第八十九話 藤色の三白眼Ⅰ
紫電戦闘団は帝都へ続く道、通称“帝国の道”の隣接地に駐屯地をおいている。それは常に帝都すなわち宮廷への忠誠と守護を欠かさない姿勢を示している。だが惟義はそういったことを思ったことも言及したことも無い。言っているのは惟義麾下の部隊長たちである。
そんな紫電戦闘団の駐屯地、属領管区司令官の惟義の元に近衛騎士団南奧州支部長のユリダリア・カーツェが訪れていた。
「ユリダリア・カーツェ、さん。今日はどうしましたか」
ユリダリアは三白眼を細める。
「そんなに堅くならなくて大丈夫です。暇なので来ただけなので」
惟義は目を丸くする。そのわかりやすく反応する様をユリダリアは可笑しく思った。
「ひ、暇⁈ですか」
「えぇそうなんです。というかコレヨシ殿は案外『うむうむ』って謂わないんですね」
なぜ自身の口癖を知っているのか。惟義の頭部の直毛が揺れに揺れる。
「う、うむ、初対面の人に口癖を出すのは失礼だと思ったから、な」
嘘である。
「そうなんですかにゃー」
「うむ、そうなのだ」
無意識にユリダリアの藤色の瞳から視線を明後日の方向に向ける惟義をユリダリアは構わず目線を合わせてくる。
「これからは口癖を使っても構いませんよ。むしろ壁を感じるので使って欲しいです」
惟義は全く気づかなかったが、ユリダリアの声音には犬や猫といった愛玩動物にみられる甘えがあった。
「うむ、そうだな。そうさせてもらおう。カーツェ殿」
「そんな他人行儀な呼び方やめて下さいよ。コレヨシ」
わ⁈⁈は⁈⁈⁈⁈
「ほら、コレヨシも私をユリダリアって呼んで」
藤色はこんなにも蠱惑的な色だったのか…?心臓が回転しているような錯覚に陥り、惟義は脳内冷却が追い付かなくなってきていた。
しかし惟義はつよかった。
「うむ、ユリダリア。用事はこれで終わりだな」
「え?」
「おれも仕事がある。用が済んだのなら騎士団支部の方へ戻るのだ」
ユリダリアは騎士爵である。この世界は女性で騎士になる者、なれる者はごく少数であり、多くの者は初対面だとしてもその肩書を知っただけで彼女が只者では無いと理解する。だが惟義は男爵であり、帝国大将である。帝都からユリダリアは南奧州軍内の階級でいうところの大佐に相当すると通達があったが、それでもなお惟義から見て下の階級にある。故にユリダリアに多少きつめの口調になっても全く問題はない。
だが惟義はそこまで考えているわけではなく、単に舐められたくない故の発言であった。
ユリダリアも負けない。
「そんな怒らないで欲しいにゃー」
その“にゃー”は一体なんなのだろうか…仮に猫系の異種族が存在し、ユリダリアがそうであるとして、帝国に潜伏していることになる。しかしそれでその口癖なのは不用心が過ぎるのではないか?
「実はお願いにきたんです。来週の今日、コレヨシ閣下の紫電戦闘団と私の騎士団員たちとの合同訓練を行いたく——」
ユリダリアからの誘いはこれまた予想もしていなかった。そんな惟義だったがこれがある種、彼女ら近衛騎士団がどれほどの腕前なのか見極める機だと感じた。
「お受けしよう。ユリダリア」
模擬とはいえ戦いである。惟義は即答していた。
……
…
「紫電戦闘団と近衛騎士団の合同演習、それは俺は観戦するのか?参戦できるのか?」
明可は観戦というよりも参戦のつもりで演習に賛同した。
直の副官は上官に合同演習の告知文書を渡す。
「指揮官はご覧になるのですか」
「当然だとも。あの支部長とやらを見極めてやるためにな」
自称クラス一の弓取り、興壱は普段は総勢三百の白鯨隊で弓馬の指導を行う。
「見に行っていいだろうか。コウイチ」
隊長のトゥアンは何でもないように言う。
「って気持ちは分かるんだけどさ、白鯨隊は南奧州と黒耳長人の秘密の同盟でつくられた部隊じゃん」
「そうだな。それがどうした」
「トゥアンちゃん達は外国人部隊であり秘密戦力だ。そりゃあ今はヒトの住むケイヒン村で仲良くやれているけどさ、やっぱり帝国本国や他国にバレたらマズいんだよね」
「なるほど…真打ちは最後に登場ということか」
興壱は黒耳長人が異種族連合として争った過去から帝国で受け入れられない存在だと思っていた。そしてその果てにある差別を受けさせたくなかった。
興壱たちのいる世界は国民国家が誕生するような民族性や種族性、強力なアイデンティティ、ナショナリズムと呼ばれるような代物は発生していない。また帝国は異種族連合との戦争の歴史は幾百年と存在するが、それは決して思想戦争といったものではない。片方が経済的な理由で略奪のために双方の殆どが理解しようともしない種族間の大義名分を掲げて戦いを仕掛けることが大抵であった。
「それでも、やっぱり見に行きたい。ダメか?」
強情なやつだなー
「へいへい分かったよ、トゥアンちゃん」
興壱たちは少数で変装し観戦に向かうことにした。
……
…
演習は早朝より始まった。場所はユリダリアが決めた。
騎士団支部の兵はほぼ全員の数二百が参加し、紫電戦闘団は数二千五百が参加する。
双方の部隊が見える位置に観戦所が設けられた。そこで明可は近衛騎士団を見て、取り敢えず褒めることから始める。
「見事だ。一兵卒に至るまで全身を甲冑で包み、整然と行軍している」
「装備くらい良くなければ恰好がつかんのだろう。なにせ皇帝近衛なのだからな」
明可と対する意見を直は続ける。
「あんな傷一つ無い鎧を着ていては、あの近衛騎士たちがろくに実戦経験が無いと周囲に風潮しているようなものだ」
隣の親友の歯に衣着せぬ物言いには苦笑いを禁じ得ない。
「そう言うな。皇帝のお側に仕えるのだから、実戦経験がある方が問題だ」
彼ら皇帝近衛が戦う時はそれこそ亡国間近であろう、と明可は思ったところで気づいた。
「ふっ、前年の帝都包囲戦は帝国ひいては皇帝の危機ではなかったのか?あの時でさえも虎の子の近衛騎士団を投入しないあたり、本当に宮廷は無能の集まりなのだろうな」
確かに。どうしてこれほどの戦力がありながら帝国は帝都包囲にまで追い詰められたのだろうか
興壱とその背後にいるトゥアンは別の場所で観戦している。
「コウイチ、紫電戦闘団の内二百が近衛騎士団に接近しているぞ!」
外套を被るトゥアンは興壱にまさに観戦気分で状況を話す。
「数は対等で演習を行いたいなんて、惟義らしいな」
更に続ける。
「惟義は騎馬ではなく徒歩での戦いを好むし、複数の部隊を縦横無尽に運用するよりも自分と軍が一塊になって戦場を突っ走る方が性に合っている」
突然何を言い出したのか、トゥアンは訝しむように興壱へ視線を合わせる。見つめられた興壱はふっと吐息を漏らす。
「いや俺には似合わないな、こういう語りは」
様々な思惑がありながら、演習が始まる。
……
…




