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記録9:詳らかな理解

 魔道具で乾燥させたとはいえ汚れを全て取ったわけではないし、香り付けの意味もあって洗濯機にきていた服を放り込む。軍に所属していた時の私服で買い替えるのが面倒でずっときていた服だから、退職を機に捨ててしまっても良いかもしれない。

 大抵のものは処分したがまだ残っているものや決めきれなかったものもある。なにせ前々日まで任務で遠くの山まで遠征をしていたため荷作りをする時間が取れなかった。


「お風呂の入り方は分かる?」

「分からない」


 星の知能は人間の十歳程度の子供といったところ。意思疎通や状況把握もできるが未来の出来事を想像するのが苦手であるようだ。それなのに大人びた風に感じるのは星と魔素に関する専門的な知識や確固とした目的を持って行動しているからだろう。

 持っている知識は星の存続に直接的に関係する事柄のようで、人間社会の一般常識は持ち合わせておらずドアの開け方も分からない。それでも例外はあって人型の肉の塊としての動き方は、おぼつかないところはあれども歩行は可能であった。

 出された紅茶にも私たちが飲んでいるのを見て飲み始めたことから学習能力も高いようだ。今この瞬間にも人間という生物の一種の築き上げた、他の生物には見られない知的な文化というものを学習している。


「痛覚がないのかな」

「洗い方、あってる」

「間違ってはいないけど、正しくもないかな」


 星の肉人形には痛覚というものが無いようで、シャンプーの泡や水が目に入ってもまるで痛がる様子はなかった。視線の向きから周辺の視覚情報は人間と同じ目の位置にある肉から認識しているようだが、そういう性質を持ち人の眼球を真似た肉の塊というだけで、水晶体や網膜といった眼球を構成する要素は備わっていないようだ。


「一つ聞いておきたいことがあるよ。これの答えによって星への接し方が変わるから注意してね。」

「はい」

「星は人間のような生活をしたいのかどうか。それによって人間の認識する普通を教えるし、違うならそのままで星を守ろう」


 質問が予想外だったのか未来を決めるために熟考しているのか、目を開けてシャワーを目に当てながらピクリとも動かなくなった。少し不味いことを言ったかと思ったが、初めのうちに聞いておかなければ困ったことになるので正解だったはずだ。


「人間の生き方を学ぶ」

「それが星の意思なんだね」

「違う。星ではなく、星の意思で決めた。?おかしい」

「貴方個人としての人格が産まれているけど、君と星の自己同一性はそのままなのか」


 自分と他人を分別するうえで重要かつ最も簡単なのは名前をつけることだ。人に限らず物にもついている名前は自他の境界を作り出し個性を出すために必要だ。言語ごとに分別の仕方が異なるので、あくまでも人間の持つ能力で認識している物事を私たちが使っている言語による理解で個性を出すことになる。

 私も母も父親も文系ではないので細かいことは気にしなくても良いだろう。(さい)だけは任意学校の頃は文系科目のほうが得意だったが、最終的には商業学園に通ったし名付けのセンスは親族全員が認めるヘボさなので頼むことはない。

 やはりこれから一つ屋根の下で生活をする家族の名前は家族で決めたることにしよう。決してお風呂場で洗う必要がない髪を手触りが良すぎて何度も触っているのを人間の文化なのだと観察されながら決めることではない。それにしてもスベスベ柔らかくて最高品質の布地でもこの感触は出せないと思うほどの心地よさだ。



 お風呂から出ると母と父親は一気に二人増える家族を迎え入れる準備を整えていた。具体的な日程は任務の都合上知らせていなかったはずだから、このくらいの期間に任務が終わって退職するので荷物が届いたら少しばかり整理していてねと送ったくらいだ。

 私が家に到着するよりも半日早く宅配された引越荷物は、物を買わない私のため量は多くないにしても突然の箱三つ分は置き場に困ったそうだ。家は両親が金持ちでその父親たちも金持ちだから空間の広々とした高級住宅と言えるが、母のお土産が棚のあちこちに置かれて整理したリビング以外は混沌とした統一感のない内装だ。

 父親も父親で棚を置いてはその中に学術雑誌や論文集をデジタルではなくアナログで集めている。整理整頓や掃除はしっかりとされているとはいえ床面積を圧迫することには変わらず、邪魔だと思ったことは数知れずだ。

 これがお客さんも見る位置にあるから見栄えを優先しているが、個人の部屋や共用の倉庫や書斎にはそれぞれの趣味のものが大量に詰め込まれている。年に一度はホコリや汚れを払って品質を確認するため掃除をしているが面倒なことこの上なかった。

 ただ物を溜め込むのはこの家族全員に言えたことで、私も買うことは少ないが収集した魔道具や制作した魔道具を飾ったり物置にしまったりしている。(さい)が集めているのは、たしか音楽盤だったか音楽を物体に保存したものを集めては、部屋に飾って収まらないものは物置にしまっている。

 個人的に使えるのは自室と近場の部屋を使った物置で、他の倉庫や書斎やリビングは共用だ。侵略しているものは定期的に掃除する取り決めになっていたが、ここ数年は私たち子供二人が家にいることが少なくなって侵略の歯止めが効かなくなっていた。だからどこかの拍子に家に戻った時にゴチャゴチャ物が散乱してたら注意するくらいにしていた。


「夕飯にするわよ」

「昼食は?」

「合同よ」

「説明して」

「僕達二人だけだと朝昼晩と三回食べるのは時間が無くて胃もたれもするから、朝昼と昼夕の二回に分けて食べてたんだよ」

「あぁ、なるほどね。私も量を食べても余すことが多くなったからそのくらいで良いかな」


 とはいえ人間の文化を学ぼうと意気込んでいる星に、家族間だけの習慣を教えるわけにもいかない。世界の何処かには一日の食事が二回だったり四回だったり、適切な食事間隔と言われている三回ではない文化を持つ民族もいる。

 その人たちが健康ではないかと言われたらそうではないし、適切な食事間隔も年齢や個人の体質で変わっていく。星には悪いがこの家の食事の習慣に合わせてもらおう。外での間隔も教えるからそれで手打ちにしてほしいが、許されるだろうか。


「手伝おうか?」

「それには及ばないよ。帰ってきたばかりなのだから」


 父親が料理の準備を始めて手伝おうと思ったがやんわりと断られてしまった。我が家では父親が料理をすることが多くて、テストで満点や徒競走で一位など特別な日にリクエストをあげれば作ってくれたりもした。

 引っ越しや卒業式などのときには食材を揃えて丹精込めた料理を用意したり、普段行かない高級店で食事をしたり、宅配でジャンクフードを頼んでパーティーを開いたりした。努力して掴み取るお祝いも良いが、定期的に時間の積み重なりを祝うこともまた良いと思っている。


 今日は私の退職祝いと実家に戻ってきたことの祝いでパーティーを開くつもりだ。食材を揃えて料理をする時間は私が事前に連絡をしなかったからなかったし、せっかく家で暮らす時間が長くなるのにその初めが外食とは雰囲気がないとパーティーになった。

 だけど全てが宅配では外食をした時と同じで雰囲気がないとのことなので、メインディッシュは宅配で注文して小皿に取り分ける子覚(こざまし)を作ることにした。その程度なら手伝えて負担にもならないし、椅子に座って机の上のものに興味を示す星の手を抑えながら説明するよりも簡単だ。

 液体の入った瓶を触った時に零れそうになったから、危険がないように見ておかないといけない。この家には家族が溜め込んだ物品で溢れかえっていて、その中には肌を傷つけるものや脆くて貴重なものまで触らずにいてほしいものがご万とある。


「これはチュッカ、パンにつけて食べるものだね。こっちは塩で、殆どの生物がこれを必要としている。私たちにとっては栄養素というよりも味覚を豊かに彩るものだけどね」


 コクリと頷きながらも伸ばした手の力を緩める様子はない。なかなかに力が強くて魔道具なしだと限界が近い。しかし魔道具を使わずに抑え込んだところから始まった試合で、魔道具を使ってしまうと負けた気分になってしまうから意地でも使わない。

 こういうことをしているから子供っぽいと言われるのだと自覚はしているが、認めたくはないので一向に成熟しない身体と研究者に恨みをぶつける。逃走の時の戦闘とついでに起こした内部火災で殆どの研究者を殺したうえに、二十幾年も経っているのだから死んでしまっただろう。

 研究のことや私のことは政治の秘密に詳しい人なら誰でも知っている。排除や鹵獲と言われないのは母と父親が保護にするために走り回ってくれたからだ。小さな檻から出たばかりで歩き方を知らない私に、隣で歩調を合わせながら歩く方法を教えてくれた。自力で歩けるようになったら進むべき道を探す方法と生きる標を見つける方法も教えてくれて、本当に一生かけても返せない恩をもらって感謝してもしきれない。


チュッカ

醤油やポン酢みたいなもの

粉末状で複数の植物の種子を砕いたもの

水に溶かして掻き混ぜて、パンを付けて食べる

南東地域の広範囲に群生する植物の種子がベース

ヤンコル、ワンスル、ココアの三つに大別される

家に置かれているのはワンスルのチャッカ

食事で使われるのはヤンコルとワンスル

ヤンコルは溶かすと粘ついて濃い味

ワンスルはサラサラしていて淡白

ココアは軍の兵糧として開発されたもので美味しくない

栄養価は高いので軍では塩と一緒によく食べる

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