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第八十三話 昼想夜夢

 空は緋色に染まり始めている。南奧州政庁に戦勝だろうが何であろうが出勤する雨雪だが彼女は決して勝利を喜んでいないわけでは無い。


「本当にいいの?戦勝会の会場に行かなくて」


「ひとりでボトル開けてる雨雪がほっとけなくなったぁ、うん。この理由じゃあ不足なのか?」


 執権執務室には既に数本開けられた瓶が転がっている。魁世は雨雪を宴会に誘おうとして探していたところ、執務室で一人嗜んでいた雨雪を発見し話の流れで席に座って一杯二杯と空けていくうちに今に至る。


「…魁世あなた酔ってる」


「酔っていない、全っ然酔っていないぞ!」


 勝利の美酒を否定しない雨雪だが、彼女は執権の立場としては向こう数年の戦争、外征はできないと考えていた。それは南奧州の国庫が戦争によって余裕が無くなったことが大きかった。


「ともかく帰ってきたことが重要だから、出陣前は私も厳しいことを言ったけれどアレはあなたの——」


 雨雪は普段の絶対零度の眼光は鳴りを潜めて少し素直になれていた。もっと言えばおおらかになっていると謂っていい。

 にも拘わらず目の前の魁世は目の前で堂々といびきをかいていた。

 雨雪は思う。今回も魁世はよく働いてくれた。透によれば一歩間違えれば全員戦死していたと評する戦いだったと聞いていた身としては無理に起こすのもためらわれた。

 そうして、起こさない理由はもう一つあった。

 雨雪はそっと立ち上がって魁世の隣に座る。

 開いた襟を手で自分の元に引き寄せる。


 すこしだけなら、一回だけ


 扉が軽快に開き、元少年兵が現れる。


「やーっと見つけたよ、かぁいせぇ。直たちが“あの陰謀屋はどこだ!”って騒いでるから早く会場に行かないと」


 そして目に入った情景から少年はいやらしい笑みを浮かべる。


「ふーん案外やる——」


「さっさと宴会会場にこれ(魁世)を運んで。今すぐ」


 おとなしく武瑠はソファーで眠る魁世を揺すり起こして、半目状態のまま歩かせる。


「大丈夫だよ。(だーれ)にも言わないからさっ!」


 武瑠はそう言い残して部屋を出る。

 廊下を歩く音が無くなったところで執権執務室には沈黙と溜息が支配する。


「まったく、馬鹿じゃないの」


 雨雪は口元を覆った。

 ……

 …

 魁世、あなたは覚えていないでしょうけど、始めた会ったとき、幼稚園の年長クラスだったかかしら、あなた、園長先生に紹介されていたとき「こわい。こわい。こわい」って叫びながら飛び回っていたのよ

 幼稚園の先生が私に仲良くしてあげてって頼まれてからあなたと関わるようになって、それから随分と時間があったわ。小学校の終わりまでは私の方が背が高かったわね、だからあなたクラスの(みんな)から雨雪の子分とか言われて、それであなたいつもへらへら笑って、なにが面白いのか私にはさっぱりだったわ

 中学に上がった途端、すごく大きくなって、声もちょっと低くなって、どこで女の子の扱い覚えてきたのか知らないけど随分と他人(ひと)に好かれるようになって、いい家門の出なのに郎党なんてつくっちゃって、高等部の生徒と争った挙句にこてんぱに負けたことも含めてほんと馬鹿だと思ったけれど。そういえばあの時から新田昌斗、足柄琥太郎とは一緒だったわね

 高校はクラスであなたが同じ学級委員になってくれて本当によかった。あのクラスは何かと人目に触れるし、名誉なこともあったけど、それより広まった悪名の方が多い学級だったわ。あなたも私もすごく苦労した、いいえ、あなたはむしろ悪名の側だった気がする

 

 私は、あなたが生き生きとしているなら、どんな厄災になっても、どれだけの人が敵に回っても、あなたの思うようにいて欲しいの、ああ、私を敵に回すのは許さないけれど


 あなたには妙に人に好かれることがあるから、私からいつか離れる日がくるかもしれないわね。けれど私には、どうせあなたが私の元に戻ってくるって変な自信があるの。どうしてかしら


 あなたが見せてきたふざげた名前の計画、三千世界計画、最終綱領だったわね。あそこまで到達したのなら大したものよ。期待はしていないけれど最後まで見届けるくらいはしてあげる

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