砂漠の夢
目が覚めると、やはりこの部屋にいた。床は正方形に広がり、天井はそのまま上に伸びている。机や寝床、タンスもない。目にとまるものは何もない。自分以外には誰もいない。白い壁、白い床。殺風景。しかしながら、部屋の中央部分の床に開き戸があり、その下に貯蔵庫のような空間があった。そこに食べ物や飲み水だけはいっぱいに詰まっていた。この部屋に来てからもう少なくとも6日以上は経っていた。それ以前のことは何も思い出せない。気が付くとここにいたのだ。なぜこんなところにいるのか全然わからない。ここにきてから今までの間、貯蔵庫の食料や水をおそるおそる頂戴して過ごした。今またその開き戸を開け、中にある水を一口飲む。貯蔵庫の中には、空いているスペースがところどころある。かつてそこには食料や水があった。食料と水は確実に減ってきていた。
部屋の一方の壁に扉があり、そこを開けると部屋から出られる。ここにきた一日目の事ーー。その扉を開けて絶句した。砂漠が広がっていた。とにかく一面砂漠だ。ずっと遠くは小高い砂丘があることで遮られ、この地点からそれ以上先を見ることはできない。太陽が空にあって、とても暑かった。自分が出てきた部屋を振り返りその外観を見てみると白く長い直方体が砂の上に刺さっているかのようだった。強い日差しを受けてその表面は白く光っていた。視線を遠くに移し四方の彼方を見渡す。砂丘の先に何かあるのか何も無いのかわからないが、今見える景色は絶望的に殺風景、砂漠とこの部屋しかない。ここは砂漠だとして、この部屋は何なんだ?。どこなんだ?。かえってこの部屋と自分こそが不気味な存在であり、この砂漠にとっての異物なのではないかと感じる。この直方体の周りに何か埋まっていたりしないかと、あちこち手で掘ってみたりしたが、掘れど掘れど砂しか見えなかった。疲れたしいったん諦めて部屋の中に戻ってみると、外の暑さが嘘のように涼しかった。室温は快適で外の気温と切り離されているように感じた。不気味、不思議な部屋。改めてそう思うと、ひょっとして出ていく前と後で何か中で変化があってもおかしくないのではないか?と怪しく思えてくる。不安でありながらも期待した。とにかく何かの手がかりが欲しい。部屋中を警戒しながら確認したが、なにも変化は見つからない。拍子抜けでがっかりするほど、なんの変哲もない殺風景な部屋のまま。その後、何度か外とを行き来しているうちに太陽が移動していることに気づいた。これで東西南北がだいたいわかる、なんの役に立つかわからないがー。それと、しばらくしたら太陽が沈み、夜がくるだろうと思った。
それからしばらくすると太陽が低くなり砂丘の向こう側へ沈み始めた。それまで強い日差しが一切手を緩めず長く居座っていたが、いつのまにか失われたように弱まっていた。遠い熱源の方を向くと、一層精気を失っていく静かな砂の世界で暖かさを感じることができた。自分の他に唯一存在する生命のようだった。それを眺めていると力がみなぎってくるような心地よさがあったが、それを十分味わう時間はなさそうだった。その暖色は砂丘の彼方へまるで加速したように素早く埋もれていき、外界は自分もろとも黒く一転していく。これまでの暑さが嘘のように熱の足りない世界へと急激に変化していった。部屋にいる分には寒さをしのげるようだった、それは問題ない。それよりも、部屋の中やその外よりそう遠くないところでさえその様子は一切が暗く閉ざされ、見ることができなくなっていた。砂山の高低、形や輪郭、距離感であるとか殺風景なりにそんなものがあったはずだが、そんなことでさえ目ではもう確認できない。
この砂漠の夜とはどんなものだろう?ー。そういえば肉食動物や毒をもった虫、蛇、もしくは高知能の生命体はいるのだろうか?。考えても見なかった。それらがどこかで息を潜めていたとしてもどんな目的で接近してこようとも、すんでのところまでその存在をはっきりと把握できないだろう。自分が今どんな状況にさらされているのかわからないのだ。夜になってみると、いろいろな可能性が頭をよぎる。昼の内に火を焚こうと、どうすればいいかわからないなりに色々試してみたが、うまくいかなかった。けれどそもそもこの状況で火を焚くことは正しかったのだろうか。こちらの居場所を探らせるようなものではないか。いや、その前にこの白く長い部屋の存在、自分の存在をすでに何者かに知られていたら?鋭い嗅覚や温度感知に優れた生き物、砂漠の夜の中で生きるものはこの暗闇を問題なく移動し自分を発見できるかもしれない。もしそうなら火を焚いていないことは暗がりで自分だけを動けなくしただけになってしまう。いっその事こちらの存在を知らせて助けを呼ぶ意味でも火があればよかったろうか?。どちらがよかったろうか?。昼の内ならまだ火を起こせたかもしれないが、今となってはもう難しいだろうと思った。
この砂漠にある全てのもの、存在は黒々とした影をその全体にびっしりとまとい、もうはがれることはない。暗闇の中でそれぞれの区切りや境界もぼやけている。すべてのものの存在があいまいになっていくように感じた。自分を取り囲んでいるだろう無機質な物体たちは、どれも不気味なほど静寂なままだった。どうしてか、無機物であったはずのものがそのうち動き出すのではないかという妄想、不安が生まれていた。その砂漠にあるもの全てがまるで暗闇の世界で生きる、自分とは異なる恐ろしい生物、化け物のようにも思えてくる。どこかから気味の悪い視線を感じるような、とても恐ろしい気分だ。その目線たちは一斉に自分の方へ向いているのではないかと思う。安心したり隙を見せた瞬間、動き出してこちらにせまってきたり、苦しめようとしてくるのでないかという、恐ろしい妄想、不安を拭えなくなっていた。
いや、きっと悪い想像にすぎない、想像が入り込まないほど強く絶え間なく頭の中で念じる。たとえ本当に静寂の中に夜の化け物が潜んでいたとしても、断固としてその存在を認めない、見ない認識しないというほど強く念じた。心臓は止まらず動いている。呼吸をいつまでも止めることはできない。口と鼻から空気が出入りし、肺は膨らんだり縮むことを繰り返す。それに呼応してわずかに体が動く。体は熱をもつ。そんなことをしているのはこの空間で自分だけだった。自分は静寂の一部となることもできず、かといって暗闇の中で動く術も無かった。夜の間だけでも、この無機質なものたちとまったく同じ性質を帯びて過ごしたかった。自意識というものが自分の存在感をむき出しにして、その中で増していくようだった。その感覚がなんとか止んでほしかった。自分の存在を強く認識するほどに、外界が恐ろしく感じてしかたない。こんな状況から逃げ出したかった。
時折外から音がして、不安定に鳴り響いていた。おそらくそれは遠方から吹く風だろう。その音を聞きながら砂漠の形を頭の中で思い出していた。その音は一度ならず聞こえ、不安や心配を呼び起こすときもあれば、逆に多少の安心感を覚えるときもあった。外へ通ずる唯一の扉にどこかしら体が触れる体勢にして何かが侵入してこないか警戒しながら、頭を近づけ外界へ耳をそばだててその様子を知ろうとした。なるべく音を立てず静かに暗闇の中を過ごした。
部屋の周囲ではおそらく何も起こらず二日目の朝が来た。徐々に部屋の中の暗闇が弱まっていき、心地よい薄暗さになっていた。そうなるまでに自分の中に眠気が蓄えられていた。あの夜眠ることができたのかわからない。恐怖のせいで一度も眠れていなかったのか。それとも少しは眠りについていたものの、あまりに長くじっとしていたから、起きているのか眠っているのか何が夢でどこまでが現実のことだったか確たることとして認識できないのか。どちらにしろ、少し横になって今度はしっかりと休みたい気分だった。そんな眠気や疲労感に耐えながら扉をゆっくりと少し開け、そこから景色の切れ端を覗くとおそらく昨日と変わりない殺風景な砂漠のままだった。さらに少し扉を開けて頭を出して周囲を見回すと、まさに殺風景なだけの砂漠が広がっていた。特に変化は感じられない。昨日の夜の間に外で何か起こりはしなかったろうか。危険な生命体に見つけられて、すでに危険が迫っている可能性もある。このままではやはり良くないか。動いてみるか。そんな気持ちにもなっていた。
昨日、部屋の中央に埋まっている貯蔵庫を見つけていた。不気味で本当は手をつけたくなかったが、どうしてものどが渇いてしまい、おそるおそる水だけ少し頂いていた。正直なところ夜から腹がすいている。外の砂漠で行動するなら、何か食べておきたい。思い切って食料を口に入れる。空腹が満たされるくらいは食べてみた。眠気をさらに感じたが、とにかく外へ出ることにした。外は体が震えるほど寒かった。しかし出られないほどではない。とにかく扉から出てそこから前方へ歩いていって、その先の砂丘へ登ってみようと思った。まだ薄暗いが行動するには十分明るい。おそらく後方彼方の砂丘の裏側に太陽はもう出ているのではないかと思った。
少し歩いてお目当ての砂丘の斜面にとりつくころには太陽の顔がこちらからでも見え始めていた。後ろを振り向けば同時に部屋の位置も確認できた。そうとう気を抜かないかぎり部屋を見失って帰り道がわからないなんてことにはならないだろう。砂漠はとにかく静かなままだった。風と舞い散る砂、自分の存在しかわからなかった。砂丘の傾斜がきつくなってくると、足もとの砂が崩れやすく下へ流されてなかなか前に進まなかった。一歩一歩踏み固めるようにしてじりじりと登って行った。とりあえず小高いところには到着できた。ここが部屋から見た時の砂丘の一番高いところなんだろうか。見渡してみるとずっと下にあの白い部屋があるくらいで周囲には砂漠だけが広がり、四方には今いる地点よりもさらに高い砂丘が広がるだけだった。部屋から見た景色と同じようなものが続いているだけだった。砂の大地以外には何も見つからなかったし、とにかくこの砂漠の大きさがより印象に残った。息があがりはじめていて体が熱くなっていたが、さらに前方へ進んでみることにした。ここよりさらに高い砂丘が遠い前方を遮るように広がっている。そのあたりにはまだ進める余裕があると思った。前方へ進み、いったん下っていって、その先にあるもうひとつの砂丘を登り始める。太陽は着々と上空高くへ昇っていた。まだまだ高くなりそうだ。怒るようにギラギラと光り、砂の世界を支配し始めていた。
先ほど超えてきた砂丘を登るよりもはるかにつらくなっていった。足がどんどん固く重くなるように感じた。体中が熱かった。水を持ってきていたが、少なすぎた。砂丘をなんとか登りきる前に水は尽きていた。先ほど通ってきた砂丘に隠れて白い部屋は見えなくなっていた。登りきって見渡す景色は砂の世界がただ同じように広がっているだけだった。失望もあったが、それよりとにかく苦しい。太陽は高く昇りきっていてしばらく頭上に君臨し続けるだろう。疲労していて水も無い。なんの手がかりも無いのだからさらに前方のもっと高い砂丘へいきたい気持ちもあったが、無理があると思った。もう限界だ。このまま引き返して部屋に帰ることすら壮絶になるだろうと思った。
なんとか必死で部屋にたどり着いたころには、夕暮れになっていた。戻って来る長い間、ただただ水が恋しかった。水のことで頭がいっぱいだった。着くなり部屋の貯蔵庫を開けて、水を好きほど、腹が膨れるほど飲んだ。それでも貯蔵庫にはまだまだ水も食料も残っていた。力を振り絞りながらなんとか歩って来れた。腹も減ってきたので、遠慮なく食料を食べた。だんだん口の中が腫れて痛くなった。なんとも気分が悪かったし、とにかく休みたかった。帰ってきたが朝と比べても特に怪しい変化は見当たらなかった。ひょっとするとこの部屋については今のところ安心していいのかもしれないと思い始めた。火のつけかたは相変わらずわからない、手を尽くしてしまった。口の痛み、気分の悪さのせいか簡単には眠りにつけなかった。
昨日からある程度は眠れたのだろう。眠りから覚めた実感があった。それと同時くらいに口の痛みや気分の悪さも戻ってきたが、それでも多少は回復しているようだった。三日目の朝がすでに来ていたのだ。少しばかり爽やかな感じがあり、問題に対する深刻な気分が多少和らいでいるのかもしれない。それでも困惑は完全に晴れない。昨日のこと、進む方角を間違えたのか、もっと先に進むべきだったのか。いや、この砂漠はただただ広く、どこへ向かったとしても同じことだったのだろうか。自分はいったいどうすればいいのか、どうするべきなのか?。どうして自分はここにいるのか、ここは何なのか。時の流れを意識すると困惑は重くなり不快だった。
とりあえず今日は逆方向へ行ってみることにした。疲れていたので本当は暑くならないうちに行って帰ってきたかったのだが、部屋から出る頃にはこれから向かおうとする砂丘の方からすでに太陽は出きっていた。体が重かったが歩くのに苦労するほどではない。何とか手前の砂丘まで登った。やはり前方には同じような、でこぼこの砂漠が広がっているだけだった。遠くの砂漠の肌にも自分の足元にも、なにも見当たらなかった。昨日のように行動するのは無理だと思い、つらくならないうちにそれ以上先へ進むことはやめて引き返した。帰り道、薄っすらと考えたりした。どうして自分はここにいるのか。まったくわからない。ここに来る以前のこともわからない。しかし、ここに来る以前、自分はおそらくどこか違う場所にいたのだろう、忘れているだけでそうなんだろうと当然のように感じる。以前の記憶もないのに、白い直方体のことを殺風景な部屋だと感じていたし、のどが渇いたら水を飲む、腹が減れば食料を食べるということをよくわかっていたように思う。自分がいままでずっと着ているこの布きれのことを布だと知っているし、服だとも認識している。思いだせないだけで、なんらか以前の記憶はあるのだ。そう思うと、この砂漠に閉じ込められたような気分だった。部屋に到着した後もあれこれ考えていたが、また明日考えるかという気分になって少し慣れてきたのか夜になると目を閉じて眠る気になっていた。
4日目にはさらに方角を変え、5日目にも異なる方角へ向かい景色を遮っていた手前の砂丘まで登ったのだが、結果は同じようなものだった。そして6日目がやってきたのだった。手がかりはいまだ何もない。どうすればいいのか、わからない。この部屋にいれば安全だし、なんの問題もなく過ごせるだろう、食料と水が尽きないうちはーー。それでも食糧庫の備蓄はそろそろ半分を切りそうである。あと7日くらいはもつだろう。もしこの部屋を出て何かを変えようとするなら、もうここへ帰らないつもりで命を懸けてとにかく砂漠を進むくらいしか考えが及ばない。しかしそれに失敗したら取返しがつかない、死ににいくようなものだ。失敗しそうな気がしてたまらない。砂漠を進んだ先に何かがあるかもしれないだなんてもう思えなくなっていた。とにかく連日歩きすぎた、体が痛い。今日は外へ出ずに休もう。ついでに今後どうするかも考えながら。
また朝が来たものの、はっきりとした決意はそれまでに固まらなかった。けれど、やはり外へ出ようという気持ちが一番大きいものにはなっていた。もう太陽は空へ出きっていたから、すでに砂漠は熱を取り戻している。賭けにでるなら今日はもう遅い、今日ではない。もっと夜明け程の時、行動できるようになるギリギリのところで、準備して出発すべきだ。一時でも長く行動したい。貯蔵庫にある食糧と水を持てるだけ持つ。行動に支障がでるくらい重いと感じれば途中で捨てていけばよい。持っていけない分は出発する間にできるだけ食べたり飲んだりすることにした。次の朝向かうのは扉をあけた前方、二日目に向かった方角。どんなふうだったか、あの時超えた2つの砂丘は。そしてさらにその先も踏み越えないと。明日は太陽が真上へ昇る前に、砂漠が高熱を帯びる前に、かつて到達したところまでは行きたい。それでその先へとにかく進む。飲み食いすると少し眠気が出てきた。今日はなるべく早く眠りにつき夜明け前にしっかりと目覚められるようにと思った。
目が覚めたのは、暗闇の中だった。間違いなく夜明け前である。と言うよりも、眠りについてからそこまで時間が経っていないのかもしれない。まだ早い。後どれくらいで十分な時がやってくるだろう。扉から覗いてみると、外はまだ冷たく濃い暗闇だった。部屋に戻って、手探りで持っていく荷物の輪郭をだいたい確認する。もう少し暗闇が晴れるまでと待っていると、今日行かなくてもいいんじゃないかと小さな迷いも出てきた。それでも、せっかく夜明け前に起きられたのだし、いまのところおそらく順調なわけだ。やはり今日行くのでよいと気持ちが引き戻ってくれた。さらに決心を強くするため、持っていくことができない余りの水や食料に手を伸ばし暗闇の中飲み食いする。ある程度食べ終わったころになっても依然として暗いままだ。さらにそこからしばらく待ったつもりだったが、一向に明るくなった気がしない。夜明けが遠いのか近いのか確信はできなかった。もういっそのこと出てしまってなんとか歩きたい気持ちだった。とにかく日が高くなるまでに進めるだけ進みたいのだ。しかし外はまだとても寒いだろう。扉にもたれかかってじっとしていた。
ふと、視界が少し良くなっていたことに気づく。いつから明るくなったんだろう、気づくまでにどれくらいの時が経ったろう。それでもそんなに時間は経ってないはずだと思いたい。もう行こう。扉を開けると、かすかに明るくなっている、ちょうどいいくらいだ。これくらいの明るさの時に出発したかったのだ。小さな一歩を次々前へ出していく。外の世界はまだまだ凍えるように冷たく、風で皮膚が擦り切れてしまうように感じた。寒さのせいも少しはあるのだろうか。この時を待ちに待ったわりには、なんて小さな歩みなんだろう。まだ光の少ない地上では遠くまでは輪郭がつかめない。空はどこまでも青黒く、これから向かう砂丘は黒い壁のようだった。もっと早く、砂の大地を容赦なく痛めつけるようにドシドシ進みたかったが、急いでいるつもりでもなんともゆったりしたものだ。イメージよりもゆったりのんびりと進むほかないようだ。最初の砂丘を通過すると、また一段と空は明るくなっている。部屋の中であれだけ気を長くして待っていたのに、一度暗闇がほつれ始めるとそこからはあまりにも早く明るさを取り戻していくようだ。それでもまだまだ寒さを感じるし、ここから日の出はまだ確認できなかった。近々の目的は明確で次の砂丘を超えることだ。急いで下って、次の砂丘へ向かう。足場の砂が崩れても気にせず、どんどん下って行く。平坦な場所まできて、黙々と進んでいく。次の砂丘にとりつき登っていると、空が爽やかな青になっている。息があがっていたが、一歩一歩進む。 砂丘を登り終える前に、砂は薄っすらとした光で輝いている。息をあげながら登り終えると、歩いてきた方角から白く強い光のかたまりが顔を出し始め、夜はもうずっと前に消えていた。水を飲み食料を少し口にして足を休める。この景色には興味はない。何も手がかりのない景色だったし、今もそうである。次の目標はさらにこの先のまだ行ったことのなかった砂丘へ進むことだ。できるならそれよりもさらにその先、そしてさらにその先へ。息を整え、足の疲労がましになってきた。それでまた出発することにした。まだまだ朝は早い。下り坂は砂丘の影が覆っていて、先ほど昇って来た斜面より気のせいかほんのり涼しいのかもしれない。
それからなだらかな面をずっと歩いていった。次の砂丘の傾斜に取り掛かる前には、一面焼け付くような暑さになってしまった。例外なく自分もその苦しみから逃れることはできなかった。太陽はまだ高くなるだろう。思ったよりずっと遠い。まだたどり着けない。ここから周りを見渡してもやはり何もめぼしいものはない。とにかく進むことだ。歩き続けてようやく傾斜がきつくなってきた。ここを早く超えたい。照り付ける太陽とその熱を蓄えながらも外気にはじき返そうとする砂のせめぎ合いに首を突っ込んでしまったように感じる。延々と足を出し続けなければいけない。この砂丘の斜面には心地よい休憩場所なんてありはしない。それでも何度か立ち止まってたまらず水を飲む。何度か息を整えてまた登る。なんとか登りきった頃には、太陽は真上でずいぶん前からすべてを照らしきっていたようだ。体力はそうとう使い果たしてもう座りたかった。くたくたになって座り体の重さを分散させるが、暑さは避けようがない。太陽の光をこうも浴びているのだから、暑くて暑くて仕方ない。体はもう十分に暑さにやられている感じだ。それと同時に悲しみがこみあげてくる。砂漠はまだ続いている。眼前にはおそらくそう遠くないところにまた小高い砂山が立っているだけだった。ほかに変わったことは1つもわからない。登ってみれば何か他のものが見つかるのではないかと根拠のない希望で自分を奮い立たせてここまで来たのだ。何もない。ここは広大な砂漠、遠く広がる何もない場所のほんの一点にすぎないのか。
しかし、やることはもう1つしかない。歩くのだ。なんとかあの砂丘まで行ってみよう、登ってやろう。そしてさらにその先まで。どこまでも。力尽きるまで、すべてが尽きるまで進むんだ。水をさらに飲む。夜までに何かが変わるだろうか。これはひょっとすると夜がきても終わらないかもしれない。あんな真っ暗闇の極寒の中、自分は無事でいられるだろうか、どんなことであれとにかくもう進むことしか自分にはできない。砂丘を疲れた足で少し下って、先へ歩いていく。それからどれくらい歩ったろうか。1,2つの小高い場所は超えたろう、さらに何も見当たらぬ砂漠をあるっていた。太陽は真上からやや下がり着々と夜が近づいているようだった。それでも暑さが弱まった気はしない。むしろより暑くなっているのではないか。
ようやく次の傾斜にとりかかるころ、昼間の猛暑がやや下り始めていた。とにかくどんどん進もう。何も恐れることはない。少し気分が悪くなってきたので、思わず座り込む。前が向けない。少し休もう。水はどこにあったか。水筒に触れたが、うまく口の方へ持っていけない。思わず、頭の重さで横になってしまった。どういうわけか起き上がるのがとても難しく感じる。疲労のあまり自分はそんなことすら下手になってしまったのか。もう夜も近いからか視界も暗くぼやけている。目を開けるのも難しい。こんなこと経験したことがない。少し休もう。そしたらあまり長くならないうちに目を覚まそう。次はいつ目覚めるだろうかーー。
閲覧ありがとうございます。つたない言葉や内容ですが、読んで頂けたらうれしいです。