第七十話 旧ウル・ハム王城攻防戦Ⅱ
この戦いに参加した群蒼会メンバーは明可や直といった武官だけではない。調査部の吉川ナルや技術部の但木翠といった文官の活躍があった。
まず砦を一夜で築けたことは吉川ナルによる地形等の調査が大きかった。彼女は自慢の健脚で周囲の山々を走破し、等高線から付近の湧き水地点や植生まで調べることで作戦に十分な地図を提供した。
砦建築にはナルの地図から透が見取図を考案し、柵や壁に組み立てられるような木材を事前に用意し、当日の夜に組み立てて地面に刺すことで完成できるようにしていた。建物に関しては透が元の世界でいうところのツーバイフォー工法のようなものを生み出している。何よりも直の配下部隊が平時より兵舎建設や駐屯地の造成をしており、土木建築に明るかったことが一夜で砦建設ができた一番の理由だった。
数々の新兵器もこの戦いで初披露していた。
「魁世が黒耳長人につくらせていた例のクロスボウ、たしか名前を弩というそうだな。
魁世の用意したもので癪だが役には立つ、感謝はせんが」とは直の言である。
魁世は初めて黒耳長人と会ったとき、持っている弓矢がこの世界の一般的なものとは異なるものだと分かった。連射速度から精度に至るまで一般の弓を上回るその弓は、那須興壱のもつ和弓(弱弓)とはまた違う元の世界でいうところの四千年の歴史ある大陸の弓だった。魁世はその弓は使用者に大変な技術を強いる武器であり、訓練には時間がかかる。そこで比較的操作の簡単なクロスボウに改造することにしたのだった。
「あのガソリン?火薬?はホントによく使えたよ。水をかけても消えない炎を産みだすなんて魔法みたいだ。あ、この世界だと本当に魔法と解釈されるかもね」使用した武瑠の感想である。
その名もナンオウ炎。硝石に木炭、樹脂、様々な材料そして“黒い水”を調合してでき、すでに着々と製造が進んでいた。
考案したのは技術部の但木翠なのだが、彼女は当初気乗りしていなかった。
そもそも翠は技術発展よりも研究がしたかった。この世界にその研究に必要な機材が無いこと、上司である雨雪からは知っている全ての技術や研究を記すという面白くない仕事をやらされて色々溜まっていたこと、魁世が甘い菓子を賄賂に兵器開発をお願いに来たことが渋々ながらも協力した理由だった。
ナンオウ炎を始めて実戦でつかったのは透の作戦で城に侵入した武瑠だった。陥落する気は更々無かったためにその使用は嫌がらせに終始し、食糧庫や兵舎を燃やすだけ燃やして武瑠は透たちのところに帰還していった。
昌斗は百足隊と青菱隊からそこの指揮官と兵を五百ずつ抜いた総勢三千の臨時指揮官となっていた。最初に南に布陣した時からその役目は変わっていない。
昌斗の仕事は明可や直に比べると少ない。透が考えたことをうまく言語化し、旗信号を使って両方の砦に伝えるといったことをやっていた。基本的な前線指揮は各部隊長に任せており、これは彼らが本来は明可たちの部下であり、一応は初陣である昌斗の指揮下に入ることを懸念していた者たちとの無用の衝突を避けるためであった。また彼の無味乾燥無表情といった性格から近寄り難くなっていたことは否めない。
だが五千の兵が眼前にまで迫ってきたとあっては指揮官としての任を果たさねばならない。昌斗は隣の透に意見を仰ごうとしたが、透は静かに寝息を立てていた。
一瞬目を瞑り、開く。昌斗は前線の各隊長たちに伝令を飛ばす。
「防禦陣地、一の陣地に籠る。合図があったらすぐに二の陣地に引くように」
昌斗は透の監修のもとに野戦陣地を造成していた。いわゆる塹壕であり、掘った土で土嚢をつくっていた。
とはいえ銃があるわけでも無いため、塹壕にあっさりと敵が来てしまう。
「二の陣地から三も陣地まで引け」
二千の兵は二の陣地まで引き、公国軍は陣地に殺到する。
昌斗それを眺める。そうして二の陣地に敵兵が十分に入ったところで呟いた。
「興壱、今だ」
すると昌斗の視界の端で土煙が舞う。
人間一と黒耳長人三百で編成された部隊、白鯨隊が現れた。
白鯨隊には特徴があった。男女比が女性偏重であることや弓矢が全員達人であること、そして主力の兵科が弓騎兵であることである。
はじめて会った時はまともに馬に乗れなかったのに、今となっては馬上から弓で射撃ができるようになった。副隊長の興壱は馬の速力を上げる黒耳長人たちを見て、これが感慨深いということなのかと感じた。
「副隊長殿!このまま突撃するのか⁉」
馬蹄の音でかき消されぬように隊長のニュー・ティオ・トゥアンは隣の興壱に叫ぶ。
「最大射程から射るだけ射って、隊が接触しそうになったらすぐ逃げる。ある程度距離ができたらまた射って射まくる。出発前に言ったじゃん」
ついでに叫ばなくても十分に聞こえていることも伝えようかと思ったが、トゥアンが“いじける”のでやめる。
白鯨隊はルチェスクたち公国軍の脇腹を突くように接敵する。
「それじゃあ目標面へ斉射!」
白鯨隊はさんざんに射る、射まくる。ばたばたと倒れる公国軍、ルチェスクが兵の一部を差し向けようとした時には興壱たちは逃げる。兵を引き戻そうとした時には白鯨隊が再び馬を奔らせ射かける。
昌斗は混乱し始める敵兵の流れを見てもいつもの能面を変えない。
「全兵、前進せよ」
二の陣地まで引いていた三千の兵は塹壕から躍り出る。
公国軍は陣地に入っている兵士と入っていない兵士ができており、物理的に分断されていた。敗北を恐れたルチェスクはここで城への撤退を決断する。ここで逆に侵入した一の陣地を使って防衛する方法もあったかもしれない、だが彼は白鯨隊による死人が出る嫌がらせによって思考が狭まれていた。
ルチェスクは帝国軍三千によって分断された自軍を次々と各個撃破され、何人もの脱落者を出して城に帰還した。
城を守る兵力は当初の五千から三千にまで減少しており、このままでは城と旧ウル・ハム国から獲得した領地を帝国に奪われるのは必定だと城に逃げ帰ったどの兵士も感じていた。
「認めよう、これは敗北だ。だが公殿下が援軍を率いていらっしゃれば必ず勝てる」
ルチェスクは今思えば出現してから終始一貫としてこちらに主導権は無く、翻弄され続けていたと感じた。そうして主君に援軍要請を出す。敵は侮れない、事実自分は敗北したと添えて。
後日、三万を号するドラクル公国軍が公国首都から出陣する。
目的は帝国軍に包囲された城の救援と二度と拡大の野心を持たせぬために敵の帝国軍の撃滅である。




