第六十五話 国破れて
鬼人は本拠地の防衛軍の大敗により、黒耳長人へ侵攻していた軍は撤退。それと同じくして魁世と直の軍も南奧州に帰還。黒耳長人の領域防衛は成功した。
白鯨隊もある程度の戦後復興が済んだら南奧州へ帰還するらしく、それを聞いた惟義は鈍く頷いた。いつもの惟義ならば、仲間のプラスの報告に、まるで自分のことのように喜ぶ。だが、惟義の現在眼下に広がっているのは、人の醜いものが凝縮されたような光景だった。
衰退するウル・ハム国をドラクル公国と帝国で折半することが、両国上層部で内々に決定し、帝国の属領軍として惟義も宮廷より出兵命令が下った。参加したのは惟義の紫電隊、明可の百足隊、参謀長の宗方透と乃神武瑠の四人。
惟義たちは帝国本軍一万と共に領土の切り取りを進め、ウル・ハム国の軍はドラクル公の軍によって既に初戦で壊滅していた。
惟義と明可は進軍する先々で、ウル・ハム国という国が崩壊し、そこにあったモノやヒトが収奪されていく様を目に焼き付けさせられる。略奪を行うのは帝国軍本軍、ドラクル公軍がウル・ハム国軍を壊滅させ、自分らは損耗が少ないことをいいことに、ウル・ハム国領内で略奪を繰り返していた。
「止められないのか…!明可!おれ達は命令されて今ここにいる。だが、人としてやってはならない事を味方がやっていれば止めるのは当然だろう!」
「よさないか、惟義。帝国軍本軍は属領軍の俺たちより立場が上だ。……俺だって堪えているんだ」
明可の苦悶の表情に、惟義も表情を暗くする。
「……早く南奧州へ帰らねば。そして群蒼会の仲間達に伝えねばならん、戦いに負けるというのがどういうことであるのかを」
ウル・ハム国はかつて東方の平原からやって来た遊牧民族であったという。緩やかな結束と強力な騎馬軍団を用いて旧来の国々を瞬く間に占領し国を建てた歴史を持つ。
だが時は経ち、周辺の国々の華やかな文化や体制に触れたことで遊牧民から農耕民への移行と文化の同化が進み、いつしか強力な騎馬軍団も有名無実と化した。
どんなに勇敢な歴史を持っても、どんなに民が豊かな国であっても、敗れてしまえばどうなるのか。今、惟義と直はまざまざと見せつけられている。
侵入した帝国軍本軍によって家々は焼かれ、ウル・ハム国の王城であったろう場所には黒煙が立ち昇っている。
「なんだったろうか、こういう巡りを謳った故事があった気がする。まさかその様を間近で見ることになるとは」
「そうだな」
明可はいつか自分たちもその日が来るのかと思ったが、口にはしなかった。
参謀長の透はいつものようにふらりと仮設司令部である天幕の外に出た。惟義から透の護衛の役目を頼まれている武瑠も近くにいる。
ぼーっと景色を眺めているように見える透に、武瑠は何とはなしに話しかける。
「何かおもしろいモノあった?あんま良い景色には見えないけれど」
両岸の幅は大きいが水は細々と流れる川、唐突に現れては消える点々と存在する森、荒地の目立つ低めの山々。武瑠は目の前の風景が美しいとは思えなかった。
すると透は呟く。
「ここで、たおす」
「え?なにを倒すって?」武瑠は思わず聞き返す。
透はおもむろに指し示して言った。
「この地で、ドラクル公を、たおす」
……
…
惟義たちはウル・ハム国の滅亡を確認し、南奧州へ帰還する。
透は主任参謀である魁世を呼び出し、自身の策を告げた。
「うんうん、不思議と負ける気はしない。本当に透が味方で良かった。作戦は?」
「さくせん名は、破龍作戦」「おおーすごい」
……
…
群蒼会は話し合いの末、ドラクル公との戦争、戦争目標はドラクル公の討伐を決定する。
この決定が、ウル・ハム国なる国の滅亡を目の当たりにし、ドラクル公の性質を想像できてしまったことが大きかった。元から向こう側の一方的な何かしらの思想によって存亡にかかわる戦いが殆ど確定している中、ドラクル公の相手が弱ったと見るや一気に弱った相手を喰らうその姿に、群蒼会内の穏健なメンバー、朽木早紀といった文官連がごく原始的な生物の持つ生命への危機感を持ったことは、なんらおかしな話ではなかった。
伊集院雨雪は呟く。
「やられる前にやらないと」
魁世は雨雪の前で謂った。
「始まるぞ。どちらが先に斃れるか、相手を撃滅するまで終わらない闘争の始まりだ」
惟義は鍛錬の中で、独り言つ。
「皆で、みなで絶対に生き残る」
群蒼会の総力を上げた戦いが始まる。




