第七十七話 カノバルトの戦いⅡ
黒色火薬は他の火薬、白色火薬などと違い爆発音も大きければ発煙の量も尋常では無い。
「なにをしている!すぐにまた斉射しろ。敵はもう迫ってきているんだぞ」
前線の指揮官は未だに次弾発射の用意をしている兵士たちを怒鳴りつける。
実は一番最初に一斉発射した際に本来なら一列目だけ発射するところを二列目三列目もつられて発射してしまっていた。最初は一人の誤射だったが、両端の兵士がそれにつられて発砲、それが連鎖してしまった。
だがこの連鎖的誤射にはもっと大きな理由があり、それは眼前に迫りくる敵が恐ろしすぎたのである。
馬蹄と大地のぶつかることで織りなす大音量や敵帝国兵士の雄叫びに加え、鬼神の如く迫りくる明可と惟義が恐怖を助長させていた。こういった場合は自軍でも雄叫びや怒号を上げて恐怖を緩和させ逆に士気を上げようとするのだが、一発一発の間の時間がどうしても存在する火縄銃は一斉発射で初めて戦場で威力を発揮する。つまり指揮官からの号令が必要であり、どうしても静かにする必要があった。
それに火縄銃を持つ兵士の全員が戦場での発砲経験がなかった。銃の存在を秘匿しなければならなかったことからまともに練習もできていない。
世界初の銃を用いた戦いは予想外の結果を迎える。
集団が一つの強固な意思の元に集って行動すれば、その大勢はもはや巨大な生物と変わらない。
簡単な柵も無かった公国軍はその巨大な生き物の衝突に耐えられなかった。
衝撃の波紋はドラクル公を含めて全軍に伝わる。
その時だった。
「我らは青菱隊、無辜の民を串刺しにする悪逆な君主を成敗する者たちである。
貴様らにはその血を以って天下万民泰平の礎になってもらおう」
“青き魔将”本多直は公国軍にとって最も最悪なタイミングで横腹に猛攻をしかけてきた。
公国軍の行軍が一時的に止まったあの日、直は自軍の長距離偵察隊をつかって敵総大将ドラクル公の行軍位置を把握、ギリギリまで軍を潜伏できる場所も確保して機をじっと待っていた。惟義と明可が馬鹿正直に正面から夜襲をかけるよりかは余程奇襲である。
直は次々と兵士を蹴散らして迫ってくる。
「我が主、あの青い戦旗の部隊はわたくしが対処いたします。一軍をお与え下さい」
四騎士アントニアは主君のために部隊を率いて先陣に立つ。
夜にあっても存在を主張する青の戦旗を掲げた軍が、次々とドラクル公国軍の兵を討ち取っていき、騎士たちも名乗りも許されずに無慈悲に刺されては斬られてゆく。
直は視界の端に美しい女性騎士を捉え、そちらに馬の向きを対峙させた。
「どうやら貴女が噂の四騎士、アントニア・ラコベスタのようだな」
「そうとも。我が主を悪逆などと侮辱した罪、その血で償ってもらおう!」
アントニアは槍と盾を構え。直も槍を構えた。
「ほほう、貴方も槍を使うのか。どうだ、俺の女になる気はないか?」
直の軽口にアントニアは顔色は全く変えず、されど目には憤怒を燃やす。
「……最後の言葉はそれだけか?」
二人の会話はそれで終了する。
自然と一騎打ちの様相を成した両者は一歩も引くことなく乗っている馬の速度を上げていき、そして激突した。
一騎打ちは別の場所でも発生していた。
蟲人にして四騎士のバーバル・インゼクトは複眼の端で見つけた。見つけてしまった。
「キサ、キサマァァ!」
バーバルは走り出してしまった。
彼の行動は四騎士とは思えない著しく軽率な行動だった。だがその理由は理解できるものでもあった。
「おうおう、怒った怒ったあ」
バーバルの体から甲殻を剥ぎ取って未だ回復せぬ傷を残した男、浪岡為信がたった百程度の兵を率いて戦場に現れたのだから。
…
……
時間は遡る。
魁世は用意された家でくつろいでいる為信に会いに来ていた。
「奥様が妊娠中でここから離れたくない気持ちは分かるが信頼して動かせる指揮官が今足りていないんだ。協力して欲しい」
「ククク、戦場で俺を信用するのか?ニイノぉ」
「もちろん信用するよ。なんせ身重ではここから動けないだろ」
その場には魁世と為信しかいなかった。為信は睨みつける。
「テメエあいつを人質にするつもりか」
「妊娠したから来ただと正直動機が弱いし不用心だ。“何者”かに追われているからせめて出産するまでは安全な場所にいたい、だから頼ったんじゃないのか?」
為信は以前魁世に本気になれと云った。自分が知っている中でその気になれば世界を回天させることができるのは魁世だけ、だから魁世を頼った部分もあった。
のらりくらりとする普段の魁世ならこんなことは言わないだろう。本当に戦力が足りていないのか
「……何をすりゃいいんだ?え?」
「仮の身分を用意するから軍人として戦ってほしい。所属は保安隊で階級は少尉だ。よろしく頼んだ浪岡少尉」
……
…
為信はバーバルから走って逃げながら脳裏で全く違うことを考えていた。
まだリレイは出産していない。もうそろそろだろうと魁世の用意した医者は言っていたが、正直信用していなかった。この世界の医者と元の世界の医者では意味とレベルが異なるのである。
「マテェェェェ!!!!」
待つわけねえだろ、と為信は嗤う。
ふと振り返ると蟲人で表情が分からない筈なのに般若の形相のバーバルが迫ってくるが、その後ろから数千の公国軍も迫って来る。
「そろそろ相手してやるよ。久しぶりだな、昆虫大王」
為信は方向転換してバーバルの方へ向きなおる。
「そういえば自己紹介をしていなかったな。俺の名前は浪お——」
名前は最後まで言えなかった。なぜならバーバルが間合に入った途端に手刀を繰り出してきたからである。
「おいおいやる気かよ、じゃあ出産祝いの話のタネになってもらおうかぁ!!」
為信はバーバルの甲殻を改造してできた甲冑を着ている。
魁世は為信に陽動でもって公国軍を引き剥がすよう求めていた。
結果として為信と百に満たない兵で四騎士の蟲人とそれに付随して二千の兵をドラクル公の元から離れさせることができた。
保安隊隊長の魁世は戦場の中で湧き出てくる昂奮をなんとか抑えながら、前進命令を出す。
「よし、よし!保安隊も進むぞ」
魁世に率いられた保安隊は真打ち登場の如く部隊を前に進める。
がら空きになったドラクル公本営、今彼の周りには一千の兵と寄騎しかいない。前衛を突破されて既に惟義と明可たちと戦闘状態、魁世とは反対側でも直の部隊が側面攻撃をしかけており、ここで魁世が横から攻撃すれば半包囲が完成する。
積めるだけ積んで機を見て一気に押し寄せる、群蒼会最高で最後の一手がドラクル公本営に怒涛の勢いで押し寄せた。
……
…




