第七十五話 破竜作戦Ⅳ
ドラクル公が直接率いる公国軍兵一〇〇〇〇は直接旧王城を救援に向かう二〇〇〇〇の兵の後備えとして盆地の向こう側にいた。そこでは一〇〇〇〇の兵が野営の準備をしており、ドラクル公の寝泊まりする天幕もそこにあった。
ドラクル公は伝令によって、旧王城の包囲が解かれたこと、包囲していた筈の帝国軍が殆どいなくなっていたこと、南に築かれた陣地で炎を撒き散らす謎の兵器で一部の軍が手痛い被害を被ったこと、二万の救援軍は占領した敵陣地をそのまま南下すること、といった様々な報告を受けている。
公国軍内には「敵の帝国軍は旧ウル・ハム国の領地を我ら公国から奪うこともできず結局二万の大軍に来られては臆病風に吹かれて南の帝国領へ退却していった。今こそ敗走する帝国軍の後背を突き、そのまま帝国へなだれ込もう」などという言説が流行り、既に戦勝の雰囲気が流れている。
兵達に対して、自ら戦場に赴く一国の主は天幕の中で唸っていた。
原因は机の上においている同封された二通の文書にあった。
「“鬼人、黒耳長人と帝国南奧州の同盟”だと…?」
その文書は戦場を通過していた男が挙動を怪しまれ公国軍に捕まり、身体検査の末に見つかった。その男は最初は沈黙を守っていが拷問をちらつかせるとあっさりと帝国軍の伝令兵だと認め、持っていた文書は各隊に回す文書であると言及した。
「“先年の異種族連合による帝国侵攻はドラクル公含む異世界合同委員会の計略によって引き起こされた帝国と異種族の戦力を削ぐためのものであり、我ら三勢力はそれに対抗する”…だと?馬鹿な」
戦場で味方に伝える内容とは思えない。だが完全に否定する材料もない。
なによりドラクル公が気がかりなのは同封されていたもう一つの文書。鬼人族でしか使われない固有の紋章、特殊な技法で描かれる単語が記され、内容は単純で、先に帝国に合流した先遣部隊が本隊と詳細な合流日時を問うものだった。
可能性として今のように使者が捕まったとしても、それが偽造だとこちらに信じこませる一通目の書状を入れておくことで、異種族鬼人との同盟を信じ込ませないこともできる。いいや、ここまで思い込ませるところまでが全てが欺瞞か?
いずれにせよ行軍を一度止めて少し調べる必要があるか——
「我が主、これは明らかに我が軍を攪乱させるための偽書です」
ドラクル公は目を剥く。
「アントニア!いつからこの場にいた」
主君の豹変にアントニアは狼狽する。
「⁈あっ失礼いたしました。今しがた参りましたが…お邪魔でしたでしょうか」
だが主君ドラクルはすぐに平時に戻る。そしてアントニアに話す。
「すまんな、少し驚いた。文書は見たか?」
「いいえ詳しくは見ていません。この時期に帝国軍の伝令が我らの陣の付近を通っているのは不自然だと思ったのでそこから推測して偽書と判断した次第です」
「そうなのか。これは儂が捨てておく」
「かしこまりました我が主」
ドラクル公が他の世界から来た人物であり、異世界合同委員会などという組織に所属していることは例え四騎士であっても秘密にしていた。委員会の規定で側近でさえも組織外の者ならば委員会のことを喋ることは禁じられていた。
アントニアは天幕から出ようとする。ドラクル公は呼び止めた。
「アントニア、怒鳴って悪かった」
アントニアは微笑を浮かべて返した。
「気にしてなどいませんよ。我が主」
ドラクル公はここで方針を変えるべきか思案する。部下たちは迎撃の後に帝国への侵攻を具申してくるが、旧王城の救援だけやって本国に一旦帰るべきではないか。群蒼会がどこまで事実を知っているのか、それを探ってからまた考えた方がよいのではないか?
まさか委員会の儂と敵対する派閥の連中に嵌められたのか。もしも南奧州と二つの種族の同盟は委員会が裏で糸を引いた結果だとしたら……
ドラクル公のいる一万の軍は一日動きを止める。それはドラクル公がまだ進むべきか考えた時間であった。
旧王城のある盆地を形成する山々に囲まれてその地の街道だけは隘路になっていた。そこをドラクル公の軍は通っていく。
元帥、委員長、いや議長。合同委員会は儂を騙すだけの器量は無い、そうであろう?
…
……
ディフェンスが透、オフェンスが魁世。参謀本部とは名ばかりの組織で透と魁世が決めた数少ない決まり事だった。
紫電隊駐屯地の中にある参謀本部と書かれた看板が掲げられた小部屋で、透は独り言のように魁世に言った。
「初めて、ドラクル公国の軍隊を見た時におもったんだけど、あの国と軍はドラクル公が全てな気がする」
透はぼんやりと“黒衣の軍団”という二つ名は末端の兵士に至るまで黒を基調とした兵士で構成されているからというよりもドラクル公が漆黒の鎧とローブを身に着けているからこそであり、国号が元首の名前と同じであることからだと思っていた。
「だから、ドラクル公国との戦いに勝利するためにはドラクル公をたおすしかない」
「僕はその方針に反対は無い、具体的にはどうやるのかな」
「それはねー…」
こうして作戦の骨子は決まっていった。参謀本部で記録された作戦名は破竜作戦、だがその作戦名を使われたことは群蒼会の間でも無かった。それでも、透と魁世の間では使われ続ける。
透がつくった策略という粘土人形を、魁世が釉薬をかけて焼いて固める。それが二人の称する参謀本部の作戦立案の形だった。




