記録1:10年後の私へ
日が落ちきり外の景色は街灯だけが照らす暗闇となった店の中。貸切の立看板が置かれて店には数十人ほどの人たちが慰労会という名の宴会が開始されるのをじっと待っている。
「すみません遅れました!」
最後の一人が扉を開けて中に入ると待ちくたびれた人たちが一斉にその人の方を向いて遅れたことに呆れ声を出す。少しばかりの遅れで外せない事情があったとは言え、厨房から漂ってくる豪勢な料理の香りを空腹の音を鳴らしながら耐えるというのは、たとえ鋼の精神を持つ軍人だろうと無理がある。
この隊員は仲間から料理を何品か奪われることになるだろうが、遅れたやつが悪い!ということで喧嘩にならない限りは放置しておく。
ともあれ部隊の全員が揃ったのだ、慰労会の開始の挨拶をしなければならない。店員に合図を送り全員分の冷えたグラスと取り寄せて保管させておいた米老酒を持ってこさせる。全てのグラスに酒が注ぎ終わったなら、立ち上がって隊長の私が開始の音頭を取る。
「それでは作戦の成功を祝って、カンパ〜イ!!」
私が高らかに声と酒の注がれたグラスを上げると、他の隊員たちもカンパイと声とグラスを大きく上げる。宴会の始まりは勢いよく盛大に始まるものと古来から決まっている。
辛い任務から解き放たれて、しばらくの休暇をもらう初夜のこと。まだ作戦の疲れが身体のあちこちに残っているが、それも酒を楽しむスパイスとなり疲れた身体に染み渡る酒の美味さときたら、言葉では表せないほどの極上だ。
その上グラスの注がれた酒はかの有名な真珠酒だ。米老酒の中からナンバーワンを決める大会で、今年の最高金賞を受賞した名誉ある酒だ。今日のために身銭を切ってまで取り寄せた特別な高級酒だから、私の懐には遅めの雪が降ることになったが後悔はしていない。
作戦の慰労会だけならこの部隊でこれからも機会があるが、今日はそれだけでは済まないほど祝うべきことが沢山あるのだ。
「おまちどぉ」
「待ってました!」
厨房から運ばれてくる料理はどれも豪華で、お調子者の隊員が真っ先に声を上げるのは当然だった。他の隊員たちも料理を前に舌鼓を打って待ちきれないと言った雰囲気だ。こちらも全員分の料理が置かれると我先にと食べ始める。
「うめぇ」
「やっぱり慰労会って大切だよなぁ」
「他の部隊ではやらないらしいぜ」
「うめぇな」
「うめぇよ」
食事はみんなで食べたほうが美味しい。そんな思いで私の部隊では大きな作戦が終わった日の次の夜には、こうして慰労会を開いて隊員たちをねぎらっている。作戦後で疲れた人もいるから強制参加ではないのだが、めったに食べられない豪勢な料理を食べられた高級な酒を飲めると聞いたら参加しない人のほうが珍しい。
他の部隊でやらないのは単に宴会に使えるほどの予算がないからだ。経費で落としているわけじゃなくて、会費の半分を私の財布から出して残りの半分を山分けで隊員たちから徴収している。場所取りと予約は私が電話で確認して、一度会費を全て払ってから慰労会後に一人ひとりに回収している。
予約した場所は市街地にある店じゃなくて、軍事都市の中にある店だ。外で宴会なんて開いたらいくら私でも懲罰ものの大失態だ。高級店以外にもファストフード店が揃っていて、いつもならその中間あたりの店を予約するのだが、今日は特別に高級店だ。
「ふくたいちょ〜、全然酔ってないじゃないでか〜、ヒック!もっと飲んだらどうですぁ」
「あいにくと酔いづらい体質なのです。お酒は嗜む程度が好みなのですからうざ絡み早めてください」
「そんなことないれすよ。俺はまだまだ飲みマフ〜〜ッ」
「楠は寝たそいつを運んでこい」
「分かったのです」
「飲み過ぎないよう高い酒を買ったのにな」
御空学園の同じ魔法科で学んだ仲間たちは、自身のスキルを上げるために隊員として部隊に就いている。その中でも私や楠、明来に星野といった学園時代でも優秀だった面々は、隊長に任命されて部隊を仕切っている。
私の隊に同級生は楠以外に誰もいなくて、全員年下の人ばかりだ。一方で明来が隊長をやっている隊には年上が多いと聞いたし、副隊長の星野と柊がいる隊は年齢関係なく魔法の相性が良いもの同士で組分けされているらしい。
「水瀬隊長も殆ど酔ってないですね。楠副隊長と同じでお酒に強いんですか?」
「私の場合はアルコールを吸収しないから酔ってないだけだよ。まぁ血管に直接アルコールを注入されたら酩酊するけど」
「んん〜、あるこーるって吸収されるものじゃなかったでしたっけ?」
「普通はね。私の場合は違うってだけだよ」
今年入ってきたばかりの新入隊員は私の体質や性格について知らないことも多い。魔法の性質や過去の実績などの履歴書に載っているようなことは、部隊に振り分けられた時に渡されるから知っている。だけど細やかなところまでは載せられないから自分で調べるしかない。
「おいおい新人くんよぉ。隊長を狙ってるんだったらやめといたほうが良いぜ」
「なんてったって隊長は学びや事態から数多くの男に告白されてもその全てを蹴飛ばしてきた強者なんだ」
「新入りのお前が敵う相手じゃないってことだ」
「それに女の子だったら私みたいな人がいるでしょ」
「ちなみに女の子からも告白されたことがあるのよ。ちっちゃくて可愛い姿だけど、イケメンでかっこいい一面もあるからね」
「魔法兵は魔術兵に比べて男女の割合が半々だから結婚率も高いね!」
「それでよく妬まれますねぇ」
「隊長に身長の話は禁句だぞ」
酔いもまわって食べ物もあらかた食べ終わり、隊員たちは会話に花を咲かせ始めた。今回の作戦の反省は終了後すぐにやったから、今話すのはとりとめのない不平不満の愚痴と日常の面白話だ。
「紫、お願いするのです」
確か入隊してから二,三年の新人を置きに行った楠が戻ってきた。途中で目が覚めてしまったらしく内容物を吐き出してから帰ってきたそうだ。今日はいつもの慰労会とは違って特別なものと重ねて開催したから、同じ部隊の隊員なのに見られないのは残念に思っていたからありがたい限りだ。
前日譚第二部スタートです。
エピソードごとの文字数を少なくしようと思ったり...
その分投稿回数は増えるかな




