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第2話 運命の薬と既視感

騎士はしばらく私を見つめていたが、やがて微笑んで頷いた。


「ありがとうございます。しかし、そんな貴重な薬草をわざわざ……」


「大丈夫よ。私、薬草集めが趣味なの」


シャーロットが心配そうに私の袖を引っ張ったが、私は気にせず薬草屋の店主に必要な材料を尋ねた。幸いにも、どちらも市場で手に入った。


私たちは市場の片隅、小さな休憩所で調合作業を始めることになった。手元で薬草を刻みながら、時折チラリと彼を見る。騎士団の副団長というこの人は、誰だろう?どこかで会ったことがある気がするのに。


「お名前をうかがってもよろしいですか?」副団長は丁寧に尋ねた。


「ミーナ・アルケミアと申します」と答えると、彼の瞳に一瞬、何かが閃いたように見えた。


「アルケミア家の……辺境伯爵様のお嬢様ですか?」


「ええ、次女です。あなたは?」


「ルシエン・ドゥナイト、王国騎士団副団長を務めております」


彼が軽く会釈すると、その動作に一瞬、頭痛が走った。まるで別の光景が重なったかのように、鎧を着た彼がもっと若く、もっと——


「薬の調合、とても手慣れていますね」


ルシエンの言葉で意識が現実に戻る。確かに私の手は迷いなく動き、何度も作ったように薬草を混ぜている。でも、私は本当にこれを作ったことがあるのだろうか?


「不思議なの。私自身も覚えていないのに、体が覚えているみたい」


言いながら、最後にモンテリアの根の粉末を振りかけて混ぜ合わせる。すると、調合物から穏やかな香りが立ち上った。その瞬間——


《騎士団長、これを届けなければ!彼の傷が…!》


鮮烈な記憶の断片が私の中で叫んだ。目の前が一瞬暗くなり、膝から力が抜けそうになった。


「大丈夫ですか?」


ルシエンが素早く私の腕を支える。その温かい手の感触に、また別の記憶が蘇りかけた。でも、それは私の記憶ではないはず。


「ごめんなさい、少し目眩が……」


「薬の香りが強いですからね」ルシエンは優しく微笑んだが、彼の瞳にも混乱の色が見える。「僕も変な感じがします。あなたに会ったことがあるような……」


私たちの視線が交わった瞬間、強い既視感が全身を包んだ。まるで長い時を経て再会した大切な人を見るような、そんな不思議な感覚。


「はい、できました」


緊張を紛らわすように、調合した薬を小さな布に包んでルシエンに渡した。彼が受け取る時、私たちの指が触れ、電気が走ったような感覚に二人とも息を呑んだ。


「ありがとうございます。お礼に何か……」


「いいえ、お礼なんて。困っている人を助けるのは当然です」


言いながら、この言葉もどこかで言ったような、聞いたような不思議な既視感があった。


「もしよろしければ……」ルシエンは少し躊躇しながら言った。「来週、王都で王立薬術祭が開かれます。あなたほどの腕前なら、きっと高い評価を得られるでしょう」


「王立薬術祭……?」


「ええ、百年以上続く伝統ある薬術の祭典です。王家の祖先が疫病から救われた感謝を込めて始まったものと言われています」ルシエンは熱を込めて説明した。「王国中から才能ある調合師が集まり、薬の効能や新たな調合法を競い合います。優勝者には『王の調合師』の称号と、王宮付き薬剤師としての地位が与えられるのです」


「王の調合師……」その言葉を口にした瞬間、胸が熱くなった。まるで前世の私がその称号を求めていたかのような感覚。


「三日間かけて行われる祭典で、一日目は展示と審査、二日目は実演、最終日に王の前での調合対決があります。王国の医療発展に寄与する重要な行事なんです」


シャーロットが再び私の袖を引っ張った。「お嬢様、そろそろお戻りの時間が……」


確かに日も傾き始めている。それに、辺境伯爵家の娘が勝手に大会に参加するなど許されるはずもなく。


「ごめんなさい、私には無理です。それに、もうすぐ婚約も控えていて……」


その言葉に、ルシエンの表情が微妙に変わった。「婚約、ですか……」


「はい。フォーレス大公家と」


「フォーレス……」ルシエンの声が低く沈んだ。「エドガー・フォーレスと?」


「ええ、ご存知ですか?」


彼の表情が一瞬だけ闇に覆われたように見えた。「少し、な」


彼の反応に違和感を覚えたが、突然シャーロットがさらに強く私の袖を引っ張った。「お嬢様、本当に遅くなります!」


「そうね、失礼します。ルシエン副団長、お薬をお忘れなく」


立ち去ろうとした私の手首を、彼が軽く掴んだ。「アルケミア令嬢、どうか薬草大会のことを考え直してください。あなたの才能は、閉じ込めておくにはもったいない」


彼の言葉と真剣な眼差しに、胸が熱くなった。そして不思議と、私の中に反抗の炎が灯った。本当に政略結婚に従うべきなのか。私には他に道はないのか。


「考えておきます」


それだけ言って背を向けたが、歩き出しながらも彼の視線を背中に感じていた。心の中では誰かの声が囁いていた。


《もう一度会いたい》


シャーロットに連れられて屋敷への帰路についたが、私の心と思考は、あの青い瞳の騎士に残されたままだった。


帰り道、ルシエンから受け取った薬の小包を握りしめながら、私は決意を固めていた。


夢でも現実でも、あの人との縁は切れない。運命の糸が私たちを引き寄せている——そう確信できた。


そして、あの夢の続きを知るためにも、エドガー・フォーレスとの関係を明らかにするためにも、私は王都へ行かなければならない。


「シャーロット」


振り返った私の目には、これまでにない決意の光が宿っていた。シャーロットはその表情に驚いたように瞳を見開いた。


その夜、辺境伯爵家の次女は、人生で初めて家の意向に背く決断をした。王立薬術祭への密かな参加——それは前世の記憶と、運命の相手への第一歩となるのだった。

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