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【110】ラヴェンデル家のモニカさん


 と、いう訳で!

 アルバンが色々と作戦を練ってカクトゥス伯爵の断罪計画を地道に続けてくれているようではあるし、本来なら私は邪魔にならないように大人しく見守るに徹する方が良いとは分かっているが、分かっているが! 敢えて、私自身も個人的に復讐をすることに大決定である。

 アルバンからも許可を取ったので、カクトゥス伯爵に精神的ダメージを与えて評判をガタ落ちさせ、かつ「お前の企み全部失敗していやがんのバーカバーカ! うちはフリートホーフ北方騎士団が前身にあるもんでよ。悪いが無駄だったぜ!」をやってやるのだ。

 そんな訳で、手助けして貰うためにラヴェンデル子爵にお手紙書いて、うちでお茶しながらお話ししましょう。明日。と書いて送ったため……翌日。

 ラヴェンデル子爵がご夫婦でやってきて下さった。

 今回はお二人だけお招きするので、気楽なものである。

 とはいえ、相手はあの賢いやり手のラヴェンデル子爵。私もしっかり、気を引き締めなくては!

 決意を固めて警戒していたのだけれど、しかして、蓋を開けてみたところ……?

「モニカ、足元に気を付けて。馬車に乗ってこんなに移動すのは久しぶりなのだから」

「コンラート、心配し過ぎよ」

 ポコポコ、無数の小さいハートの幻覚が見える。

 主にラヴェンデル子爵から奥様に対して飛んでる。常に。かなりの密度で。

 以前伺ってはいたのだが、私は人の名前を覚えるのが苦手なので、今ここでやっとお名前を覚えるという無礼を密かに働いている。

 どうやら、ラヴェンデル子爵はコンラートという名前で、奥様はモニカさんであるらしい。

 実を言うと、モニカさんとは二度の狩猟大会、両方でほんの少しだけお話しさせて頂いたのだが、大変に感じの良い貴婦人である。

 身長は貴婦人の中でも小柄な方。多分だけど、150センチ前半だろう。体型としてはぽっちゃり系なのだが、ぽっちゃりしている姿が物凄く可愛らしいのだ。まさに奇跡のバランス。真っ白でふわふわな頬っぺたで、しかして目はパッチリ二重。いつもニコニコ微笑んでおり、お声が小鳥のように可愛らしい。お話しているとついなんだか嬉しくなってしまう程で、ファイルフェン子爵家のカテリーナさんとはまた違ったタイプの、社交に長けたレディである。

 同性の私でさえ「かわいい〜」と脳が蕩けてしまう程の声なので、確かに男性ならひとたまりもなかろう。

 しかし、クールに見えるラヴェンデル子爵……奥様と猫にメロメロなんだな?

 見た目はキチッとしてクールな眼鏡男子だが、そのギャップはなんというか……部外者の私からすると、だいぶ面白い。申し訳ないけど、凄く楽しい。

 なんだろう、このラヴェンデル子爵夫妻、見ていると精神衛生的にとても良い。癒される。

 ラヴェンデル子爵はパキッとしたエメラルド色のストレートヘアを前下がりなおかっぱにしており、大変涼やかな感じだが、モニカさんは栗色の瞳に栗色の髪。いかにも柔らかそうな髪質で、印象が全て柔らかくて暖かい。バランスが取れたご夫婦だな、とは、思うものの……。

「モニカ、寒くないかい? ストールを取って来ようか?」

「もう、コンラート! 良い加減にして! 体温調節くらい自分で出来ます!」

「でも、君は身重の体なのだから……!」

 どうやらモニカさんはご懐妊のようだが、それにしたってラヴェンデル子爵、もとい、コンラートさんは過保護だ。

 今はなんと、四人でティールームに向かって廊下を歩いている所なのだが、もうコンラートさんはモニカさんが心配で仕方ないらしい。

 なんか、これ、気のせいじゃなければ既視感があるな……?

 隣でアルバンが、真剣な顔で黙って小さく頷いている。こう「うんうん、そうだよね」と言わんばかりのリアクション。

 愛妻家、妻に対して過保護になりがち説が浮上してしまう。

 とりあえず、なんとかラヴェンデル夫妻のやり取りを全てスルーしつつ、ティールームに到着。

 着席してからも、ラヴェンデル子爵の視線はチラチラ横のモニカさんを見ており、気もそぞろである。

「それで、ラヴェンデル卿、お話があるとのことでしたが」

 アルバンが先に切り出した。

 気持ちは分かるが埒があかないと判断したのであろう。

「……失礼。妻のモニカは妊娠していまして。我々は仲が良いのですが、長らく子供に恵まれず、つい、心配の余りに……。」

「まあ、そうだったのですね。知らぬこととはいえ、ご夫婦揃って、などと提案してしまいまして、申し訳ございませんでした。モニカさま、ご体調はいかがでしょうか?」

「はい、フリートホーフ夫人。お気遣いありがとうございます。ですが、わたくし、不思議なことに体調はちっとも悪くありませんの。妊娠すると、多くの方は気分が悪くなるものと伺っておりますが、健康そのものなのです。夫のコンラートは過保護ですので、余りお気になさらないでください」

「いや、ラヴェンデル夫人。卿の心配は尤もなことです。最愛の妻と我が子の安全について、我々は気を揉むことしか出来ません。しかし、万が一に備えて対処を講じるのは、夫に出来る唯一の手段でしょう。私は卿の姿勢には全面的に賛成です」

「すみません。私の夫も、ラヴェンデル卿と同じくらい過保護なのです」

 なんか知らんが、アルバンとコンラートさんが目を合わせて腕組みして「うん」「うん」とか通じ合ってしまっている。

 ヤバいぞ?

 これ男二人で結託して、それぞれの妻に対する過保護を更に加速させていく流れなんじゃないのか。これ以上心配性を拗らせてどうするというのか。

 更にもう一段階上まで心配を引き上げられてしまうと、杞憂に頭を突っ込むことになるので、ご遠慮願いたい。何故ならアルバンは私やアルビレオのことが心配だとみるみる弱っていくタイプだし、きっとこれはコンラートさんも同じ人種。わかる。言動でもう確信している。アルバンとコンラートさんは同じ人種。

 チラッ。

 私もモニカさんの目を見てみる。

 黒いヴェール越しではあるけれど、きっとモニカさんも同じ気持ちだっのであろう。視線がぶつかった。

 それぞれに「お互い大変ですね」とアイコンタクトで通じ合った。

 ……ような気がする。

「それで、フリートホーフ夫人、実は、相談したいことというのは、例の事業の件です」

「まあ、なんでしょうか?」

「先だっての狩猟大会以降、クッキーは飛ぶように売れています。貴族や裕福な商人向けの、美しい細工を施した箱入りのものが売り切れる日もある程です。一方で、一度購入した顧客は、次に来店する時には前回購入した箱を持参して、中身だけ好みのものを購入する……というのが顕著なのですが、こちらとしては、高価な箱入りのものをもっと売りたいのです。なので、箱の種類をもっと増やして販売しようと考えているのですが……デザイン案に対して意見をお伺いしたいのです」

 なるほど〜。

 元々、ケットシー印のクッキー屋さんは、ラヴェンデル領の新たなお土産品として売り出す予定だったものだ。

 想定する内容としては、庶民向けには紙袋に入れたものを販売し、貴族などの富裕層に向けてはお土産として木箱に入ったものを都度、お渡し先に向けて売っていく筈だったのだが……フリートホーフ産のバターと小麦を使ったクッキーの味が良過ぎて、人にお土産として渡すよりも、自分用に買ってリピートする顧客が想定よりも多くなってしまったということだろ。

 確かに、私も食べたが、クッキー、大変美味しかった。

 元々、ハーブクッキーのレシピはラヴェンデル領で昔から食べられている伝統的な物だったのだが、実は途中で一回、我が家のシェフに軽く監修をお願いしたのだ。

 元々のレシピのクッキーは砂糖の種類を問わないものだったが、我が家の優秀なるシェフの意見により、砂糖は甜菜糖に限定。かつ、隠し味として一部蜂蜜を加えてはどうかという意見を採用した結果、配合も含めて大変素晴らしいクッキーが爆誕し、自分用に買って食べる貴婦人が多くなってしまったという訳だ。

 新しい箱のデザイン、本当ならコンラートさんは経営者だし、勝手に決めて商品展開するものなのだけれど、お店の出資者、即ちスポンサーは私となっているため、律儀に真面目にご相談しに来てくれたという訳だ。

 しっかりしている。

 ラヴェンデル子爵は真面目で真っ当な貴族だから、安心感があるぜ。

 ついでに言うなら、高級路線で売っている木の箱に関しては、我がフリートホーフ領の木材を使い、フリートホーフ領の職人が作ってくれている。

 今売っている箱は、蓋の上面にミトンの顔を描いた紙を貼ってあるもので、横面には草花の彫刻がしてあるものなのだが……新たなる箱のデザイン案としては、もう少しサイズを小さくし、価格をやや抑えたものを想定しているらしい。

 ラヴェンデル領は観光業が主力の土地。流石にデザイン案も優れている。どれも可愛らしい。

 目に留まったのは、四種類の違った猫のラベルを貼った箱の案で、それぞれ短毛の茶虎、長毛でグレーのハチワレ、短毛のサバトラ、長毛のポインテッドであり、箱の彫刻に関しても春夏秋冬を割り振ったものにするようだ。春ならばアーモンドの花と枝、夏ならばバラ、秋ならば葡萄の実と蔓、冬ならばナナカマドの実と枝葉、という感じに。

「これが良いと思います。一番素敵ですし、可愛らしい猫がラベルに描いてあるので、全種類集めたくなります。何より、小さい箱に、ラベンダー味ならラベンダー味だけ、バジル味ならバジル味だけ、という風に詰めて、単一の味だけで販売するのは良いと思います」

 現在、箱入りのクッキーは一種類のみ。

 ラベルにミトンが描かれたもので、ラベンダー、ローズマリー、バジル、オレガノ、四種類のクッキーが同じ量入っているもの。

 ラベンダーとローズマリーは甘いクッキーで、バジルとオレガノはワインのお供にもなるしょっぱいクッキー。

 初めて売り出すのだから全種類の味を知って貰いたいと思って、甘いものとしょっぱいものを全てコンプリートしたものをと決めたのだが……世の中には甘いものが苦手な人や、しょっぱいクッキーはちょっと……という人も居るので、味を選べるのは良いことだと思う。

 デザイン案の中には甘いクッキー二種類だけの箱、しょっぱいクッキー二種類だけの箱、というものもあったのだが、四種類分けたものの方がサイズとしても可愛らしい感じになりそうなので、私としてはそちらを推したい。

「価格としても、下位貴族が無理なくお土産として購入して、親しい方にお譲りするのに丁度良い値段設定かと思います」

 そう、大事なのはそこ。

 現在販売しているミトンラベルは、気軽に人に渡すにはややお高く、かつ、細工が綺麗なので、人にお譲りするのが惜しくなってしまう感じなのだ。

 美的センスに優れたラヴェンデル領の職人が描いたラベルのミトンは、ラベンダーやハーブに囲まれた反則級に可愛い絵だし、ラベルが古びたりして剥がれてしまっても、それはそれで、横の草花の彫り物が素朴ながらもお洒落な箱だし。実は私も、そのうち機会があったら自分用にひとつ買おうとか思っていたりする。食べ終わったらおやつ入れとして使うつもり満々である。

 あっ、そうだ。良い機会だし、自分用と一緒に、ニーナのご褒美の一環としてもひとつ頼んじゃおうっと。

 ニーナと私は仲良し主従なので、お揃いならきっと喜んでくれる筈。ひとまず、他の褒賞をどっ外してしまっても大丈夫なように、確実に喜んでくれるであろうもので抑えが欲しい。

「やはりそう思われますか。実は、この四種類に関しては我が家で飼っている猫たちをモデルにしたものなのです」

「まあ。ラヴェンデル卿はご自宅で四匹の猫を?」

「コンラートってば……すみません。私も夫も、無類の猫好きでして。家では引き取った猫を十匹も飼っておりますの」

 思ったよりも猫の数が多い。

 おいおい、ラヴェンデル夫妻、筋金入りの猫好きというか、猫狂いじゃねぇか。

 モデルにした猫とは別に、まだあと六匹も控えているだと? 普通に見せて欲しい。なんとかお茶会とか、良い感じの口実を付けて呼んでくれないかな?

「それは凄い。猫は自由な生き物ですが、管理はどのようにしているのですか?」

 アルバンが食い付いてしまった。

 ある意味ではゴングの合図である。猫は放置しているとどんどん子供を産むが、そこんとこどうなってんの? という話であろう。生き物大好き、興味津々のアルバンならまあそうなる。

「お恥ずかしながら、猫と過ごすための談話室が設けてあります。そちらでは雄のみを飼育し、寝室では雌のみを集めて飼育しているのです。貰い手がない猫を引き取ったは良いものの、これ以上増えてしまっては面倒を見切れないという実情があるものですから」

「義父と義母も猫好きですから、十匹のうち、母娘三匹の雌はそちらの家で飼っておりますの」

「なるほど。合理的です。猫同士が喧嘩をしたりなどはしないのですか?」

「しますね。ただ、半年もすれば自然と落ち着きます。中には仲が悪いままの猫も居るには居ますが、同じ部屋の中でも自ずと過ごす場所が決まってくるので、怪我をするような喧嘩はないですね」

 アルバンとコンラートさんが、猫の生態についての話で盛り上がり始めてしまった。

 餌はどうしているのかとか、猫トイレはどうしているのかとか、色々。諸々。

 うん、コンラートさん、物凄い猫好き。

 猫のご飯は日替わりでお肉やお魚。新鮮なものを加熱して、魚に関しては漁師さんから、市場に出せないような雑魚を貰い、丸ごと食べさせている、だとかはまだ分かるが……この人、屋敷を完全に猫仕様に改造している。

 貴族の邸宅なので、お客を招くのが前提の家だし、場合によっては親戚も来ることがあるとなれば、猫の居る談話室どうするの? という問題が発生する訳だが……なんとコンラートさんは談話室の隣に完全なる猫のための部屋を作り、猫ドアで繋いでいるらしい。

 その猫部屋には、一部砂を敷き詰めた猫トイレゾーンが設置してあり、キャットタワーやいい感じの箱などを完備。来客があった時には猫はそちらに自分で逃げ込めるようになっており、もっと高貴な人が来た場合は猫ドアに鍵を掛けた上で、談話室で暮らす五匹の猫を抱っこして移動させているとのこと。

 因みに、ご夫婦の寝室では二匹の猫が暮らしているそうだが、寝室の隣にも同じような猫部屋を完備しているそうだ。ただ、違いとしては、談話室と違って、寝室にも堂々とキャットタワーが鎮座しているという話である。

 ガチだ。

 猫に対してガチの人だ。

 お屋敷の庭にはキャットニップとマタタビ。猫の毒になるような植物は一切を植えず、庭木は主に薔薇のパワーで乗り切っているとのこと。

 なんとラヴェンデル領の名産品、ラベンダーの花やその精油なんかは猫にとって毒であるらしく、領地の主力な生産品だが、家には一切持ち込んでいないそうである。徹底している。

 普通、貴族なら自分の商売の宣伝のために、自分で使って色んなところでコマーシャルやるものだと思うが、ラヴェンデル子爵はそのチャンスを全てブン投げて、商業戦略一本で売り続けているらしい。偉い。

 更には、ケットシー印のクッキー屋さんで販売しているうち、ラベンダーとオレガノは猫にとって毒になります、与えないでください、の注意書きの紙も作ってお店の壁に張り出しているそうだ。販売するための紙袋の裏面にも注意書きをハンコで押し、クッキー箱の中にもハンコを押した紙を入れているとのこと。徹底している。

 い、良い人なんだな……!?

 怒涛の猫知識。そして猫への愛。

 あのアルバンまでもが腕組みをして「うーん……なるほど!」と唸っている程なので、相当だ。

「オレガノが猫にとって毒になるというのは、寡聞にして知りませんでした。ラヴェンデル卿の知識は素晴らしい。感服しました」

「いえ、魔獣全般の研究を行っているフリートホーフ卿に比べれば」

 なんだか急に打ち解け始めている。

 猫は平和の架け橋だったのか?

「フリートホーフ卿、卿は覚えておられないとは思いますが、わたくしとコンラートは、アカデミーで卿と同級生だったのですよ」

 モニカさんから衝撃の発言。

 いきなりぶっ込まれたせいか、コンラートさんが「うぐっ」みたいな顔を見せている。

 アルバンもアルバンで分かりやすくビックリ顔をしており、ちょっと目を泳がせて、微妙に気まずそうな表情。

 お、覚えているのか?

 いないだろうなぁ。

 アルバンは基本的に他人に興味がないし、なんなら本人曰く、嫌な子供だったらしいから、誰のことも記憶に残っていなさそう。

「……覚えています。僕は入学初年で飛び級してしまいましたが、ラヴェンデル卿は当時から既に、領地の経営に携わっており、目立っていましたから」

 覚えてたーーーー!

 ごめんアルバン。てっきりなんにも覚えていなさそう、とか失礼なこと考えてた。でも冷静に考えると、抜群の記憶力を誇るアルバンが覚えていない訳がないだよなぁ。多分、覚えてはいるけど、関心のないことは思い出そうともしない、が正しいんだろうな。

 しかし、私が驚いているその目の前で、コンラートさんも驚いている。

「ラヴェンデル卿はアカデミー入学前から領地を盛り立て、事業を始めている、というのを見て、僕は……実家を出て、辺境伯になろうと考えたのです。自分も同じように、自立してやっていく道もあるのだな、と。正直に申し上げると……他の同輩のことは、夫人も含め覚えていませんでしたが、唯一、ラヴェンデル卿だけは印象に残っています」

 おおっ、評価高い!

 というかコンラートさん、この人も物凄く優秀だし、凄く偉いんだな?

 実家のために、子供の頃から働いて、事業を始めて領地を盛り立ててきたのか。優秀なのもさることぬがら、故郷のために、家のために、頑張っていたのが凄い。これぞ貴族の鑑。領民のために安定した雇用を作ることは大切なことだ。

 やっぱり良い人なんだなラヴェンデル子爵。

 これには私もニッコリである。

 お隣の領地に居る方々が常識的で善良な、真面目な貴族であるのは嬉しいこと。

 スマラクト侯爵家とそれからファイルフェン子爵家に次いで、ラヴェンデル子爵家ともぜひお近付きになりたいなぁ、という野心がムクムクと湧き上がってくるぜ。

 元気系社交担当のカテリーナさんと、癒し系社交担当のモニカさんが揃えば盤石だろうなぁ。いいなぁ。仲間に欲しいなぁ。モニカさん。

 下心がつい出てしまう。

 社交下手な陰キャの元子爵令嬢の私はもう必死である。しのごの言っていられるか。使えるものはなんでも使う。高位貴族の貴婦人をまともにやれる社交力がないのは分かりきっているため、優秀な味方が欲しい。

 ついでに、コンラートさんに関しては、家畜の品種改良とかについてアルバンも「お近付きになりたいなぁ」なんて言っていたので、ここはもうガッツリと我がフリートホーフ家のために夫婦揃って協力して貰おうじゃないか……と悪いことを考えてしまう。

 あと、うん。正直に言うと、私、人としてモニカさんがなんとなく好き。一緒にお茶飲んでダラダラ意味のないお喋りしたい。

「光栄ですわ。ね、コンラート。あなたはずっと、フリートホーフ卿に話し掛けてみたかったのでしょう?」

「モニカ……そういうことは言わなくて良いんだよ」

「いやいや、ラヴェンデル卿、夫人のなさりようは実に素晴らしい。自慢の賢夫人でしょう。私も、貴卿とは腰を据えて話してみたかったのです。以前から、家畜、特に豚の品種改良などについて意見交換をしたいと思っていましたから」

 あっ、アルバンが獲物を狩る目になった。

 確かにここで追撃しない手はない。ナイスだ。チャンスは逃さず貪欲に。流石だぜ。

 とは思うものの、アルバンに必要とされる優秀なコンラートさんに対して嫉妬の心が頭をもたげるぜ。

 私は……アルバンやコンラートさんよりもずっとアホなので……あんまりアルバンの役に立たない。悔しい。私だって、私だって、仕事の面でも、もっともっとアルバンの役に立って求められたいのに。

 まあアホなのは仕方ないし、地道に努力して一個ずつやれること増やしていくしか出来ないのだけれど。

 ケッ! どうせ私はアカデミーにも入学できなかった落ちこぼれですよ。

 勝手に嫉妬して勝手にやさぐれ、盛り上がるさまを見つつ、静観するために紅茶を啜っていたところ、ニコニコ春の陽だまりみたいに微笑んでいたモニカさんがぶっ込んできた。

「そういえば、私とフリートホーフ夫人にも、実はご縁がありますの」

「えっ」

 飲んでいる紅茶を噴き出しそうになるのを堪えたら、ついうっかり、声がそのまんま出てしまった。失態である。これは完全に淑女失格。

 が、幸にして、アルバンもコンラートさんもビックリしているため、この大失態に気付いたのはモニカさんだけであろう。

「実は、私の祖母は、先代のグリンマー子爵の妹ですの。つまり、先代のグリンマー卿は私から見れば大叔父にあたるのです。なので、夫人と私は、血縁としては再従姉妹(はとこ)ということに……。」

「ええと、モニカさま、因みにご実家は?」

「わたくしの実家は、東の端の端、エッシェ男爵家なのですが、ご存知でしょうか……?」

「エッシェ男爵の……! 存じております。話だけではありますが、祖父の妹が嫁がれたと。モニカさまとそのようなご縁があったとは把握しておりませんでした。申し訳ございません」

「いえ。仕方のないことです。わたくしの実家、エッシェ男爵家は、高祖父が新たに開拓したばかりの新興ですし、グリンマー子爵領とは距離がございますから」

 まさかのモニカさん、ご親戚。

 しかも結構近い。

 貴族はどこも、遡れば高確率で親戚ではあるのだが、下位貴族となると家の数が多いため、かなり遡ればまあ、繋がってるかな? というパターンも多い中で、再従姉妹はかなり近縁。

「残念ながら祖母は、私が生まれた時にはもう亡くなっていたのですが、祖父は常々、祖母のことを褒めておりましたの。エッシェの家は新興でしたから、他の貴族や商人から信用がなく、特にこれといった特産品もなかったため、祖父は縁談もなく困り果てていたそうです。そこに、古参のグリンマー家から縁談があり、そのお陰で一気に周囲の対応が変わり、とても助かったのだと伺っております。加えて、祖母も不自由な田舎暮らしにも耐えて、仲の良い夫婦であったそうで……祖父は亡くなる直前まで、祖母のことを恋しがっておりましたわ。なので、私は一方的にツェツィーリア様のことは存じ上げてはおりまして、いつか機会があればお話を、と思っていたのですが、タイミングを逃してしまい……このように、言い出すのが遅くなってしまいました」

「そうだったのですね。モニカさまのような素晴らしい貴婦人とご縁があったこと、血が繋がっていることを知り、心強い気持ちです。よろしければ、今後も交流を深めませんか? 実は、私たち夫婦も春に息子が生まれたばかりなのです。事業の件だけでなく、子育てについてもお話し出来れば、と」

「願ってもないお話です」

 わーい!

 なんか、上手く言えないけど嬉しい!

 自分の親戚が感じの良い人だとなんとなく嬉しい!

 友達が一人も居ない私だけど、モニカさんは優しそうだし、お、お友達に、なってくれないかなぁ?

「ツェツィーリア様、よろしくお願いします」

 ニコッと微笑んだモニカさんに手を差し出されて、ワーイと喜んで、弾む気持ちのまま手を取って握り合ってしまう。

 ん?

 な、なんか、モニカさんの目がキラッと。一瞬キラッと光ったぞ?

 あっ、こ、これ、作戦か!?

 アルビレオが生まれたことを、モニカさんしっかり把握していたんだな。だから、ラヴェンデル子爵家としては、子供の歳近いから仲良くしようよ、をやりたかったんだ。

 ラヴェンデル領はフリートホーフ領のお隣。広大で絶大な影響力を誇るフリートホーフに睨まれたりする未来は絶対に避けたい。ならばどうすべきかというと……手っ取り早く、次世代を幼馴染にしてしまえば良いのだ。

 モニカさんの元に生まれてくる赤ちゃんが男の子か女の子かはまだ分からないが、女の子ならアルビレオの婚約者にワンチャンどうですか? がやれるし、男の子だったらもっと良い。その男の子はつまり、次のラヴェンデル子爵家の後継で確定なので、アルビレオの幼馴染にしてご学友になれば、大人になっても酷い扱いはされない。

 加えて、モニカさんには私とは再従姉妹同士というカードがある。アルバンの愛妻家っぷりは二度の狩猟大会で証明されている。なんせ王家の方々の前でも貫いた程だ。家長であるアルバンは、私の親戚であるモニカさんに対して酷い扱いはまずしない。

 うーん、ラヴェンデル子爵家、夫婦揃って優秀。

 でも、こちらとしても仲良くしたいのは確か。ついでに言うなら、夫婦揃って優秀であるなら、敵に回したくない。そういう意味でも、末長く仲良くしてゆきたい。お互いWin-Winの関係を構築し、お互いの我が子のため、家の未来のためにタッグを組んで頑張っていくのが理想形。

 かわいいアルビレオのためにも、今からお隣の領地との関係、良好にしておきたい。

 私もニコッと笑って、モニカさんに笑顔で返した。



 

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