第七十八話 カノバルトの戦いⅢ
明可はついにドラクル公の前に到達した。公爵の打毬の会で仮面を被った状態での遭遇を数えれば会うのは三回目である。
「ドラクル公だな。俺は明可だ。腕時計の件は失態だったと今も思っている」
明可は片手剣を抜き盾を構える。
「……あぁ、初めて会った時の話か」
ドラクル公は記憶を辿ったような仕草をして明可に応える。
「はじめて会ったときより顔つきが良くなったな」
「そりゃどうも」
二人の会話はそこで終わる。互いに手綱を思い切り引っ張って馬を奔らせた。
同時刻、為信はバーバルからの無数の手刀を受け流しては偶に当たるを繰り返しており、旗から見れば押されていた。
「いってえぇなあ、ええ?」
為信は話しかけるがバーバルは無視を決め込む。
「けどお前の殻の防御で俺はピンピンしている、感謝だな」
「……!」
この虫人間はどうしてこうも挑発に弱いのか。為信はそう思ったところで自分が原因であると思い出す。
為信は既に持っていた武器を全て使ったがへし折られるか破壊されて何も残っていなかった。リレイから教わっていたナイフ捌きも殆ど効果はなかった。
「お前の種族ってみんなこんな強いのかよ、反則じゃねーか」
すると珍しくバーバルは返答した。
「全体の数はごく少数だが我らは強い。昔滅んだ狼人族とは違い、我らは時の有力者に重用させることで種を残してきた」
「………ウォルフガング?」
「そうとも、奴らは自分たちの強さに驕って更に強き者たちに滅ぼされた。愚かな種族であった」
バーバルとしては単なる会話混じりに休憩するつもりで言っていた。
為信は自身の心の揺れを悟られぬように問う。
「その強い者たちの名は何ていうんだ?」
「キサマらが今戦っている者たちのことだ」
それがバーバルなのか、ドラクル公なのか、ドラクル公国なのか、はたまた為信には情報共有されていない異世界合同委員会のことなのか、為信は正確には判別できないがバーバルが無関係でなく、リレイの一族への加害側であることは分かった。
「つまりテメエは俺の家族のそのまた家族の仇ってことだな」
そうして為信は路傍の石を掴んで前に突き出した。
ーー為信はこの世界に来たことで得た能力を用いる。手に持つ対象Aを確認できる対象Bに森羅万象の法則を無視して交換させることができる、それが為信の能力。
能力にどんな因果関係があろうと、何か能力使用の代償があったとしても、為信にしてみれば使えるなら使うのが当然だった。
刹那、石くれは赤黒い液体を流す何かに変わる。
「ッブゴオッッ…⁉」
バーバルは突然口から鮮やかな赤を吹き出す。
胸の奥から無限に湧き出る痛み、そうあの日甲殻を剝がされた時よりも強烈な痛み。
蟲人は体中の穴という穴から体液が漏れ出るような感覚を覚えながら意識が途切れた。
為信が手にしたソレはバーバルの心臓だった。これまでの格闘で心臓部をなんとなく察知し、能力を使用して心臓を取り出したに過ぎない。
だがここまで格闘に疲れたのか、それとも“代償”としての過労か、全身にどっと疲労が押し寄せてきた。保安隊少尉、為信は保安隊本隊に戻ることにする。為信は魁世より与えらえた兵を連れて戻っていった。
為信はリレイと魁世の元に転がり込むまでの間に五大強国を始め様々な国を訪れていた。その内の一国でリレイの素性が知られたことがあった。それ以降行く先々の国で謎の刺客に襲われ、その度に撃退し行方をくらませたが黒幕が誰かも分からなかった。
魁世の予想は当たっていたことになる。だがそんなことを一蹴する出来事が為信に起きてしまった。為信にとって自分と身内が安全なら他のことなどどうでもよかった、仇成すものは全員殺してしまえばいいと思っていた。だが事はそう単純では無いと分かってしまった。
直はアントニアとの槍を交えて戦い続ける。
アントニアは性別の特性もあって体が柔らかく、槍と体術を一体化させたような戦い方で一騎打ち開始から直を翻弄していた。
「我が主の軍に横槍を入れるとは相当剛の者と思っていたが…張り合いが無く拍子抜けだな」
そうアントニアは挑発してみる。だが直は涼しげに返した。
「単なる時間稼ぎに付き合ってあげているんだ、感謝しろ」
「そろそろ終わらせてもいいか」そう直は口を動かす。
直は槍を片手でアントニアに向けた。
「図星か。ドラクル公の腰巾着で自分で考え行動することを知らんな、まあ人の部下に甘んずるとはそういうことだが主君が包囲されて追い詰められているのにやる事が包囲の突破でも無く現状維持とは。こんな部下を持つドラクル公を慮ると気の毒でならん。
それともアレか?床が上手いから側近になれたのか?」
アントニアはほんの一瞬目元を歪める。
「さあ来い」
直がそう言って再び愛槍を構える。
アントニアは馬を一気に加速させて軽やかに飛び上がった。
彼女は両手で槍を直線に投げる。その姿は天使が空から聖なる雷を降らすように神話的な構図にして、ここは戦場だとは思えないような美しさを周囲にもたらす。
だが直は馬上から飛んだり跳ねたりする人物を知っていた。人が馬から飛び上がればどのように落ちていくのかも分かっていた。
直は武瑠に心の中で謝意を送りつつ天から降ってきた槍を紙一重で躱す。彼にとってさんざん知ったやり方を使い目の前で馬鹿正直に使われてはこけおどしにもならない。
躱すと同時に槍を半回転させる。槍の矛が逆さになる。
そして槍を投げて落ちてくる彼女の腹を槍の柄の方で下から思いっきり一突きする。
アントニアは軽装ゆえに腹部の装甲も控えめで、腹への攻撃をまともに食らって直の馬の上に気絶して落ちてしまった。
直は敵味方に宣言する。
「四騎士は捕らえられた!既に包囲された公国軍兵は降伏したいなら丁重に迎え入れる。もし抵抗するなら“貴様らの所業”と同じことをしてやろう」
直の青菱隊は更に士気を上げた。公国軍は一人二人とドラクル公の本営の方へ統制も無く撤退を始めた。
…
最初に夜襲を受けたのは公国軍前衛、次いで中腹である。つまり後続の軍は攻撃を受けていないかと謂えばそうではなかった。
「白鯨隊、進めー!」
「はいみんな程々に矢を射かけてすぐ引くよ。深追いはしないでねー」
大神官トゥアンに率いられた三百の黒耳長人部隊は威勢よく進撃する。それをやんわりと宥めて軌道を修正するのは副隊長の興壱。
「はいまた射る。戦争は嫌がらせが上手い方が勝つんだよ。そうすれば相手は嫌気が差してすぐ終わる」
後続の公国軍はドラクル公からの指示が無く、興壱たちに翻弄され続ける。
…
明可はドラクル公の首めがけて剣戟を振る。
だがその剣戟はあっさりと返され反撃をくらう。この流れをもう数撃は繰り返し、疲労が明らかに溜まっているのは明可の方であった。
すでに戦局は奇襲の成功したこちらに勝負は決した、降伏しろ。とは言わなかったし言えなかった。
師匠である吸血姫キュティの方が攻撃は重く苛烈だった。だが今の自分は圧倒されている。
「経験の差ってところか」
明可は頬にしたたる汗を拭って呟く。
ドラクル公の漆黒の鎧は鈍い輝きを失わずよく手入れされている。だがその端々には歴戦の跡があった。
「経験と謂うより歴史だろうな。背負ってきた経験が何十年も積み重なれば最早それは歴史だ」
その時、魁世が保安隊を以って側面を吶喊し、ドラクル公の前に現れた。
「新納魁世、推参ん!」
「魁世ではないか!」
ドラクル公は獰猛な笑みを浮かべた。一国の主で無く、一人の戦士としての笑みである。




