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第九十五話 帝国旧領回復運動・スルガの戦い

 主任参謀の魁世は名目上の上司である透から麾下の保安軍を率いてスルガ王国を攻め滅ぼすこと命ぜられた。

 帝都での名称は保安戦闘団である。だが現在の兵数の規模から“軍”と南奧州軍内では謂われていた。その数五〇〇〇、補給部隊や工兵部隊も合わせれば一〇〇〇〇になる。

「兵数の増加率は俺たちの部隊と比ではない。フン、魁世の奴は軍務局長であって補給全般を統括している。兵糧など思いのままなのだから兵を増やしてもやっていける」

 直はそう語ったとされるが、それは一面の理由に過ぎなかった。

 魁世には、彼自身が探し出し、各所から引き抜いた優秀な幕僚たちがいた。


「ニイロ大佐。揃いました」


「ありがとう。補佐官……あ、今だけは参事官か」


「呼び方はどちらでも、ご随意に」


 フィリーア・クラウトン、それが第三行政局では局長補佐官にして軍務局では参事官と呼ばれる彼女の名である。

 その高い事務処理能力と容赦ない観察眼。多くの官吏たちからは内政を差配する執権(あめゆき)の名から取って“小イジュウイン”と賞賛と皮肉を込めて呼ばれている。


「ニイロ司令、いつスルガに攻め入るのですか。明朝ですか?今夜ですか?小官は今からでもかまいませんぞ!」


 トリフォン・イワンフ、保安軍の前線指揮官の一人であり階級は少佐、忠誠心の高さと戦場での苛烈さから“狂犬”と恐れられる男である。魁世とは年齢はひとつ下ではあるが、少年時代から傭兵見習いから一部隊長になるまで戦ってきた戦歴は魁世を上回る男である。当時、彼は一度酒の席で魁世が自分よりも高い役職であることを詰り、勢いのまま魁世に決闘を申し込んだ末に魁世に惨敗した過去を持つ。

 従軍していく中で魁世の能力を知り、彼も武勲を重ね、また同性で同年代だったことも相まって現在に至る。

 そんな活気と血気を盛んにする若人を宥めんとする老人がひとり。


「ククク、そう興奮するでない。さては若殿(ニイロ・カイセ)の作戦を聞いておらなんだな?これだから育ちの悪い者はのお…」


 ジグモンド・ウイルモス。“歩く図書館”“高貴なる黄斑”“ゲッペイ翁”、様々な呼び名を持つ齢七十代の老人だった。

 かつてこの地方にあった小国の貴族だった、と自称している。真偽が不明なのは異種族連合によって口伝以外の身分を保証するものが散逸したから、とジグモンドは供述している。

 その脳内にある知識量は本物であり、魁世が文官として成果を収められているのはジグモンドが魁世に授ける事前知識が根底にあったからでもあった。

 年の割には下らない揶揄、皮肉か怪しい皮肉をのたまう事を除けば、魁世がこの世界の常識や作法を学ぶ上での優秀な師匠であり、ジグモンドにとって魁世は教え甲斐のある生徒である。そして魁世から保安軍の前線指揮官も任されていた。

 “月餅翁”という呼び名は、魁世が気まぐれで作った月餅という菓子をジグモンドが食べてみたところ、その味を絶賛し「若殿に絶対の忠誠を誓います‼︎どうか、この短き命が尽きるまでそのゲッペイなる甘味を食べさせてください‼︎」と言い出したことから始まる。

 なお、補佐官のフィーリアはそんな月餅翁ジグモンドを軽薄にして油断ならない老人だと認識していた。


「少佐、月餅翁。そろそろ」


 そう言って窘めるのは元海賊船長、現在は属領南奧州水軍衆の頭目のウッガ・モラン。

 無精ひげに日焼けし尽くされた筋骨隆々さは(まさ)に海の男で、見た目は粗野だが仲間内では案外に紳士な人物として知られていた。最近は月餅翁ウイルモスに陸の礼儀を教わっている。

 魁世は一息して話しだす。


「おほん、それでは作戦の再確認を始める」


 この場には魁世以外にもう一人群蒼会メンバーがいる。

 どんなに騒がしくてもその“能面”を崩さず、今期までは監察官、来期からは帝都で近衛騎士に任ぜられる男。今回の西方諸州鎮定軍でもドラクル公戦と同様に臨時指揮官を務める。

 新田昌斗、魁世の友。

 ……

 …

 潮の風が昌斗の頬を撫でる。その直後に一転、突風が彼の全身にたたきつけられた。

 昌斗はウッガの率いる船団に乗っている五百の兵の臨時指揮官である。

 ウッガも良く言えば背中で語り、悪く言えば口下手であるため、夜の海を無表情に眺める昌斗との間に作戦確認以外の会話は発生していない。それは無味無臭無表情の昌斗にも責任があるのだが、結局双方とも職務上の信頼以上は発生せずに機は訪れる。


「モラン提督。揚陸準備を」


「では予定通りに」


 ウッガは身震いする。これから行うことは今まで生きてきて初のことであり、知っている海賊の使い方では無い。

 初めて会った時、自分らの貧しい海賊集落に単身やってきて謂った——正確に言えばあの時はフィーリアもいたが、若くも英気ある主、魁世が巨大な船の設計図を見せて言った「一都市を養える巨大船団」「大海を統べる艦隊」といった単語が脳裏に浮かぶ。


「どうしてアレに乗せられてしまったのだろうな」


 “あなた方の航海技術が欲しい。陸の五大国に操られて行動を制限された船乗り、海の者が海を差配してみたいと思わないか?僕はこの海を変えたい”

 いざニイノ様の禄を()む臣下となってみると元海賊の部下たちも含めて生活は安定するし、豊かになり始めている

 いや、それは単なる後付けの理由だ。俺の胸中深海にある思いはなにか

 …海の益荒男(ますらお)の血が騒ぐ。そんなところだろう

 先にスルガ王国に潜入していた武瑠たち工作員から明かりを使った連絡が入る。


「お前ら用意はいいな!陸モンに目にものを見せてやれ!」


 ウッガは海賊の時の口調と声量で、これまた海賊時代から帆を同じくする船員たちに指示を出した。


 まず魁世の率いる保安軍がスルガ王国に宣戦布告の後に行軍を開始、南奧州との国境で小競り合いを繰り返し、その後に膠着状態を作り出してスルガ王国軍を魁世の側に貼り付ける。

 次に昌斗に率いられた兵一〇〇〇の別働隊をウッガの船団で南奧州で建設途中の港町コンリトから海を渡ってスルガ王国王都付近の海岸に上陸。そのまま昌斗が別働隊でもってスルガ王国王都を陥落させる。

 本拠地を失って混乱、敗走するスルガ王国軍を魁世率いる兵四〇〇〇が背後から攻撃。これを撃滅する。

 これが魁世の考えた大まかな作戦だった。



 スルガ王国軍本営に王都陥落と国王の消息不明の報が入る。


「どういうことだ⁈王都にも守備隊がおったであろうに」


 身一つ国を打ち立てたあの竜公を討伐した軍、南奧州軍。それに中途半端な軍兵であたる訳にはいかない。内戦の傷の癒えぬ小国スルガ王国のほぼ全軍を国境防衛に動員していた。


「だから謂ったのだ!ある程度は都に兵を置いておくべきだったと!」


 将の一人が軍の総指揮をとる将軍を詰る。


「兵力の伸長と分散が二年前の帝国南奧州への略奪…侵攻はそれで敗れたのだ。それに今更嘆いても仕方あるまい。急ぎ軍を引き王都を奪還する!」


 国境にはり付けていた一〇〇〇〇の軍が後退を始める。



「どうやら敵は本拠地を占領されたことが許せないようであるな、まともな“しんがり”も備えずに兵を退きはじめておる」


「司令閣下!今こそ攻め時です。先鋒はどうか俺、ではなくて小官に」


 月餅翁ジグモンドと狂犬トリフォンの言に魁世は頷く。


「これより我が軍は敵の後背に追撃を仕掛ける。内戦で民を虐げることでしか存続できない国は無い方がマシだ」


 だから僕らが滅ぼしてあげよう



 トリフォンとその部隊が乱暴に敵戦列を突破し、ジグモンドに率いられた部隊が疲弊を始めた敵部隊を正確に割り出して追い回す。

 南奧州軍の強さの理由の一つに、常備軍で訓練に明け暮れているが故の練度の高さがある。保安軍に華麗さは無かったが、訓練で生まれた堅実な強さがあった。

 保安軍は紫電戦闘団などと違って元が帝都包囲時の傭兵を基礎にしているわけでは無く、“初心者軍団”と一部から影口を叩かれることもあった。だが今日を機にその風聞もいくらか晴れることになる。

 後にスルガの戦いと呼ばれるこの戦いは帝国、魁世率いる保安軍が勝利した。

 ……

 …

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