第七十三話 破竜作戦Ⅱ
魁世が打ち上げたのは気球では無い。群蒼会では“ききゅう”と呼ばれ、飛べることには飛べるが下で引っ張らなければまともに方向転換も出来ない代物だった。
だが魁世にとってはそれで充分だった。元の世界では文明レベルの同じドラクル公ならば、魁世の打ち上げた“ききゅう”を遠目で見て“気球”だと誤解する、せめてドラクル公国軍が上空からの索敵で行動が筒抜けであることがドラクル公に分かればよかった。
保安隊は通信中枢の寧乃とその部下たちと合流しつつ、潜伏していた森から出発する。
直は今いる砦から兵の殆どを率いて出撃する。目的地は正面のルチェスクの籠る城では無い。防衛用で掘っていると見せかけていた塹壕を使って、ルチェスクに悟られぬよう山の反対を通って進む。
明可も鹵獲した攻城兵器を砦から進ませて、さも城を攻略するための準備をしているように偽装しつつ、城とは反対方向を出撃した。
昌斗も明可と直から預けられていた兵を陣地から時間を分けて少しずつ出発させていた。地面に掘った陣地によって城に籠る公国軍は兵数の予想が難しく、旗をはためかせていれば一定期間の兵数偽装を可能にしていた。
三人が向かう最終地点は——
……
…
ドラクル公は曇り始めた空を眺める。気球の飛んでいたのは帝国軍の包囲する旧王城の方角であり、状況は城の解囲だけでなく群蒼会の技術を奪える好機でもあった。
「しかし、どうやって気球をつくった」
純粋な疑問を呟く。だが魁世の“ききゅう”は人間さえ乗っていない本当にハリボテだった。
捕らえて聞けばいいことだと思考を切り替え、ドラクル公は会議を再開する。
「帝国軍で公国領内に侵入したのはおよそ七千、その大半が城の包囲に来ていると城代のルチェスク殿から報告がありました。残りは城への街道が細いことで包囲陣の後詰めにいるだろうとのことです」
アントニアは地図をつかって説明を続ける。
「我が君、敵は城のある盆地で我らを迎え撃つ腹積もりのようです」
アントニアの向かいにいる同じく蟲人にして四騎士のバーバル・インゼクトは自分の甲殻をさすりながら言う。
「ならば直ぐにその盆地へ向かい城の包囲を解いて帝国軍を撃破し、勢いのままに帝都を陥落させる。兵士たちも意気込んでおりますぞ」
ドラクル公国軍の兵士たちは帝国の戦いを今か今かと待ち望んでいたところがあった。それは戦争によってその勢力を広げてきた公国にとって、弱兵で知られる帝国は捕食対象の認識であった。
アントニアは主君に向き直る。
「我が主、帝都陥落はともかく旧王城を包囲する帝国軍を撃破することは賛成です。今ならば城内の兵とこちらの兵で包囲する敵軍を逆に挟みうちにできます」
四騎士の二人は差異はあれども今すぐ包囲を解き、攻め入るべき点は一致していた。
「少しお前たちの案に修正を加えるなら、儂らの兵の多さを最大限生かす方策をとるぞ」
ドラクル公は自軍の駒を城の盆地を形成する山々を囲うように配置する。
「恐らくだがルチェスクが苦戦したのは城を野戦築城による砦によって囲まれたからだ。三つの砦が繋がればもはや城だ。目の前に城が鎮座していてはルチェスクの思考も狭まれて無茶な戦いをしてしまったのだろう。たった七千で五千の兵が籠る城を囲う条件下での攻城には三倍の兵力が必要という常識を破る状況だと野戦築城による戦い方しか無かったのだろう、見事だがなかなか無茶をする。
とはいえ寡兵による包囲には弱点がある。全ての陣地を同時に攻撃されれば陣地が複数ある利点を生かせなくなることだ。一方が攻められている時にもう一方が反撃するという利点が生かせないのだからな」
ドラクル公は三万の軍の内二万を旧王城の救援に向かわせることにした。ドラクル公は四騎士たちと一万で後方の街道上に布陣することを決める。
「帝国軍は最後まで少数であることに敗北を引っ張られ、歯軋りし、我ら黒衣の軍団にすり潰される。流石の布陣です、我が君」
バーバル・インゼクトは縦の口で軋むような音をたてて笑った。
夕立か、空を見上げると雨が降り始めている。
……
…
「やっと包囲に動き出した。惟義、明可、直に連絡してくれ。暗号名は“アメアガル”だ」
華子から公国軍動くの報を受け、魁世は魔法使いの寧乃に惟義たちに連絡させる。
「本当に透の云った通りになったな。本当に透はすごい。さぁ全軍出撃!」
惟義は素直に感心しつつ自部隊に出撃を命じた。
透の作戦概要は大軍で勝る敵兵の殆どを引き付け、手薄になった本陣を味方全軍で奇襲
する。透はこの日の大雨まで予想しており、“ものぐさ”軍師と呼ばれていた彼女だったが昼夜問わずどこかへふらりと消えた理由は調査部の吉川ナルと天文を学び気候を調査するためだった。単なる通常業務からの逃避でもあったが。
「むーん、ここで勝ちだといいな」
旧王城からさっと帰還していた武瑠は透の独り言を聞いていた。
「ボクの仕事ってこれで終わり?」
「これから何ーも起きなかったらね」
武瑠としてはもっと暴れたかったのだが何も起きないのなら仕方が無い。
すると目の前にあった城に動きがあった。
「……透あれ城門が開いてない?敵攻めてくるよ、アレ」
「うーんそうだね」
「それってヤバいんじゃ、だって兵隊のほとんどは昌斗が持っていっちゃったし」
「たしかに」
透と武瑠の二人は暢気なものだったが、公国軍は尋常でない雰囲気を漂わせて旧王城から真っ直ぐこちらに向かってくる。その数は城内の全兵となる三千、透が魁世に話していなかった異常事態が発生していた。
「やばいやばい、さっさと逃げないと」
武瑠は透に逃亡を提案するが、透はゆったりと一蹴する。
「だめ。ここでにげたら勝てなくなる。みんなの努力がむだになる」
透はルチェスクたち城内の兵は先日の戦いに懲りて攻めてこないと考えており、そして救援に来た軍を一定期間その場に留めさせ、敵首魁ドラクル公と惟義たちを一対多の状況において奇襲させようとしていた。
だがルチェスクは攻めてきた。ルチェスクは城を包囲する帝国軍が密かにその場を離脱していることは知らない上にドラクル公の正確な救援到達時も知らなかった。当人としてはまさに破れかぶれの攻勢だったが、それは透にとって敵のとる最も嫌な選択であった。
「じゃあボクらが参謀長はどう対処するのかな」
「てきとうに、事前の準備通りにやるだーけさー」
透は眠たげな目を変えない。武瑠は危機の中で嬉しそうに言う。
「“ナンオウ炎”で焼き尽くすってことかな」
「そんなかんじ」
……
…




