第七十四話 破竜作戦Ⅲ
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異常事態は魁世の方でも発生していた。
魁世はハイドリヒ華子から今しがた彼女の能力、眷属の生物による情報収集が使えなくなったという驚愕の事態を聞いていた。
「それは……つまり能力使用の“代償”というわけでは無さそうだ」
「勘デスがドラクル公国軍内に能力を無効化あるいは弱体化できる者がいるのかと思います」
「困ったな、すごく困った」
今度は魔法通信の“ハブ”を担当していた高坂寧乃がやって来て云う。
「私の魔法通信がさっきから妨害されて使えなくなった。だからさっき言ってた暗号名“アメアガル”も出来てない。報告終わり」
「困ったな、いやマジすごく困った」
寧乃はぶっきらぼうに続ける。
「業務外の仕事をさせる魁世は興味無しなんだろうけどさ、魔法通信はこの世界の常識として一対一で完結するものなの。私みたいに魔法への適正が無い人同士を何十人も中継するなんて芸当できる人はそういない、同時に他人同士の魔法通信に干渉できる人物なんてもっと少ない、これはかなり強い魔法使いが敵サイドにいる証拠」
「さいですか」
ドラクル公はここにきて一気に自分の手札を出してきたということなのか。もしも僕らの駆使していた能力を全て知った上でこのやり方に出たのなら——
「全てドラクル先輩の手のひらの上だったことになる」
作戦を中止するべきか?続行するべきか?
魁世は暫く考えて発言する。
「よし、各々の判断に任せよう」
寧乃は呆れ返った目で魁世を見る。
「それで仕事できるなんて凄い。これ皮肉ね」
魁世は心底心外そうな顔で応える。
「僕は主任参謀として、緊急時の武官のマニュアルをつくって惟義たちには渡している。僕は今から惟義、明可、直が独自の判断でマニュアルを使えるよう、判断に必要な十分な時間をつくる。一日分の余裕をつくるぞ」
寧乃は現在の状況がかなり不味いことは分かっている。相手がここぞという時に異界人としての能力を開示して、こちらはそれで通常の通信能力を喪失している。だからこそ魁世のその凄みのある笑みが不可解で不気味だった。
「書き物を用意してくれ、あと狼煙も準備」
魁世はフィーリアに書き物を用意させ、新入りの伝令兵を呼んだ。
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透と武瑠は炎上する東西の砦を眺めていた。総勢二〇〇〇〇の軍勢に攻めかかられては為す術がなかった。だがそもそも明可と直が秘密裏に殆どの兵を出撃していたために砦守備の兵は僅かであり、透が敵二〇〇〇〇の兵が来ると分かると、その僅かな兵さえも自分のいる南の陣地に撤退、集合させていたため人的被害は無かった。
そして目の前の陣地をルチェスクが三〇〇〇の兵を率いて強引に突撃してきていた。
旧王城の救援に来たのは二〇〇〇〇、今回ドラクル公が引き連れてきたのは三〇〇〇〇。ドラクル公の姿や戦旗が見えないことから残り一〇〇〇〇の兵がドラクル公と共にいることになる。
「敵を二万も引き付けられれば十分だよねー。あとは魁世に頑張ってもらおう」
「作戦通りなら敵の本陣は手薄になっていないといけなくね?敵本陣に一万もいるのは手薄とは云わないんじゃ——」
興壱の意見はもっともだが、では今からどうにか出来るものではなかった。
「戦場だから。なにがおきるかわからないよ」
「そ、そうなら、良いのか…」
仮に二〇〇〇〇の敵軍がここに留まったとしても、南奧州軍およそ七〇〇〇が奇襲できたとして公国軍およそ一〇〇〇〇との戦いになる。
奇襲は果たして成功するだろうか。戦略的にも兵数でも負けている。
そこまで考えたところで武瑠は思考を止めた。彼の仕事はここで透のサポートと安全を確保することである。全体の勝敗を気にするのは惟義や魁世の仕事なのだから。
ふと下を見るとルチェスクたち公国軍五千の兵が一の陣地から二の陣地にまで広く浸透し、三の陣地にまで到達していた。
「そろそろファイアーする?」
武瑠の言に透は頷く。
「それじゃあ点火ぁ!」
武瑠は足元の着火点に火をつけた。透たちのいる山頂から一の陣地にまで事前に撒かれていた油は勢いを増して燃え上がり各所で公国軍の兵たちに混乱が生じhはじめた。
次に透たちのいる山頂から“ナンオウ炎”の満杯になった幾つもの樽を投下する。
樽は燃料を撒き散らしながらルチェスクのいる山麓まで落ちていき、陣地の各所の火で引火されては炎の竜巻を起こして周囲の公国軍兵たちを燃やしはじめる。
転がり落ちてくる火車のような何かに兵士たちは恐怖し足を止める。そして下へ逃げ始める。だが下へ向かうのは焔の樽も同じ、地面に掘られた通路で構成された陣地に三〇〇〇の兵がまんべんなく入り込んで陣地内は後ろから勢いよく降ってくる火を撒き散らす樽から逃げる兵と勇敢にも進む兵、立ち止まってしまった兵の渋滞になる。その渋滞地点に運悪く樽が下ってきたら最後、陣地は阿鼻叫喚の渦となる。
火計を受けた三〇〇〇の兵は動きを止めてしまう。後ろから来た二〇〇〇〇の兵は火傷を負った味方の手当てに忙殺され、「ここまで防衛に必死になるのならこの陣地の先には帝国軍にとって余程重要な何か、本陣地があるのだろう」と考えた救援軍はドラクル公にすぐには合流せずにそのまま城の南にあった陣地の先へ進みだした。
透は大柄の兵に“おんぶ”されて武瑠や僅かな兵と共に逃走していた。振り返ると未だ火が燻り黒煙の上がる陣地の形成されていた山があった。
「ファイアーしまくったけどこれからどうするん」
武瑠の質問に透は黒煙で咳き込みながら答える。
「その辺をうろうろしたら味方に合流できるとおもう」
透たちの向かう方角は東、ドラクル公が一万の兵で侵攻する帝国への進軍路である。
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