第六十一話 境遇
はじめては九歳のときだった。父は外交官で、家族みんなで父の管轄する国と地域を旅行していた。そこは紛争地帯でもあったけれど、現地政府軍の手にあった場所しか訪れなかったし、あの時も安全都市宣言のなされた一都市にやって来ていた
今思えばボクの父は、“父”はとても不用心だっよね。いくら一定の地位にあって常に正規軍に守られているからと言っても、家族旅行をそこで決行する神経はおかしいと思う。自分の功績を家族に誇りたかったのか、それとも単なる慢心か仕事の一環だったのか、もう顔も思い出せない今では想像すらもできない
「テロで正義は揺るがない。そして正義を信ずる我ら先進国は斃れない」父はよく言ってた。そんな父がテロで爆殺されるなんて笑っちゃうよ
組織は父と母、ボクと弟が乗っていた車には十数年も前に遠隔操作の爆弾をセットされていて、隙を見て父を殺すのを何年も待っていた。用心深い父の今後二度と訪れないかもしれない隙、それはボクたち家族が来た時だと判断した
どうしてボクが知っているのかって?実行した人がボクに懇切丁寧に教えてくれたんだよ。実行犯や組織の幹部は唯一の生き残りのボクを神の魅入られた童とか何とか云ってた。父はそんなに脅威だったのかと素直に感心したし、そんな父を十数年の作戦で殺した奴らを凄いと思った。いつか病名で被害者と犯人が心で通じ合う病気があるってことを知ったけど、あの時のボクはその病気だったのかもしれない
けどボクを組織の勢力圏まで拉致し、組織の長の寵童にされるか“人間地雷探知機”にされるかどっちか選べと言ってきた時は流石に怖かったよ
まあ結局どっちも経験するんだけど
ていうか改めて何でこんなこと聞いてきたんだヨ、魁世
え、似た境遇の子が自分の部署にやってきた⁈扱い大変だろうけど頑張ってさー
……
…
魁世たち群蒼会、南奧州は常に人材不足にある。領地内の生産力向上と行政能力の拡大と軍拡の三つを同時並行で進めようとすれば、人が足りなくなるのは必然だった。
そこで各部署の群蒼会メンバーは各々の方法で人材集めを始める。だが通常のそれぞれの業務もあって人材確保はそう容易に進んでいなかった——
第一局総務部の斉藤操、彼女が元の世界で高校生だった頃の趣味は少し変わっており、実在の人物、例えばクラスメイトの男子が登場する描写強めな男性同士の恋愛の漫画を描くことだった。
当然他人に謂える趣味では無いのでクラスメイトは当然、家族にも秘密にしており、やっていた事実も現物も墓場まで持っていくつもりでいた。ただ、似た気質を持つクラスメイトの芹沢伊予、現在では同じ第一局に所属している彼女とだけは、描いた漫画を共有して語り合う程度の仲であったが。
操は漫画にリアリティを求める為に、登場するキャラクターへの造詣を深めることが目的で、現実の男子クラスメイトたちの性格から何から何まで知る必要に迫られる。
だが操は、自分が多数の男子と話すような柄で無いことは分かっており、教室の後ろではしゃぐ男子を気付かれぬよう耳や目端をつかって観察することに徹していた。
話口調、息づかい、身振り、動作、その他様々な人が他人に見せる情報を隈なく集めて、漫画用紙の上に一つの人格を再構築する。再現したキャラクターの再現度が高ければ高いほど、漫画として面白くなる状況に、操はそれなりに幸せだった。
不満点があるとすれるなら、男子クラスメイト達の意外な表情、例えば一つの感情に極まったキャラクターを見たいという欲求が満たされないくらいであろうか——
操は人を見分ける力に長けている。雨雪は操のそれに気づいてから、操に南奧州行政の一般職員面接の可否を全て任せ、一人で南奧州内の人材の発掘する仕事を命じる。
しばらくすると、操が面接し分別した、それぞれの群蒼会メンバーと働くに適した人材が各部署に配属される。
第三局の魁世の元に来たのは鉛がかった灰色の髪を肩で短く切り揃え、紫がかった切り目な少女。指定の時刻ぴったり五分前に魁世の前にいた。フィーリアは緩みない双眸で上司を見る。
「本日付で第三局に配属されました。フィーリア・クラウトンです」
「うん、よろしく」
魁世は操から送られていたフィーリアの人物評を見る。
“——卓越した事務処理能力を持っています。まだ長所を隠し持ってると思うので、頑張ってください”
あの、一体何をどう頑張ればいいんです…?
とりあえず魁世はいくつかの仕事を任せてみる。
中でも、魁世は仕上げ何日もかかるが執権雨雪からはよく手直しを命じられて頻繁に第一局へ行く原因の一つとなっていた保安隊の執権への報告書をさせてみた。
するとフィーリアはなんと翌日に完成させ、雨雪に提出してみると特に何も言われることが無かったという。南奧州の官僚たちの間では満点回答でお釣りの出るの文書を作成した。
確かに事務能力に優れている。魁世がそれを認識しはじめた時にそれは起きた。
「局長、もうすぐ工業部と農務部合同の新式農具の開発会議です」
「え?——あ、ほんとだ」
魁世は二重に驚いた。魁世が懐に入れている手帳には確かにフィーリアの言った通りのことが書いてある。しかし魁世はフィーリアに自分のスケジュール管理を任せていない。
「教えてくれてありがとう。よく知ってたね」
「いえ、仕事ですので当然です」
だからまだ仕事にしたつもりは無いんだけどなぁ
フィーリアが勝手に自分の手帳を見たとは考えたくは無いが、彼女が知るはずの無いことを知っていることは魁世からすればちょっとした恐怖だった。
「ニイロ様、小職は何もやましい事はしておりません。他の職員の方々が局長の御多忙を案じて、小職に対して皆さんが知っている局長のご予定を全て共有して下さったのです。小職はそれを総合して今申告いたしました」
たった数日で既にフィーリアは他の職員からそこまで信用されていて周囲も認める有能であると、魁世は認めざるをえない。認めざるをえない、どうして否定的であるのかといえば、これまで予定を魁世が自分で管理していたことを第三局、軍務局、保安隊の事務方の者達が問題視して新人のフィーリアに任せようと判断させるほど魁世の自己管理が雑であることを突き付けられたことになるからだった。
「な、なるほど」
今度は心を読まれているのではと別の恐れが出てきたが、けっきょく魁世はフィーリアを軍務局での参事官、第三局では最側近の補佐官に任命することにした。
……
「あれ?ここに置いてたナメクジの木彫り無くなってるんだが」
魁世の問いにフィーリアは端的に答える。
「捨てました。不細工ですし不要ですので。代わりに瓶をおいて花を生けました」
魁世の趣味でおいた歪な置物が排除され、花瓶ひとつ置いたことで、執務室に文字通り花がうまれた。フィーリアによる整理整頓もあって雰囲気が変わったことはいうまでもない。
「え?えぇー」
「それと牛蒡茶に淹れ方を少々工夫しましたので、どうぞ」
そう言って魁世の机に温かく香る牛蒡茶が置かれる。魁世は一言云う前にそれを飲む。
「美味い」
これまで自分で淹れてきた代物が汚水だったと感じるほど色沢も香りもいい牛蒡茶だった。
「事前に器を温水で温めた後にお茶を入れました。他にも少々手を加えましたが、いかがでしょう」
魁世は飲み干してから文句の一つも言ってやろうと思ったが、やめた。
非の打ち所が無いからだった。




