの紙が欲しい。

 そんなこと考えていたら、先にアルバンの方が行動に移っていた。

「……クサヴェリア、といったか」

「は、は、はひぃ……!」

「幾らだ?」

「ぇ、えっ?」

「この絵を買おう。幾らだ?」

 場にどよめきが広がった。

 仕方ない。

 白銀で、辺境伯で、ドラゴンスレイヤー。そんなアルバンがいきなり、無名の画家、しかも修行中であろう女の子に対して直接絵を買うと言ったのだ。

 クサヴェリアの方も、予想外の事態に慌てているようだ。

「金貨三十枚。それでどうだ?」

 問われて、クサヴェリアは頬を赤くして、唇を震わせて、それからーー。

「いっ、いいえ。お金は、要りません。その、その絵は、辺境伯閣下に差し上げます。ですが、その、ぉ、ぉお、ぉっ、ねがいがっ、あり、ありますっ!」

 噛み噛みになりながらも、クサヴェリアは続けた。

「わ、わたっ、私にっ、辺境伯夫人の絵を、描かせてくださいっ……!」

 力一杯、叫ぶようにそう言った。

 えっ、な、なんで?

 私?

 そこはドラゴンスレイヤーで、有り難い白銀のアルバンじゃないの? 描けば絶対に歴史に名を残せるし、美術史に残る作品になるだろうに。

 今の情勢だと、アルバンさえ描けば一生食うに困らないレベルで売れっ子の有名画家になれるのに、なんで?

 驚いて硬直していたら、ヨロヨロ近寄ってきたクサヴェリアに、スカート掴まれてしまった。

 単なる画家見習いの子供が絶対してはならないレベルの無礼であるが、しかし、クサヴェリアは更に言い募る。

「辺境伯夫人! 私の絵の、絵のモデルになってくらっ、くらさいっ……!」

 謎の爛々とした瞳。ギラつき。煌めき。はー、はー、と謎の荒さの息。

 か、完全にやばいタイプの芸術家だ……!

 ニーナよりも小さい女の子なのは事実だが、今わかった。クサヴェリア、この子、子供であるとか以前にこれ、もう芸術家なんだな?

「いっ、良い、ですよ……?」

「あっ、あっ! あっ、ありがとうございますっ……!」

 泣いてる!?

 神に祈るように指を組んで、ウルウルした目で見上げてくるのは可愛いが、流れがヤバい。

 なるほど。

 アルバンが言っていた「軽く狂う芸術家」とはこういうことか。

 というか、この子だけちょっと、あの、やっぱり度を越してるな?

 アルバンが金貨三十枚をスケッチに払うと言っているのに、それを断って、尚も、更に絵を描かせてくれと頼み込んでくるあたり本物であろう。

「ふっ、ふっ、ふふっ、はははっ!」

 おっ、珍しい。アルバンが人前で笑ってる!

 これはレア。心底楽しそうなアルバン、見てると健康に良い。はぁ、私の夫、楽しそうに笑ってても男前だな? 好き。

「クサヴェリア、お前を雇ってやろう。好きに材料を買え。僕がパトロンになる。ただし……ツェツィーリアを描く以上、手は抜くな」

「は、はぃいっ……! 勿論ですっ! ぜ、全力をもって、辺境伯夫人のお姿を、描かせていただきます!」

 はわわ、みたいな態度取ってるが、クサヴェリア……この子、心臓がオリハルコンで出来ているのか?

「クサヴェリア、私にもこの、アルバン様のスケッチ、頂けますか?」

「は、はぃいっ! もちゅ、もちゅ、もちゅろんれすぅっ!」

 声を掛けたら、なんか、クサヴェリアがピャッ! と飛び上がってしまった。口元を両手で覆っている。大丈夫か?

「あんまり緊張するな。ツェツィーリアさまは身も心も最高に美しいし、物凄く優しい。滅多に怒ったりしない。ニーナはいつもツェツィーリアさまに優しくして貰っている。今日は、ニーナのために王宮観光をしてくれているくらいだ。クサヴェリアも、フリートホーフに雇われている内は、絶対、食うには困らない」

 ああっ、油断していたらニーナがまた、先輩風をビュービューに吹かせている!

 しかしつい数日前まで平民だったニーナがそう言ってくれるのは説得力があるだろうし、クサヴェリアもニーナに肩ポンされてちょっと落ち着いたみたいだったし、これは結果オーライか!?

「クサヴェリア、師は誰だ?」

「すみません! 私ですっ! 不肖の弟子が誠に申し訳ございません!」

「いや、いい。忖度のない画風が気に入った。僕を見たままの怪物じみた姿で描くのも面白い。依頼の話を詰めよう」

 どうやら、クサヴェリアの所属は、一番若い宮廷画家の所だったようだ。

 三十代後半と思しき、痩せぎすの男性で、短く刈り込んだ薄めの新緑色の髪をしている。

 血相変えて飛び出してきて、勢い良くクサヴェリアをとっ捕まえて強引に頭を下げさせると同時に自分も直角に頭を下げている。

 うん。正しい。常識人な大人の対応。普通、子供とはいえ無名の画家が辺境伯夫婦に対してここまでやらかしたらもうこれしかない。

 が、高位貴族の前でやらかした弟子を見捨てたりせず、ちゃんと保護者として、師匠として謝罪しにくるあたり、好感が持てる。

 この二人、信じても良さそう……!

「ああ、別にいいよ。この絵のツェツィーリアは実に素晴らしい。気に入ったよ。お前のアトリエに行こうか」

「ありがとうございますっ!」

 更に深く頭を下げ、また下げさせたことにより、クサヴェリアが前につんのめって転びそうになってワタワタしているが、気付いたニーナがさり気なくお腹を支えてあげている。優しい。グッジョブニーナ!

 半ば現実逃避をしていたが、部屋の隅でカシャパリーン! と何かが割れる音が。

 そちらに目を向けてみると、なんとミトンが、スケッチのために用意されていたらしき水差しを落として割っていた。

 きゅるるん、なんて物凄く可愛い顔で、片手を宙に浮かせたお澄まし座りである。

 こ、この猫……空気を読んでわざと水差しを割りよったぞ!?

「ああ、済まない。ケットシーだ。アレは我が家の女騎士付きの魔獣だから、水差しの代金は弁償しよう」

「いっ、いえ! いえいえ! お気になさらず……!」

 水差しが割れたことにより、なんとなく事態が、なぁなぁな感じで動き出した。

 考えてみたことなかったけど……ミトン、あなた、どこまで分かってやっているの?


 


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