第八十七話 近衛騎士長ユリダリア・カーツェ
属領南奧州は皇帝の直参の土地して知られていた。名目でも皇帝の南奧州を治める代官は男爵号を持つ惟義であり、そして南奧州軍は皇帝の兵である。
そんな属領南奧州軍だが人事権は皇帝、実務としては軍務尚書が握っている。だが帝都から遠く辺境に南奧州軍が配されていること、属領とはいえ領主である惟義は貴族としての独立性のために佐官級未満の人事権を握っていた。
逆に言えば佐官級以上の人事権以外は基本的に属領領主の惟義が自由にでき、現在進行形で軍備増強を行っている。
だが今回は珍しく昇進に合わせて南奧州軍の拡充が軍務尚書より通達があった。
何百年も昔の帝国全盛期で使われていた軍制、師団制と呼ばれていたその制度には戦闘団という編制が存在する。各隊はその戦闘団に昇格することになった。以前帝国が異種族連合との戦いで得た領土に古代の行政区分である属領と属領軍を当てはめたように今回も故事に倣うことになったのである。
紫電(第一)戦闘団、百足(第二)戦闘団、青菱(第三)戦闘団、保安(第四)戦闘団。それが各隊の新しい呼称だった。
また南奧州に新たに部隊が配置される。
ヴィーマ帝国近衛騎士団の南奧州支部が設立されることになった。
纏められた藤色の三白眼、スーツと甲冑を一体化したような特徴的な服装、いつか惟義から聞いた男装の麗人のようだった。
「近衛騎士団南奧州支部長として参りましたユリダリア・カーツェと申します。救国と戦争の英雄である皆様方と同じ場所で仕事ができて光栄です」
ユリダリアは麗しく一礼した後、くだけた口調言う。
「シマヅ男爵とは以前お会いしたことがあります。たしか宮廷の廊下でしたよね」
惟義は先ほどから続く驚いた顔で返した。
「あの時の女性は貴女でしたか。うむ、いや僥倖というべきか何と言えばいいのか」
惟義は動揺していた。
質実剛健の体現者のような惟義に揺さぶりをかけた出来事など出会ってこれまであっただろうか?惟義の後ろに左右で並び立つ魁世と雨雪は全く同じことを思った。
ユリダリアは惟義の背後の二人にも声をかける。
「たしかイジュウイン様ですよね、執権という役職に就いて善政を布いていると聞き及んでおります」
南奧州では“序計画”によって統計上初の餓死者ゼロを達成した。それを善政と呼べるかは雨雪は疑問だったが。
「そちらの方はニイノ殿、たしかシマヅ男爵様と一緒に暴君ドラクル公を討ち取られた方だと聞いています」
魁世はユリダリアが南奧州、ひいては群蒼会に及ぼす影響は少ないと考えていた。決して無用無能だと思っていたわけでは無かったが中央官衙から地方辺境に派遣されてくる程度の人間だと思っていた。
魁世はそれが過小評価であり、彼女が自分たち群蒼会を変えかねない存在になると確信したのはすぐのことである。




