第9話 浄化の光と新たな誓い
レイモンドの体を包む金色の光は、次第に強さを増していった。彼の悲痛な叫び声が広間に響き渡る中、私はカイルの腕に支えられながら、その様子を見守っていた。
「これは…浄化なのか、それとも破壊なのか」カイルが低い声で呟く。
「純粋な治癒の意思を持たなければ黄金霊薬は本来の力を発揮しない」私は震える声で説明した。「彼の体に宿る『王の腐敗』と同時に、彼の心の闇も浄化されているの」
レイモンドの周りを取り巻く側近たちは、恐怖と畏怖の念から身動きもできずにいた。マーカスだけが冷静に状況を見極めている。
「カイル王子」マーカスが近づいてきた。「このまま見守るべきでしょうか、それとも…」
カイルは深く息を吸い、決断を下した。「レオン薬師、他の薬師たちを安全な場所へ避難させてください。マーカス、王宮の防衛を固めよ。私たちはこの場に残る」
命令は素早く実行され、広間には私たちとレイモンド、そして数人の側近だけが残った。
レイモンドの叫び声がやがて弱まり、代わりに呻き声になった。彼の体を包む光も、徐々に穏やかになっていく。
「ミーナ、これはどういう意味だ?」カイルが尋ねる。
「浄化の過程は終わりに近づいているわ」私は彼の手を握り締めた。「あとは彼の心次第…」
やがて光が完全に消え、レイモンドの体が床に横たわっている。彼の顔色は青白かったが、前よりも健康的に見える。まるで若返ったかのように。
恐る恐る近づくと、レイモンドはゆっくりと目を開いた。
「何が…起きたのだ…」彼の声は弱々しいが、以前の苦痛に満ちた声ではなかった。
「あなたの病、『王の腐敗』は治癒されました」私は静かに告げた。「そして同時に、あなたの心も」
レイモンドは混乱した表情で自分の手を見つめる。かつての腐敗の痕跡は消え、健康な肌に戻っていた。
「信じられん…百年以上苦しんできた病が…」
「百年以上?」カイルが驚いて尋ねる。「叔父上、いったいどういうことですか?」
レイモンドは深いため息をついた。彼の目には、これまで見たことのない清明さがあった。
「私の秘密を話そう…私もまた前世の記憶を持つ者だ。百年前、『王の腐敗』を患い、エリーナ・アールに治療を求めたが、拒絶された。その怨念が今世まで続き、再び同じ病に苦しむことになった」
彼の告白に、私は息を呑んだ。
《記憶の中のレイモンド公。彼は確かに私に治療を求めてきた。だが断ったのは、彼が求めた薬が単なる治療薬ではなく、不死の薬だったから。そんな禁忌の薬を作ることはできなかった…》
「そうだったのか」私は静かに言った。「前世のエリーナ・アールが拒んだのは、あなたが求めたのが治療ではなく、不死の薬だったから。命の道を歪める薬は、調合師の倫理に反するもの」
レイモンドは弱々しく笑った。「そうだ…馬鹿な野望だった。だが今、この浄化の光の中で、私は理解した。命には限りがあり、それを受け入れることが真の治癒なのだと」
カイルが一歩前に出た。「叔父上、父と兄の死について…」
「すべて私の仕業だ」レイモンドは苦悩の表情を浮かべた。「病の進行と共に狂気に取り憑かれ、自分の命を長らえるためなら何でもするという執念に囚われていた。許されることではない」
彼はゆっくりと立ち上がり、カイルの前に膝をついた。
「カイル、私は許されるべきではない。だが、この国をお前に返す。正当なる王位継承者として、バルトス王国を導いてくれ」
広間に静寂が流れる。カイルの表情は複雑だったが、やがて厳かな声で言った。
「叔父上、あなたの罪は重い。しかし、浄化の光を受け入れ、真実を語ったことは評価しよう。王国の法に従い、相応の裁きを受けてもらう」
レイモンドは深々と頭を下げた。「当然だ…そして」彼は私を見上げた。「ミーナ・アルケミア、いや、エリーナ・アール。前世では拒絶した私を、今世では救ってくれた。感謝する」
彼の言葉に、胸がきゅっと締め付けられた。前世では敵同士だった私たち。今世では別の形で因縁が解かれるとは。
***
数時間後、王宮は大きく様変わりしていた。レイモンドの告白と退位の知らせが広まり、カイルの帰還を祝う民衆が王宮前に集まっていた。
「陛下、臨時の戴冠式の準備が整いました」マーカスが報告する。
カイルは窓から民衆を見下ろし、深いため息をついた。「この瞬間が来るとは思っていなかった。少なくとも、こんなに早くは」
私は彼の横に立ち、静かに手を取った。「あなたは素晴らしい王になる。民はあなたを愛しているわ」
「ありがとう、ミーナ」彼は私の手を握り返した。「君がいなければ、ここまで来られなかった」
臨時の戴冠式は簡素ながらも厳かに執り行われた。国の重鎮たちが集まる中、カイルはバルトス王国の新王として冠を授かった。
「我、カイル・バルトレイは、バルトス王国と民のため、公正と慈悲をもって統治することを誓う」
彼の宣誓に、広間から歓声が上がる。苦難の末に、正統なる王が戻ってきたのだ。
式典の後、カイルは私を王宮の秘密の庭園へと導いた。月明かりに照らされた花々が、優しく揺れている。
「ここは母が愛した場所だ」カイルは懐かしむように言った。「彼女は薬草にも詳しく、この庭には希少な薬草も育てられている」
「素晴らしい場所ね」私は感嘆の声を上げた。花々の間を歩きながら、知らない薬草の香りを楽しむ。
「ミーナ」カイルが立ち止まり、私の両手を取った。彼の表情は真剣だ。「これから私は王としての重責を担う。困難も多いだろう。それでも、君が側にいてくれるなら、乗り越えられる自信がある」
彼の青い瞳に映る月の光が、前世の記憶を呼び覚ます。
《暗い夜、戦場のテントで交わした約束。「この戦が終わったら、身分なんて関係なく、君を迎えに行く」カイルの決意に満ちた瞳。しかし、その約束は果たされることなく、私たちは別々に命を落とした…》
「前世では果たせなかった約束」私は静かに言った。「今度こそ、二人で未来を作りましょう」
カイルはポケットから小さな箱を取り出した。開くと、中には美しい青い宝石の指輪。ラピスラズリの周りに小さなダイヤモンドが輝いている。
「これは代々バルトス王家に伝わる婚約指輪だ。かつての王妃たちが身につけてきた」彼は緊張した様子で言った。「ミーナ・アルケミア、正式に問おう。私の妻となり、バルトス王国の王妃となってくれないか」
言葉が喉につまる。これは夢だろうか。前世では叶わなかった想いが、今世では形になろうとしている。運命の赤い糸がつないだ私たちの物語。
「ええ、喜んで」涙を浮かべながら答えると、カイルは静かに指輪を私の指にはめた。
「前世では君に届けられなかった愛も、今度こそ届けよう」
彼の言葉に、私たちの小指の間に再び赤い光が浮かび上がった。より強く、より美しく輝く運命の証。
その夜、私たちは星空の下で永遠の愛を誓い合った。前世の因縁を乗り越え、新たな絆で結ばれた二人。薬師と騎士、そして今は王と王妃となる二人の物語は、新たな一歩を踏み出したのだった。




