記録2:サヨナラに涙を添えて
「それでは水瀬隊長率いる隊員たち!今日の慰労会の食事は豪華だと思わないかぁー!」
「「「思いまーす!!」」」
「隊長は俺達の面倒を見てくれるしやる気を上げる工夫もしてくれるけどぉ!!」
「必要以上のことは絶対にしなくてぇ」
「見合った成果を上げないと厳しい訓練に巻き込まれる実力主義の人だぁー」
「そうだッ!!つまりこの豪華さには理由があるのだー!!!」
私の部隊の良い所として、魔法の暴走があまり起きないことにある。魔法兵が魔術兵と合わせて運用されないのには、魔法を使うものに付き纏う暴走の危険性があるからだ。
だけど私が部隊を作って人を集めてから、一度も暴走を見たことがない。それは私の体質がなにか影響しているのかもしれないし、単に運が良いだけかもしれない。研究者の母の伝手を使って調べてみても、今まで以上の成果はでなかったから不明なままだ。
未解決の問題を抱えて隊長が務まるのかと悩んだこともあるが、これが良い方向へと作用しているなら問題なしとする方向に向かっていった。それに数年の間だけ部隊を率いているだけで良かったのだから、暴走して人数をすり減らさずに引き継ぐことが出来たのは幸運だった。
「ではその答えを継波副隊長の口から言ってもらいましょう。どうぞ!!」
「それでは今日の慰労会の真相を発表しよう」
マイクが渡されると部下の一人がドゥルドゥルルルルルゥゥと唇と舌で器用に鳴らした。
妙に小技を持っている人間が多いのも私の隊の特徴かもしれない。
「この慰労会は二つの会を並行して行われていました。そのうちの一つがもう一人の副隊長である楠歩さんの結婚祝いです。この作戦が終わったら結婚しようとプロポーズをし、見事帰ってきたことを恋人に報告して結婚いたしました。正直死ねば良いのにと思います」
「恋人ってペンダントに入ってたあの男かぁー!」
「そうです!あのいつも持っているペンダントの中に入っている写真の人物です!あんなイケメンで年下で将来が約束されている人をどうやって見つけたんですか!」
「この隊の奴らじゃ駄目だったんですかぁー!」
「俺だってッ!楠さんのことが好きだったのにぃぃ!」
継波副隊長が泣き出してしまったことでマイクが床に転げ落ち、コロコロと転がって楠の足下までやってきた。
部隊の男たちは楠の結婚を祝うどころが結婚のショックで泣き叫んでいる。立場的に一番距離が近かった継波副隊長は拳を握りしめて床を叩いている。病後膜の魔道具を発動しなかったら床が抜けるくらいに強く叩いている。
「一目惚れなのです。この人以上の人にはこの先会えないと思ったからその場で告白したのです。お付き合いの期間は五年です」
うわーと崩れ落ちる男どもを横目で眺める女性たちの目には軽蔑の色が映っている。部隊内恋愛は今のところないけど親しい間柄というのは数年も経てば出来上がるもので、隣にいる男の手の甲を思いっきり引っ張り上げる女性や肘で脇の下を突付いている女性もいる。
男性も泣き叫んでいる人ばかりじゃなくてきちんと祝福している人もいるけど、人数は一人だけでまあ随分と少ない。代わりに女性たちが祝福の言葉を投げかけてくれているので、楠の表情は満足げだ。
「運命の人と出会うなんて素敵ですね」
「水瀬隊長についで恋愛しなさそうな人だったのに、一番に結婚しちゃうなんて世界って不思議よね」
「あ、これからお仕事ってどうされるんですか」
「これから話すのです」
握っていたマイクを再度握り直すとアーアーと声を当てて音量を確認する。
「近い将来に軍人を辞めることなるのですが、今すぐ辞めるわけではないのです。少なくとも一年はこの仕事を続けるつもりなのです」
言い終わった楠はマイクを私に渡すと喉が渇いたのか近くにあった酒を飲む。それは私のだが口を付けてないので見逃すことにする。それと酒じゃなくて水を飲めよと言いそうになるが、祝いの席なので我慢する。
「それと二つ目は紫からお願いするのです」
「さて、並行していた二つの会のうち一つ目は副隊長の結婚祝いだったな」
このまま発表するのは身長が足りずにテーブルで隠れてしまうから、椅子の上に立って目線を他の退院たちと同じ位置にしてから話す。部隊を率いているときだったら魔道具で小山を作ったり側にある踏み台なんかに乗って号令していた。
「もう一つの会は私に関わることだ。心して聞いていろよ」
階層関係を分からせるには服装やバッチ以外にも、物理的な上下を作れば効果的らしい。母から教えてもらったことはなかなか役に立っている。これが終わったら家に変える予定だから、途中でお礼の品でも買っていこうかな、追加で。
「私は軍人を退役する」
「「「えっ!」」」
「やっぱりなのですか」
楠を除いた部下たちは全員固まって動けなくなっていた。それほど衝撃的なことだったのか、私自身ではあまり実感がない。
それと副隊長の楠は私の酒とおつまみに手を出していて、どこかこの言葉を予想していたようだった。誰にも退役のことは話していなかったけど、楠だけは同級生で身体のことを言ったことがあるから覚えていたのかもしれない。
「退役理由についてだが、私の身体は細胞の分裂が限界らしく身体機能の低下が近い内に見られるそうだ。ありたいていに言ってしまえば寿命が来たから退役すると言ったところだ」
「寿命は何年後なのですか?」
「五年以内。それまで徐々に身体が衰えていく。突然パタリではないが寿命の一年ほど前から急速に老化していくらしく、早ければ明日には老化が起こるそうだ」
「そうゆうわけなので結婚退職は先送りになったのです」
「一種の病気のようなものだと思ってもらっても構わない。穴埋めや業務委任については休み明けに全体公開されるが、自身で確認を取る分には構わないそうだ。今まで私について来てくれてありがとう。お前たち感謝を!!」
テーブルの乾いたグラスを手に取り米老酒を注ぐ。高く掲げたら一気に飲み干して部下たちを元気づける。戸惑っている部下もいるし悲しんでいる部下もいる。狼狽えている部下も困惑している部下も、私のことを案じてくれている。
私の退役に涙を流しているものの多さが、私の軍人としての仕事が正しかったことを証明しているようで嬉しくなる。私はこの仕事をしっかり務められたんだ。部下たちに慕われるくらいきっかりと出来たんだ。
誰かに従い戦う生き方ではなく、自ら選んで戦う生き方をしたことを、私は誇りに思う。




