記録11:名付け
「雪っていうのはどう?」
「良いと思うよ」
「そうね」
ということで星の名前は雪になった。由来としては雪のように白い髪だ。私の場合は瞳の紫になったから見た目の色で付けさせてもらった。
「銀白色の雪みたいな色だと思ってね。紫は私の瞳の色だから雪は雪の色をした髪を名前にしたいとね」
「紫と同じで瞳の色の名前も良いかと思ったんだがな」
「雪にする!」
「ははっ、そうしようか」
ペタンペタンと可愛らしい音をテーブルを叩いて出している。抗議しているように見えるが柔かい音で不満が全然伝わらない。こうしていると年相応の人間だが、実際には星の意識の一部?が切り離されたものだ。本当にそうなのか確認する術はないにしても、雪が星と繋がっているのは事実だ。
「配達まだかな」
「雨で道が混んでいるからもう少し掛かるってさ」
「この家って防音性が高いから景色を見ないと雨ってこと忘れちゃうよ」
リビングの大窓は二枚のカーテンが掛けられていて薄手のカーテンでも雨の様子は見れなくなってしまう。だけど雨ならさっき堪能したばかりで、雨は好きだがずっと見ていたいわけではない。時々雨の日があるから特別感があってゆっくりの雨の音に沈むことが出来る。
「じゃあ紫の昔話でもしましょうか」
「ちょっとやめてよ。恥ずかしいじゃん」
「新しい家族に家族のことを知ってもらうためだぞ。我慢して恥ずかしがりなさい」
「はぁ」
私の過去話はどこからするつもりなんだろう。研究所での話は健康診断の時にそこそこしたけど、実体験したわけではないから話すのかどうなんだろうか。母たちが私と過ごしたのは海外遠征に出かけていた森で保護されてからで、しばらくは父親とも紫とも会わずに御空学園の中で過ごしていた。
三年くらいが経過して私の身体の調査も殆ど完了して精神状態や一般教養も身についたから、この家に養子として迎え入れられた。今思えば調査は完了しても私にとって一番重要だった寿命の問題が発覚しただけで解決してないし、一般教養も研究職や退役軍人ばかりで一般と呼ぶには向かない人間だったから任意学校で浮いてしまった。
だけど健康診断の緩衝期間は必要だったし、外の世界の価値観を受け入れるための下準備は整えられた。全くの無意味というわけではないけど感謝もしづらい微妙なラインだ。
「やっぱり最初からかしらね。始めて紫と出会ったときのことは今でも目に浮かぶわ」
「私も覚えているけど、母から語られるのはもしかして初めてかな。多分」
「少しならしたんじゃないかしら。全くっていうことはないでしょう」
「早く聞きたい」
雪も聞きたがっているみたいだから早いこと話してもらおう。そのほうが恥ずかしい過去を早く終わらせられるしダメージも少なく済む。学び舎に通っていた頃は過去というものが現在の延長線上で隠したいものとかはあまりなかった。けど大人になればその頃は平気だったのに思い出したくない隠したい過去というものが出来上がってきて聞かされると辛くなってくる。
部隊でも楠が私の昔話を隊員たちとしていてずっと身長が変わらないことを気にして一日おきに身長を確認していた時期があったとかを話していた。その時はたまたま通りかかったから気付けたけど別のところでも隊員たちに聞かれたら話しているらしい。
楠自身の恥ずかしい過去をバラしてやろうかと思ったが、過去に頓着しないし他人なら羞恥する内容でも当然と考える性格だったことを思い出した。吸血鬼好きは鳴りを潜めたが話題に上がると再燃して誰よりも熱く長時間語り続ける。それを一切後悔していないのも凄いところだ。
「紫とあったのは南部地域の森でね。私は海外と国内の魔素の発生や汚染に違いがあるのかを調査するために研究所の半分を連れて現地調査に行っていたのよ」
「絶対に止められるから僕にだけ話さずに手続きを完了させてたよね。あの手際の良さを他のところでも発揮してほしいものだよ」
「現地の空港に到着したくらいで形態に凪さんからのメールが来てね、事前に用意していた文章を即刻送って口出しできないようにしたのよ」
「代わりの罰は用意しているからと送り返したよ。識さんがいない間研究室はてんやわんやで大変だったんだから…」
「大したことは起きてなかったでしょう?それに戻ってからも特に問題は起きてなかったわよね」
「紫の話っていうことで識さんのお父様がやって来たんだよ。僕だけじゃ話せないのに凪さんが返ってくる日付も知らなくて焦ったよ。家族仲間で心配されちゃって」
「そう言えば紫を保護してからすぐに会えたわね。いつもなら公の面会はひどく手間がかかっていたのに」
「そうだね」
私が保護されたのは南部地域の西側にあるモンフィ大森林だ。そこは内陸に位置する世界有数の森林地域で様々な国にまたがって存在している。母が外国の調査に行った国と私を生み出した研究所が所属している国もこの森林の中にある川で国境を作っていて、南部地域の西側は森林と大河によって分けられた国が幾つもあり歴史を紡いできた。
研究所はモンフィ大森林の中の国境からそれなりに離れた場所にあった。私が大森林で暮らしていたのが二年ほどで、その間にいつの間にか国境を超えて母が調査に来た国の大森林にいた。
「母が見つけてくれなかったら私は今でもあの大森林にいたかもね」
「あそこは魔獣の発生率が高いから食料には困らないでしょうね。それでもきちんと身体検査をして適切な処置を受けている今の寿命には勝てないでしょうけど」
「寿命の話はやめて」
「・・・すまなかったわね」
私は自分の寿命が残り少ないことを聞くとひどく苛立つ。それは私が生物として欠陥品だと指を刺されているように感じるからだ。
生物の目的は種の繁栄だ。自身と同じか似た生物を作り出して命をつないでいく。私にはそれが出来ない。
生殖器官が不完全で性行為をしたとしても穴に液体を流し込むだけで反応があるわけでもなく掻き出せばそれで済んでしまう程度の軽いことだ。寿命が短いのも生物として身体機能がおかしなままだから肉体の均衡を保てずに老化して死に絶えてしまう。
魔法の細胞が生きるために必要なのも普通の人間とは違う。研究所の研究はクローンによって量産可能な兵士を作り出すことであり、長らく受精卵の成長が困難なことで進展のなかった研究を安定性の高いと予測される細胞を受精卵にして培養した。それが私の母であり私と同一の遺伝子を持つ研究所に囚われて冷凍保存された研究サンプルの一つだ。
上への成果説明も兼ねて成功例がなんとしても欲しかった研究所の職員は、数多のクローンの中で一つだけ現れた私という化け物を兵士の目標として定めた。その後順調に私の弟妹たちが生まれ私と同世代の弟妹は成績不振という理由で処分された。
私だけが成功例を元に安定性を高めた培養方法で成長させた変異遺伝子のクローンよりも強かった。私だけが研究所の推測を超えた存在で研究者たちには魅力的に映った。私だけが最後まで生き残り後に生まれた弟妹たちを使い潰して研究を止めた。
星は、いや雪は、このことをどう思っているのだろうか。軽蔑するのだろうか。恐怖するのだろうか。それとも当然として気にもとめないのだろうか。
生物の死をどう思っているのか聞くのが怖い。言葉にすることで決定的に分かたれてしまいようで心の底から冷たい抵抗が湧き出てくる。この場で聞いてしまうのは怖い。
だから、もう少しあとになって、聞いてみたい。
異質な紫は、異質な雪を、仲間を求めていた。




