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【011】ワイバーン討伐

 陽が落ちると、一気に気温が下がる。

 まだ秋ではあるものの、冬が近い。吐く息は白く、湿ったところから凍りそうなくらいだ。

 急遽行われることになった本作戦は、陽があるうちに馬で進める地点まで駆けて、途中からは徒歩での調査が主となる。

 手入れがされている森は木々の間を馬に荷物を乗せ、引いてゆくことも可能だが、この先は人の手が入っていない。なので、馬と、火の番をする者数名を残して、体力に余裕のある者を選抜して調査に向かう。

 アルバンと私は火の前で報告待ちだ。

 二時間ほど断続的に移動したため、それなりに疲労は溜まっている。疲れていて眠りたいが、屋外で眠るのは思った以上に難しいのだと知った。

 相変わらずアルバンは部下からの報告を受け、地図を手に必要な情報を書き込む作業を行なっており、私はそんな彼に凭れ掛かるようにして休んでいた。

「眠っていてもいいからね」

 そう言っては貰ったのだが、眠くて仕方ないし、疲れているのに眠ることが出来ない。

 素直伝えると、アルバンは更にブランケットを出して私を頭から包んだ。

 以降は、私が息がしているか、体温がていかしていないかを定期的に確認してくれている。

「これまで、剥落した羽毛や鱗が見付からない。恐らく、ワイバーンだろう。行動範囲が広い。獲物の残骸にのこった歯形から推測して……体長は14から15メートル。各村の防衛線構築とバリスタの運搬手配をした上で討伐隊を組む。出直しだ」

「防衛線については同意しますが、この近辺に寝ぐらがあるのは確実です。このまま進むべきでは?」

「いや、ツェツィーリアの体力が限界だ」

「ぅ、も、申し訳ありません……!」

「謝らないで。君は悪くない。僕の予定に付き合わせて、連れ回してしまっていたから大丈夫だと判断した僕のミスだ。深層のご令嬢なんだから、いきなり野営なんて出来る訳がない。何より、女性が同行するにあたって必要な物資や対処を、指揮官である僕が理解出来ていなかった。だから、君に付いてきて貰うかどうかはまだわからないけど、一度戻ってから、きちんと準備をして出直すんだよ」

 優しく言って、毛布越しに肩をポンポンと叩いて抱き寄せてくれるが、疲労と申し訳なさと情けなさで泣きそう。

「で、ですが、大丈夫と言ってしまったのは私です。余りにも、余りにも不甲斐なく……!」

 あの時は出来ると思ってしまったのだ。

 お腹いっぱいで、いい気分で、気が大きくなっていた。やったことがないのに、どうしていける、なんて思ったのだろう。調子に乗るとすぐこれだ。

 無様にも程がある。

「アハ。気にすることないですよ、ツェツィーリア様。正直、我々も貴婦人をこんなところまで帯同させるなんてアリなのかよ、って思ってましたから!」

「団長の言う通り」

「奥様は悪くないです」

「むしろ、かなり頑張っておられる」

「貴族令嬢なのに、屋外でジビエ食べるのも嫌がらないという時点で寛容ですし、恐ろしいだろうに、パニックにもならない」

「我々は訓練を重ねた騎士ですが、その我々にとって全く足手纏いにならず付いて来られているというだけで、破格です。経験のない者なら男でも音を上げる道行きですよ」

 口々に、これまで無口だった他の騎士の方々がフォローを入れてくれる。それぞれうんうん、と深く頷いている。

 様子から見るに、本気で私のことを鬱陶しいとは思っていないようだ。

「アッハッハッハ! 我々の総意としてはこういう感じです! 主にアルバン様のせいですね!」

 ハインリヒさんが、夜の闇の中だというのにビカビカと輝きまくっている。

 笑顔が、笑顔の圧が、疲れた体に突き刺さる……!

 なんだろう、ハインリヒさんこれ、多分だけど魔力が強いな?

 そして悪意とか不機嫌さとかの感情によって漏れ出す魔力が指向性を持つというアルバンの話を考えるに、この人の場合、悪意ではないプラスの感情でも何故か指向性を持ってこっちを刺してくるんじゃなかろうか?

「うん。ごめん。主に僕の判断ミスなんだけど……ハインリヒと君、人間としてはそんなに相性悪くないんだけど、彼、攻撃とかの魔力制御はうまいけど、普段からだだもれだからね。一緒に行動するだけで、ツェツィーリアは疲れるよね……。」

「あっ、やっぱりそういうことなんですね」

「そもそも、常にツェツィーリア様と一緒に居たいからってこんな所まで連れて来るアルバン様が非常識なだけなんで! ツェツィーリア様はなんにも気に病むことないですよ〜!」

「ハインリヒ、お前、僕じゃなくてツェツィーリアの味方なの?」

 あっ、副音声が聞こえた。

 お前、僕のツェツィーリアに手を出すつもり? っていう副音声が聞こえた。アルバンの警戒が強まったのか、ドサクサ紛れに毛布ごとお膝の上に乗せられてしまう。

「アハ。勿論! ツェツィーリア様は、騎士団の復活をアルバン様に直訴して下さいましたからね! 閣下に意見出来るのなんて、ツェツィーリア様ぐらいなもんでしょう。我々がどんなにしつこく頼んだところで、取り組むに足る理由が無ければ一瞥もしないでしょうから。故に、我々には既に、ツェツィーリア様に大恩があるので!」

「わっかんないんだよなぁ。騎士って。意味がわからない。非合理の塊過ぎる。魔獣の方がまだ理解しやすいよ」

 なるほど、たまたまではあるが、私がアルバンに対して、今すぐじゃなくても、こんなに反発が強いなら騎士団を復活させた方が良いのではと提案し、アルバンが考えてみようかな、となったために、ハインリヒさんはそれに関して物凄く感謝してくれているらしい。

 私には実感として理解できないが、恐らくハインリヒさん始め、ここに居る方々は騎士としての誇りが第一なのであろう。

 一方で、アルバンの意見も理解できる。

 アルバンは合理主義者だし手段を選ばないタイプなので、騎士たちが何故、騎士であることにそれほど拘るのか理解できない。共感できないが、とりあえず彼らに騎士の振る舞いを許さねば話が進まない、という事実を把握しているに過ぎず、人の気持ちなどを余り計算に入れていないため、両者の間には溝があったのだろう。

 ……あれ?

 これ、もしかして、私が今日に限らず、どこかで解消しておかないと、アルバンとハインリヒさんの間で亀裂が生じていたのでは?

 一応はハインリヒさんの行動原理としては、騎士であるから主君に忠誠を誓うというものだし、騎士の振る舞いを許すと認めたアルバンのことを評価してもいたが、ふとした時にアルバンが対応を間違えたら、とんでもないことになるのでは。

 いや、駄目だ。怖いからやめておこう。

 しかし、後から「あの時ああ言っていたのに」案件は絶対に避けた方が良いと思うので、定期的に私の方からアルバンに対しても「騎士団復活させましょうよ」と意思確認をしておこう。

 なにしろ合理主義なのがアルバン。

 やっぱり予定変更するよ、とかもサラッとやりそうなので油断できない。

 勘でしかないが、あのアルバンが「実力があるから使っている」と断言する人材なので、失ったらエライコッチャになりそうな気がする。

 ……ここでちょっと、一発かましておくか?

「ありがとうございます。騎士の皆様がたが助けてくださるおかげです」

 敢えて騎士と断言しておく。

 すると、ハインリヒさんは目を大きく開いて、希望に満ち溢れた少年のような顔をして、それから、破顔した。

「ツェツィーリア様、万歳!」

 デッカイ声で叫ぶと同時に、軽く衝撃波のように歓喜の圧が襲ってきた。

 なん? なに? これ?

 この人、本当に人間か?

 声だけじゃなく魔力もやかましいなこの人……。

 に、苦手だ……!

 悪い人じゃないし、良い人なんだけど、なんというか、私は暗い人間なので、アルバンくらい「陰」の人と気が合うのだ。

「うっ、生命力が突き刺さってくる」

「ツェツィーリア、大丈夫? 後でシメておこうか?」

「それで、どうにかなるんですか?」

「ならないね。ごめんね。僕は余りにも無力だ……。」

 魔力としてはアルバンにダメージなど皆無の筈なのだが、心なしかくたびれている。

 疲れているのだろう。精神的に。

 ハインリヒさん、もしかして無敵か?

 ーーなどと、くだらないことを考えていた、その時だった。



「ワイバーンだ!」



 騎士の一人が叫んだ。

 その叫びとほぼ同時に、黒く、大きな塊が目の前に突っ込んできた。

 アルバンが私を抱え込んだまま素早く後退する。

 ハインリヒさんは突然の出来事にも拘らず、即座に剣を振り抜いていた。

 風が巻き起こり、焚き火が消える。

「総員防御体勢!」

 大きな声でアルバンが叫んだ。

 抱え込まれている私の体にまで振動が伝わるほどの声量だった。こんなに大きな声を出すアルバンを、初めて見た。

「滑空と同時に攻撃してくる! 槍を構えろ! 騎士としての武勇を示せ!」

 低く、厳しく、強い命令だった。

 最初は誰の声か分からなかったが、大きさで分かった。これはハインリヒさんの声だ。

「来るぞ!」

 アルバンの掛け声と共に、再び、強い風が上空から叩き付けられるように巻き起こる。

 火は既に消えた。

 夜の森の中では、体色が黒いワイバーンは見えにくい。

「アルバン様、兵を森の中に退避させた方がっ……! ここは危険です。拓け過ぎています。このままではっ……!」

 今はまだ、全員が武装した騎士であるため、なんとか応戦できているが、防戦一方だ。槍が折れた、という声も聞こえてきているため、ワイバーンには刃物を通すのさえ難しいのだろう。

 せめて太い木のある森の中に逃げ込めば、朝までは凌げるのではないか。

 と、考えて進言したのだが、アルバンは私をその場に下ろすと、ゆらりと立ち上がった。

「……めんどくさいな。研究対象だし、出来たら生け捕りにしたかったけど、ツェツィーリアに被害が来るし……もういいや。殺そう」

 僅かな月あかりに見えたその顔は、まるで感情がないように見えた。

「ハインリヒ」

 喧騒の中で、特に張り上げもせずに発せられた声が、何故だかよく聞こえた。

 きっとハインリヒもそうだったろう。

 滑空してくるワイバーンの鉤爪と切り結びながら、剣戟の音を立てる。

「殺せ」

 命じられるが否や、ハインリヒの目が孤を描いた。

 目の奥が、月明かりを反射して赤く光る。

「承知しました〜!」

 楽しげに、彼は言って。

 次の瞬間、巨大な氷の塊が出現した。

 まるで出鱈目な出力だ。目視で二十メートルはあろう、鋭い氷の塊が地面から天へと伸びる。

 ハインリヒはその先端に居た。

 剣を握り、突然現れた氷山を躱そうと旋回したワイバーンに向かって、氷を蹴って攻撃を仕掛ける。

 翼を切断しようと狙うが、躱される。

 しかし、片方の腕を切り落とした。

 切断されたワイバーンの腕が、私の目の前に落ちてくる。

「危ないなぁ」

 場違いなほどまろく、柔らかい声音で、アルバンが呟いた。

「アハ。すみません。手間取りました」

 アルバンの眼前に、口を開けたワイバーンの顔があった。

 ワイバーンは槍で背中を刺し貫かれていた。

 遅れて、ワイバーンの巨体が力を失い、重苦しい音を立てて地面に倒れる。

 まだビクビクと痙攣するそれを見下ろして、アルバンは剣を抜くと、そのまま首を切った。

 剣を振って血を払い、残ったものを布で拭ってから鞘に戻す。その動作を終えて、アルバンが振り向く。

「ツェツィーリア、怪我はない?」

「だ、大丈夫、です」

 まるで別人のように柔らかい声と表情で、わざわざ膝を折って、座り込んだ私の顔を覗き込んだ。

「君に怪我がなくて良かった。こ、怖かったよね? ごめんね、もっと早く仕留めておけばよかった」

「じゅ、じゅうぶんはやいとおもいますよ?」

 そもそも、ワイバーンなど出たらその時点で国の一大事である。

 数十人で討伐隊を組んで、何十日もかけてやっと、という記録が大半を占める。

 空を飛ぶ大型の肉食魔獣というのはそれだけで脅威だし、ワイバーンの体は硬くて、なかなか刃物も通らない。魔法攻撃による討伐が主だが、ワイバーンは自分に傷を負わせた相手を執拗に狙う習性があるため、長期戦となると死者が続出する……のであるが、この度はなんと、戦闘時間は数分で終了しており、実質、ハインリヒさんが単独で討伐しているのである。

 つ、強過ぎませんか、この戦闘集団?????

 様々な書物でフリートホーフ辺境騎士団は強いと書かれていたが、ここまでとは思っていなかった。

「うん。実は、本当は生け捕りにして研究したかったから、みんなにもそう伝えていたんだけど、さっさと処分するように指示変更しておけば、もっと早く済んでいたんだ」

「まっ……! は? あ? うん?」

「基本的に、僕が研究したいから、珍しい魔獣は可能な限り生け捕りにする方針なんだ。うちは昔から魔獣が多くて、討伐方法は盛んに研究されていたんだけど、身体構造や生態についてはぜんぜんデータがなくて」

「ばかじゃないですか?」

「やっぱりそう思うよね。敵を知ることが肝要なのに、これまで何百年もあって、歴代の辺境伯が何も言及していないだなんて。あり得ない。習性を知ることでもっと効率的に駆除が可能になるかも知れないのに……嘆かわしいことだよ」

 そこじゃない。

 よくよく周囲の様子を伺ってみれば、他の騎士の方々も松明に灯りを点け直して、ワイバーンの死体を見聞している。

 大きさや身体的特徴を確認する言葉が飛び交っており、これが彼らの日常であることがそれだけでわかる。

「アルバン様、ワイバーンの首を見て貰えますか?」

 ハインリヒさんが呼びに来た。

 ワイバーンの死体は騎士団の皆さんによって既に道の端っこに退けられており、アルバンも首の置かれた方に移動する。私も、やや怖いが見てみたいので、頭から毛布を被ったまま、トコトコちゃっかり付いて行くことにした。

 だって、ワイバーンを近くで見る機会なんてそうそう無いんだし……。

「わぁ」

 近寄ってみたら、ワイバーンの生首は目を開いたままだった。

 新鮮なためなのか、まだ眼球にも濁りはなく、松明の灯りを受けて光っていた。口からは紫色の舌がデロンとはみ出しているが、思いのほか薄っぺらくて細い舌だ。

 体色は、黒だと思っていたがよく見ると赤褐色寄りで、硬い菱形の鱗にびっしりと覆われていた。

「触ってみる?」

「はい」

 しげしげと眺めていたら、アルバンの方から提案してくれた。

 魔獣の死体に触りたがる貴族女性など、私の他に居ないに違いない。間違いなく淑女失格だが、仕方ない。

 だって知りたいから。

 触って確かめてみたいし、折角の機会だから。

 それに、私の夫はアルバンだ。

 率先して魔獣を捕獲したり解剖したりなんだりしているし、彼の方から触ってみたいならいくらでもどうぞ、というスタイルなので、遠慮なく触らせて頂く。

「わぁ、鱗の下にある皮も分厚いんですね」

 切り口からはもう血の流出も止まり、肉と皮の境目が見えるようになっていた。

 切断される際に剥がれたのだろう、断面すぐ横に、一部鱗が取れている部分があったので肉と皮の境目のところを、防寒用手袋越しに突っついてみると、なんだか分厚い皮がぐにぐにしている。奇妙な弾力がある。

「ワイバーンの牙は、上下で擦り合わされて常に研磨されるようになっているから、手袋越しでも触ると切れちゃうから、気を付けてね」

 死んでいるとはいえ、流石にワイバーンの口の中に手を突っ込むつもりは無かったのだが、アルバンは私をなんだと思っているのだろう?

 前もって注意点を教えてくれるのは有り難いが、理不尽ながらなんとなく不服である。

 言いながらも、アルバンはガッ! と力強くワイバーンの唇? にあたる部分を掴んで捲り上げている。

「やはり、小さい。見つかった獲物の死体に残っていた歯形と明らかに一致しない。翼を広げた時の大きさも、この個体は13メートルに満たない」

 言いながら、続いて、今度は胴体の方へと移動する。

 腹を地面に向けた状態で置かれたワイバーンの胴体を「よいしょ」と言って、アルバンは一人でひっくり返してしまった。

 重たい筈なのに、軽そうに扱うあたり、やっぱりこの人も筋力が異常に強いな……と思った。

「このあたりに……あった。うん。雄だね。成熟個体のようだし、つがいの雌が居るかも」

 ワイバーンの太い尻尾の付け根近くに、鱗の隙間に隠れていた隙間を探し当てると、アルバンは指を突っ込んで中を探った。デロン、と白っぽいヌメヌメした物体が飛び出して、思わず「うわっ」なんて言ってしまった。

「あ、これ、ワイバーンの生殖器。ワイバーンは見た目で雌雄の判別が難しいから、確実に判断するためには総排泄孔を確認する必要があるんだ」

「あっ、そ、そうなんですね」

 言いながらも、とりあえずの確認が終わったのか、アルバンが嵌めていた手袋を取って、べいっ、と近くの焚き火に近寄って投げ込んでいる。

 わかっていなかったが、乗馬用の手袋の上から、更にもう一枚薄い手袋を嵌めていたらしい。

「つがいを失ったワイバーンは必ず報復に来る。まだ、巣の位置は分からないけど、この雄は攻撃的だったし、もう抱卵に入っていると考えて良い。ワイバーンはそういう場合、雌雄が交代して餌を取ってくるから、雌が戻ってくるまでにはまだ時間があるし……ワイバーン、ちょっとここで食べちゃおうか」

「た、食べられるんですか?」

「うん。美味しいよ。馬肉と牛肉の間みたいな感じかな? 鹿よりも癖がなくて食べやすいよ。脂が少なくて赤身しかないけどね。ツェツィーリア、食欲は」

「あります」

「良かった。寒いし、煮込んでスープにしようか。ハインリヒ」

「飯ですね! 準備します!」

 夜食にワイバーンを食べることになってしまった。

 他の場所に偵察に出ていた騎士の方々もと戻ってきており、鍋を囲んでワイバーンを食べることになった。

 ついでに、スープにするなら、と何人かが風味の良い山菜やきのこを集めてきてくれた上に、ワイバーンの残りが重たいから、という理由で、残っていたジャガイモやタマネギ、ニンジンなども全て使い切ったため、具沢山のポトフが完成した。

 ワイバーンは全ては使わず、尻尾だけを使っている。太い尻尾は鱗と皮を剥がしても尚も量があって、そこから更に骨を取り外している。

 外した骨はそのまま捨てず、出汁を取るために使って、肉部分を剥がしてから埋め立てて処理。ワイバーンの出汁が出たお湯の中に根菜ときのこ、続いて軽く炙ったワイバーン肉を入れてから蓋をして煮立て、最後に山菜を加えてから塩と香辛料、乾燥ハーブを入れて完成である。

 私が食いしん坊ということはもう皆さんに知られてしまっているため、目の前で調理をして貰う流れになっているが、淑女として振る舞うことは秒速で諦めた。

 人はデカい肉という誘惑の前に余りにも無力。

 デカい骨がデカい鍋の中に投入された段階からもう目が離せなかった。眠気はどこかに消えた。次々と投入される食材を前に期待が高鳴る。

 何より、旨味を閉じ込めるためにと、ワイバーン肉を軽く炙った時の匂いが素晴らしすぎた。

 香ばしく甘い肉の、なんとも言えない芳香。

 表面を軽く炙っただけなのに、破壊力が凄まじい。煮えるまでずっとソワソワしっぱなしである。

 ま、まだかな、まだかな?

 まだ煮えないかな?

 食い意地だけで動いている私を、アルバンはなんだか温かい目で見守っており「これを飲んでね」と優しくお茶を差し出してくれた。

 く、空腹に、あったけぇ茶がしみる……!

 なにしろ、ことがことだったので、当然のように騎士団の方々はまだお夕飯を食べていない。途中、馬上ではあるがアルバンは携帯食のあんまり美味しくない乾パンを食べるかと聞いてはくれたのだが、一人だけ食べるのは悪いし、馬に揺られてだと吐きそうなので遠慮していたのである。

「アルバン様、足りないんで、鹿と猪の残りもいっちゃって良いですか?」

 最早デフォルトのような人懐こい笑顔ながらも困ったような感じで頭を掻きながら近寄ってきたハインリヒにアルバンが許可を出す。

 すかさず、持ってきていたお昼の残りの猪と鹿の肉が片端から串焼きにされていく。

「アルバン様、鹿と猪、十本くらいでいいですか?」

「ツェツィーリアは? 串焼きも食べれる?」

「いえ、私はワイバーンだけにしておきます。食べ過ぎるのは良くなさそうなので」

「そっか。じゃあ、僕の分だけで」

 少ししてから、ハインリヒさんが両手に串焼きを持って戻ってきた。もう既に束と化しているが、アルバンはそれを迷わず片手で受け取る。

 驚いたのが、十本、というのが鹿と猪の合わせて、ではなく、それぞれ十本だったことで、よく見るとハインリヒさんもすぐ側に来て、同じくらいの量をキープしている。

「ぉ、おぉ……!」

 どうやら、アルバンやハインリヒさん、その他騎士団の方々も、動き回ってお腹がすいていたようだ。

 まだ入るのかとこちらが心配になるほどの量をガツガツと食べ、消費してゆく。

 そ、そうか。彼らにはお椀いっぱいのワイバーンポトフなど、添え物のスープでしかないのか。

 私が両手で抱えるほどの器にたっぷり入ったワイバーンポトフ。よく食べる方である私でもこれ一杯でお腹いっぱいになれるような代物なのだが、彼らに取ってはそうではないらしい。

「まだある?」

「ありますけど、シメるのに失敗して血抜き今ひとつなやつしかないですね〜」

「……ワイバーン、腹以外もう全部使うか。鍋でもう一回転いこう」

「お許しが出たぞ! ワイバーンの腹部以外全て使用してよし! 絶対に腹は裂くな!」

 アルバンのボソッと呟いた一言に、歓声が上がった。口笛を吹いている人も居る。

 食べ足りなかったらしき何人かが素早くワイバーンの所まで行って、肉を切り出し始めた。

 た、体力があるなぁ……!

「ワイバーン、あんまり美味しくなかった?」

 ボーッと肉に躍り掛かる騎士たちを眺めていたら、アルバンが横から心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「いえ、美味しいです。美味しいのですが、ちょっと、疲れて、眠くて……!」

「ああ、うん、そうだよね……ツェツィーリア、眠れていないもんね」

「はい。眠気が、もう、限界で」

「あともう一回鍋を煮るから、まだかかるし……少しでも横になって寝ようか。一時間だけでも違う筈だから」

「ありがとうございます……。」

 少しでも私が寝やすいようにと、根菜を運んでいた袋を地面に敷き、その更に上に毛皮とブランケットを挟み、私自身もブランケットで包んだ上で、最後に、アルバンは自分の上着を脱いで、上から掛けてくれた。

 あ、布が重たくて、あったかくて、気持ちいい。

 意識が落ちるのは一瞬だった。

 ほとんど気絶するような形で、私は眠りに落ちていった。

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