第七十九話 カノバルトの戦いⅣ
魁世の渾身の最初の斬撃はドラクル公に片手で遮られる。
「先輩には先輩方の異世界委員会全滅の最初の犠牲者になってもらいます」
「最初から全滅が目的か。若いな」
「先輩にだって若い時期ありましたよね、そういうことですよ」
ドラクル公は長剣を薙ぐ。
魁世は持つ剣をドラクル公の剣筋に沿って凪ぎ、そのまま剣を滑らせて前に突き出す。
だが剣先がドラクル公の手首にまで到達したところであっさりと払われる。
ドラクル公は長躯を活かして上段から何度も剣を振り下ろす。
魁世はそれを小川の流れのように受け流す。
どんな隙間にも入り込む水の如く間隙を縫って身をおき、剣をいなす。
明可は充分な間合いをとって剣を休めていたが、待っていたとばかりに隊長格の部下たちが集まってきた。
「モリ中佐!指揮を放棄されては困ります」
「隊長が強いのはよく知っていますが、隊長は個人の戦闘をする身分ではありません」
「兵士の士気を上げるために先鋒に立つならいざ知らず、本当に戦っては要らぬ命の危険を背負うことになりますぞ」
上官であるのにさんざんに言われるが、だが決して間違っていないために明可も立つ瀬が無い。
…
「使い方は違うが方円の器の様な戦い方をするのだな、魁世」
「なにそのカッコいい呼び名、今度から流派“方円の器”って云わせてもらいます」
会話を挟みつつ戦闘は止まない。
「そういえばあの“偽書”、黒耳長人と鬼人との同盟など大層な嘘をついたものだな」
「けどそれで行軍が一日止まった。その一日で僕らに伏兵を敷かれて今に至るんだよね」
魁世からも投げかける。
「そういえば先輩、こちらの魔法通信が使えなくなったのは、四騎士の内の魔法の得意な一人がやったんですか」
「違う。儂がやった」
まさかの魔法も使える多才なドラクル公、おそらく華子の能力を妨害しているだろうか。それが正しければドラクル公は別世界の人間の能力を無効化する能力を持っていることになる
魁世は数える。アントニア、ルチェスク、バーバルこれで三人。
「それじゃあ四騎士は全員戦場に来ていないって事ですか」
「当然だ。一人はお前たちの領地(南奧州)にいる仲間を殺しに行っている」
魁世は次の言葉を紡ごうとした。だがそれは背後からの声で遮られる。
「遅参にて御免!帝国中将、嶋津惟義である」
左腕に包帯を巻いて現れた。
「さあさあさあ尋常に勝負!」
ドラクル公は喧しい奴だと感じた。だが表裏の無い気持ちのいい奴なのだろうとも思った。
惟義は両手で剣を握る。否その剣は形状は刀に近かった。
南奧州第三行政局工業部と第一行政局技術部は共同で武器の研究開発を行っている。その中で属領領主である惟義からの要望で“元の世界で云うところの刀”をつくった。片側に刃を持つ刃物の技術は存在しており、そこに技術部長の但木翠からの修正を加えて完成にまでこぎ着けた。決して元の世界での名刀とは性能が同じではなく、どちらかと謂えば使い捨てが前提だったが惟義はその刀を貰って喜んでいた。
「征くぞ。魁世」
「もちろんボス」
隣に魁世が立つ。惟義は愛刀“クサナギ丸”で上段の構えをとる。魁世も剣をゆらりと振った。
ドラクル公と惟義、魁世の間には少なくとも六歩は歩かねばならない空間があった。
だが惟義には関係ない。気魄を込めて真正面のドラクル公に真っ直ぐ跳躍し一気に距離を詰めた。
振りかぶられた刀はまるで糸が張られて導かれるようにドラクル公の肩口に迫る。
惟義の振りが跳躍からの落下によって威力の倍増されたそれをドラクル公は長剣で受け止め、押し返した。
惟義からの一撃を防いだところで魁世が間合いに入り、ドラクル公の脇めがけて剣を払う。だがそれさえもドラクル公に弾かれる。
その瞬間、まさに魁世が弾かれた刹那、魁世と惟義は剣と刀を手放し“脇差”を抜いてドラクル公の腰と首に突き刺した。
ドラクル公の剣筋には癖があった。相手から仕掛けてきた初撃は必ず受け止め、その場で切り返す。その際にほんの一瞬だが柄の握りを治してまで剣を構える時間が発生する。明可との戦闘でそれが魁世と惟義に見抜かれていた。二人は名乗りを上げたと同時に現れたわけでは無い。撃たれてその場で応急処置をとり遅れてやってきた惟義も側面の公国軍が為信に釣られた時に戦場に現れた魁世も敵兵を払いながら遠目で明可との戦闘を観察していた。
「……っ焼きが回ったか」
ドラクル公の首筋から赤が噴水のように吹きだす。地面に倒れそうになったところで魁世が腕を持って正座させた。
「ドラクル公、いや同じ別世界の者としてあなたに敬意を表す。これまで歴史をつくってこられたその姿、お見事であった」
惟義はドラクル公に目線を合わせて云う。
「馬鹿を、言うな…早く…首をとって……手柄にしろ」
威厳は保っているが息も絶え絶えの目の前の男に魁世は問う。
「元の名前は何と云うんですか?」
「さあ、なんだっただろうか……」
惟義は、手を合わせて瞑目し一時その場を動かなかった。
魁世は、一度深く礼をして踵を返し駆け出した。彼は今よりこの勝利を元にして、後に“玉虫色の謀神”の異称を得る彼の遠大で気宇の尊大な謀略を開始する——
……
…
ドラクル公国初代公主ドラクル・ヴァルド・ノヴァーナは斃れた。
主君の死が伝わるとドラクル公国軍は潰走を始めた。まるで公の存在が軍の心臓であり脳であり、兵たちの存在理由であったかのように。
直は捕らえられ地べたに座るアントニアを馬上から睥睨する。
「アントニア?だったか。貴様を解放する」
アントニアの驚愕の貌を見て直は嗤う。
「ふん、殺されるとでもおもったか。これは俺の考えでは無い。魁世の奴が次の計画の一環でやれと云うから仕方なく貴様を放ってやる。いいな?」
魁世は惟義の名代として遥か後方に一万の兵を集結させつつあった帝国軍本軍に向かい、ドラクル公国軍主力の撃破とドラクル公本人を斃したことを報告する。
「ドラクル公国にまともな戦力は残っておりません。堂々と公国領内へお進み下さい」
帝国本軍を率いる将軍の一人、帝国では軍務尚書の役職を持つ人物が口を開く。
「君はたしかニイノという名であったな。その功績、皇帝陛下もお喜びになるであろう」
という形式上のやり取りは終わり、軍務尚書は魁世に嬉しそうに話しかける。
「たしかニイノ君だったか、いやーすごい!まさに快挙だ!帝都では君たち英雄の凱旋の催しが開かれることだろう。こんなこと帝国一千年の歴史で今まであったかな、いやあーつい最近まで滅亡寸前だった国がここまで成長するとは」
すると魁世はずいと顔を寄せて呟いた。
「軍務尚書閣下、いますぐドラクル公国へ侵攻なさるのがよろしいかと。我ら属領南奧州軍は戦いの傷のためにしばらく動けません。尚書閣下や将軍の方々は戦力が整う前に丸裸の公国を蚕食なさって下さい」
「……そうだな。ふふん、ニイノ殿は話がわかってくれて助かる」
つまり今のうちにドラクル公国を略奪し尽くせと提案したのである。
一旦陣地に帰った魁世はドラクル公との戦闘中に保安隊臨時指揮官を務めた昌斗を呼ぶ。
「昌斗、緊急だ。公国首都トゥーゴシュタットに行ってドラクル公と異世界合同委員会との関係が分かる資料とか、手記があったら見つけて取ってきて欲しい。貴族の皆様が公国に侵入する前に済ませてくれ」
「承知した」
「あ、そうそう。さっき透と武瑠が合流したから武瑠も連れていってあげてくれ」
昌斗は短く首肯する。
数日後、戦勝を聞きつけた貴族たちの途中参加等によって二万に膨れ上がり、帝国本軍は勢いそのままにドラクル公国になだれ込む。
後に“竜の消えた地”と呼ばれる旧ドラクル公国とその首都で帝国本軍が公国住民に対して行なった歴史的大虐殺、公国の首都名からとって“トゥーゴシュタットの虐殺”が発生した。
……
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