第六十九話 旧ウル・ハム王城攻防戦Ⅰ
旧ウル・ハム国駐留軍の指揮官はドラクル公四騎士の一人、コドルト・ルチェスクという壮年の武人である。
ルチェスクは主君ドラクル公より五〇〇〇の兵をあずかり、旧ウル・ハム国の廃された王城の復旧と要塞化、その城代も任されていた。
彼は公国の建国以前からドラクル公の下で第一線を戦ってきた生粋の武人であり、個人としても部隊を率いる指揮官としても勇名を馳せてきた忠臣でもある。
「公は決して戦争屋では無い。民を分け隔てなく慈しむことのできる名君であらせられる。最近は帝国との小競り合いが続くが、あれは帝国が我らをこの堅固な要塞から出させて野戦で戦おうとする挑発行為である。その誘いには乗らん」
そうルチェスクは言及していたが、自領の村が襲われた際は主君ドラクル自ら寄騎だけで現場に急行し、被害を受けた村を慰撫した後に帝国側の村へ件の串刺しの凶行に及んだ。
「公はきっと戦いたくないのだ。ここで手荒いが相手に恐怖を与えねば必ず戦争になると分かってあれをやった。我ら駐留軍は帝国が侵攻してきてもこの要塞に籠って膠着状態をつくり、本国の到着を待つ。もしくは侵攻を諦めさせる」
こうしてルチェスクは彼の内面に違って籠城の方針をとった。また侵攻している筈の帝国軍がいつまでルチェスクの予想に反していつまでも城の前に現れなかったことで、事実上の戦争状態となっても大規模な戦闘はしばらく発生しなかった。
数日経ってようやく帝国軍の進軍の報が届き、ルチェスクはどんな挑発があろうと城から出てなるものかと気を引き締める。
だが次の日に彼らの前に現れた帝国軍は城の周囲に存在する山々の一つ、南側の山に軍を配置するという何とも微妙な行動をとった。
現在ルチェスクたちドラクル公国軍の籠る城は亡国の王城の防御機能を強化したものである。王城がれば同時にそこには王都が存在し、地形としては盆地であった。
盆地ということで周囲には山地が存在し、帝国軍は南の山の一つに陣取る。ルチェスクにはその意図が測りかねた。どうやら偵察の限りでは場内の味方を上回る数の軍勢では無さそうであり、囲むにしては兵数が少なすぎる。かといって一気呵成に攻めてくる気配も無い。
こうしてルチェスクたちドラクル公国軍駐留軍が判断しかねていたが、その翌日、彼らを更に困惑させて驚愕させる事件が発生する。
昨日陣取った山から少し離れた山の上に帝国軍によって一夜にして砦が築かれた。
工事期間も驚くべき速さだが、昨日の夕方から何やら動き出したことで城に夜襲をしかけてくるものかと警戒していたために砦そのものが予想外であった。
ここでルチェスクには砦を攻め落とす選択肢もあった。部下たちは出陣を主張したものの、彼はこれまで特に問題がなかったということで従来通り動こうとしなかった。というよりも彼の深層心理としては下手に出て損害を出し、いずれ訪れるだろう主君ドラクル公が出陣した上での帝国軍との一大決戦で自分たちだけ手負いで参加し、十分に働けないことは避けたかった。五百ほどの兵しか詰めていない砦であったことも攻める気を失せさせた。
だがその次の日も事件は起こる。
今度は昨日現れた砦とは反対方向の山に一夜で砦が築かれていた。
規模は昨日と同じ五〇〇ほどの兵が入れる砦だが、砦という軍事施設が一夜にして完成することが二夜連続で発生してはルチェスクとしても対応を改めざるをえない。
「我らから見て西の砦が一日目、東の砦が二日目に築かれたわけだが、どうやら件の帝国はごく短期間で砦を造成できる術を持っている。
これ以上周囲に砦をあちこちに築かれてじわりじわりと包囲されても困る。そこで五千の兵を一千兵ずつ両方の砦に差し向ける。残りの三千の兵は城に待機」
ルチェスク本人は三〇〇〇の兵で城に残る。それは未だ前進もしてこない南方に陣取る帝国軍に睨みをきかせるためだった。
「なに?落ちませんでしただと?」
ルチェスクは東西の砦を落とせなかった二人の部下を見やる。
「たった五百の兵が籠る砦だぞ、こちらは倍の数だった。何故なのか申せ」
部下の一人が額に汗をにじませる。
「申し上げるに、敵の矢の数が尋常ではありませんでした」
「それは弓の腕が良い者が多かったということか?」
「そういうことになるかと」
ルチェスクは部下の歯切れの悪さに内心苛立ちつつ休養を言い渡して奥に下がらせた。
やはり部下たちはドラクル公の先陣を切る騎士そして仕えてきた己のように強くは無い。明日は自分が二〇〇〇の兵で一個の砦を攻めよう。ルチェスクはそう意気込んだ。
翌日、ルチェスクはまず二〇〇〇の兵を以って西の砦を攻める。
なんでも二年程前に帝都を異種族連合から解放した義勇軍の将の一人、ホンダ・ナオシなる者が指揮をしているという。
四倍の兵で攻めるとあっては流石に砦の兵も疲弊しているように見えた。ルチェスクはあと少しだと思い、二〇〇〇の兵で完全に包囲して猛攻をしかけさせる。
だが突如として急報が届く。なんと城代が不在の城を、東の砦と南に配置されていた敵軍が攻めはじめた。
ルチェスクはあと少しで落ちる筈だったのにと悔しがったが二千の兵を急速反転させて城の救援に向かうよう命じる。
そこが砦に籠っていた本多直の狙い目だった。
「ふん、逸ったな」
直は砦から自ら手勢を率いて砦から出撃する。
だが方向転換からの背後への攻撃はルチェスクも歴戦の武人の経験から予想して殿軍を用意し、直も殿軍が対応し始めたことで攻撃をやめ砦に戻っていった。
ここで城を攻める帝国軍を場内の味方と挟撃できるとまで予想したが、ルチェスクが戻ってきた時には帝国軍は南に引き上げている。
ルチェスクは最初これを偶然かと思った。単に攻めきれないと踏んだ帝国軍が止めただけだと。
次の日は増築城で余った資材で即席の攻城兵器をつくり一五〇〇の兵で東の砦を攻めた。
今度は城が攻められても戻りはしない。昨日の戦闘で帝国軍の兵数はおおよそ四〇〇〇の兵と分かっており、多く見積もって五〇〇〇だとしても一般に三倍の兵がいなければ攻城は不可能であり、なにより自分が現場指揮をとって増強した旧王城が陥落するとは考えなかった。
だがルチェスクはやっと砦を包囲し、投石器を設置したところで旧王城が炎上していると報告が入る。
「なに⁈陥落したということか⁈」
「城内への突破は許していないようですが、どうやら城内に侵入した敵兵が攪乱を図っていると思われます」
「どうするか……やむを得ん、城に戻るぞ」
ルチェスクたちは東の砦の包囲を解き、城に戻ろうとした。
「申し上げます!西の砦の帝国軍が城へ出撃している模様です」
東の砦は現在のルチェスクたちの反対側であり、今そちらから攻撃されてはすぐに防衛に向かうことはできない。
「急ぐぞ!おそらく五百の小勢だ、追いつけば帝国軍はすぐに撤退する」
ルチェスクたちは焦りから動ける部隊から移動させ始める。それによって移動に難のある投石器を配する兵たちは自然と後ろに残ってしまう。
「よし今だ。百足隊、出撃する!」
明可は砦から出てくる。ルチェスクは先日のように単なる後ろへの攻撃と考えたが、明可は投石器の兵のみを狙った。
城に戻る途中であったためにルチェスク遅延する投石器の兵たちを半ば見捨てる形となった。
ルチェスクは帰還したものの、城を攻めていた帝国軍は元の陣地に戻っていた。
つまり帝国軍はルチェスクたちのつくった攻城兵器を失い、帝国軍はそれを得たことになる。
帝国軍が現れてからの数日、駐留軍は時間と資源を浪費し続けている。対する帝国は砦や陣地を造成し、確実に城の包囲を狭めつつある。
「この帝国軍の一連の動きを差配する者がいる筈だ。両側の砦を中継できる場所、ここにいるに違いない」
ルチェスクは戦力の出し惜しみはせず、全兵となる五〇〇〇の兵で向かうことにした。




