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第八十話 驕り

 惟義たちがドラクル公と決戦を挑んでいた同日、帝国属領南奧州にはドラクル公四騎士の一人、ミハイン・コルネが主君の命を受けて南奧州に部下数十人と共に侵入していた。

 主君ドラクルは何の目的なのか具体的なことは何一つ云わずにミハインを送り出していた。だが最後の最後に、“帝国属領の重要人物を拘束し公国まで連行せよ。無理なら殺して構わない”の命令を最後に主君ドラクルとの通信は途切れてしまった。

 ミハインは主君の不可解な命令に困惑する。抹殺対象をすぐに教えて下されば即座に実行に移せたのにと、頭の片隅でしこりのように残っていた。


「これより南奧州政庁に侵入し、執権及び高官を軒並み捕まえる。抵抗すれば迷わず殺せ」


 ミハインはドラクル公の配下の中ではこういった裏の仕事をする役回りであった。そうした際にミハインに具体的な命令が届くことは少なく、常に一定の裁量権が与えられ自由に行動できた。

 鶏の啼くのと共に夜が明けはじめ、南奧州政庁には官吏たちが登庁してくる。


「事前に調べた通りだ。よし、各執務室の窓から侵入するぞ」

 ……

 …

 ミハインは自ら最重要人物である執権の執務室に窓を蹴破って入る。

 だが執権も文官らしい者はいなかった。ミハインの兵士内一人が矢で撃ち抜かれている。


「っ⁉何者だ!」


 紺色をした背広風の衣服に弩を持ち武装した者達が部屋で並び立っていた。


「まさか、謀られ——」


 武装した内の一人がミハイン達の前で初めて声を出す。長身によく筋のついた男だった。


「放て」


 ミハインは最後まで話すことは出来ずに体中に矢が突き刺さって床に倒れた。



 第一行政局警備部長、足柄琥太郎。彼と彼の管轄する警備部がミハインたちが領内に潜入したことを察知し、欺瞞情報を流して誘引したところを一網打尽にした。

 後に“守成の将”と呼ばれることになる琥太郎が初めて世に名が知られるきっかけとなる出来事だった。

 琥太郎は南奧州内の都市や村に交番と呼ばれる治安維持のための警備部の詰め所を建て、そこに警備部を数人駐在させる治安システムをつくった。また人口規模によっては署と呼ばれる周辺交番の心臓部となる施設を置き、旧来の自警団を吸収することで警察組織を充実させていった。

 最初は琥太郎のやること成すこと殆どうまくいかなかった。地域社会で信頼される組織をゼロからつくるというのは並大抵のことでは実現できず、琥太郎は部下の失態のために村の家々に謝りに行くこともあった。だがその不器用だが真摯な姿勢が段々と領民に認められていき、最終的には住民が何か怪しいことがあれば即座に警備部、交番に教えてくれる風土が出来上がっていた。


「朽木さん。もう大丈夫です。侵入者の殆どは対処し何人かは情報を聞き出すために生け捕りにしています」


 警備部庁舎に一時避難していた朽木早紀を含む群蒼会の文官たちは胸をなでおろす。


「本当にありがとうございます。琥太郎くんがいなかったら私たちどうなっていたことか」


「いやあ~。ぼくはそんなにですよ」


 琥太郎はその巨躯からは想像できない優しい笑みを浮かべた。

 ……

 …

 政庁襲撃が失敗し、残存兵は警備部の追手から逃げていた。

 するといつの間にかケイヒン村に到達し、比較的大きな館を見つける。


「あそこに身をひそめるぞ。家主がいたら人質にする」


 人影が見えたが、女性のようだったことも彼らの油断を誘った。

 だがその館にいるのはただの女性ではなかった。


「へえ、勝手に他人の家に入るなんて。何されても文句ないよね?」


 第三行政局庶務部の八田藍は自身の“自分または指定した人物の気配を消す”能力を使って、侵入者に忍び寄り、素早く背後に回り込んで口を封じて小刀を首に刺し込んだ。

 嫌な感覚が藍の神経を駆け巡り、刺された兵から様々な体液が流れて出る。


「……最悪、ほんとに最悪」


 なぜか小刀を握った手が開かない。力強く左手で強引に剥がす。

 これで終わりだとおもった。だが館で唐突に悲鳴が木霊する。


「⁈もしかしてっ…」


 藍は廊下を駆けだした。



 それは偶然の連続でおきた。

 群蒼会の中で少女然とした雰囲気のある桑名鶴夏と藍とは反対の方向で女子高生然としている平群美美(めいめい)のいる館の厨房に警備部から逃げてきた公国兵が侵入した。

 互いに人の存在を想定していなかったために一瞬間が空いた後に双方反射的な行動をとった。

 兵士は腰の剣を抜いた。

 鶴夏と美美は反対側に走り出す。兵士は血相を変えて追いかける。

 だが兵士はたまたま板が腐って修復中だった床を踏み抜き、片足が抜けなくなってしまう。

 逃げる二人の次の行動には選択肢があり、その中で最も直接的な方法を選んでしまった。

 鶴夏は丁度近くにあった椅子を持って床に足が挟まった兵士の頭に振りかぶった。


 何度も何度も頭に叩きつける。

 美美は床にへたりこんでただ茫然とするしかなかった。

 藍が来たときには椅子が半壊し、床一面に赤黒い海ができていた。

 …

 ……

 朽木文書の述者である朽木は当時を振り返ってこう書き記している。

 ——

 今回の戦いの皆さんの目的は微妙に違っていました。大きく分ければ“この戦いは始まりに過ぎない”と思っている人たちと“これを最後の戦いにしよう”と思っている人たちです。

 雨雪さんは後者で魁世くんは前者でした。雨雪さんは役職上の立場もあったでしょうけど魁世くんが戦いに赴いていく姿をもう見たくなかったのかもしれません。魁世くんは…あれは完全に個人の立場で思っていますね、魁世くんは立場や責任は自分のためのモノだと心を決めているでしょうから。

 では他の人はどうかと謂えば私も含めて殆どの人はそこまで何も考えていなかった気がします。明可くんや直くんは考えているんでしょうけど、今やっていることが最適解だと思って行動していると謂うより惟義くんが賛成ならそれでいいという部分も大きいでしょう。一番謎なのは昌斗くんです。自分が優秀なのは分かっているはずなのにどうも自主性が感じられません。あの能面の裏ではどんなことを考えているんですかね?


 藍さん達は戦いの関係で大変な目に遭いました。やっぱり争いは根本として悪いことです。どんなに理由や大義があってもまずは一旦立ち止まって話し合うべきではないですか?直くん達は戦いをする理由を探している気がするんです。

 しかし今回の戦争の裏で起きた南奧州政庁襲撃は琥太郎くんがいたから被害はかなり少なく済みました。それは琥太郎くんが一定の武力を持っていたからでもあります。

 わたしにはまだ何が最適解なのか分かりません。きっと他のメンバーも分からないんだと思います。

 けれどその曖昧さが群蒼会の強みなのかな、とも思いました。

 ——


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