第五十八話 魁星と龍公Ⅱ
魁世とドラクルは実は今日が初対面となる。群蒼会メンバーで既に会ったことがあるのは帝国義勇軍を率いていた時の惟義、明可、直の三人である。
「たしかバーバルって名前のムシ?が挨拶に来てくれましたよ。すぐに帰ってしまいましたが」
「あぁ、あの時は我が配下の者が世話になったな。あと敬語は使わなくてよい」
勿論ただの挨拶でも世話でもなく、魁世たちがスルガ王国の侵攻軍を撃退した際、直後スルガ王国との条約を理由にドラクル公四騎士の蟲人バーバルが単体で攻撃を仕掛けてきたことと、それをなんとか退却させたことを指す。
カチコミの目的や今回の打毬の会はどういった目的なのか?魁世は威力偵察の類なのかと勝手に解釈していた。
「名乗っていなかった。僕の名前は新納魁世、新しいに納涼の納、魁に世界の世だ」
するとドラクルは少し驚いたような表情をする。
「動揺はしとらんのか、他の連中は初対面の時に随分と儂を警戒していた」
「鎧とか着ていないから、ですかね」
魁世はドラクル公の上等であろう井戸の底も様な色のローブを見ながら言う。
「くくくっ、儂自体に威厳と畏怖は感じないという訳か」
「人に依りけりだと思いますよ」
ふと魁世は横を向く。そこには先ほどの店員が青い顔をして注文ボードを持ったまま立ちすくんでいた。
「——店員さんが注文を待っていますよ、一旦何か注文してはどうですか」
「敬語は止めて構わんぞ。ええとそうだな、お前は何を注文した」
「ワフー・ハンバーグってやつです。人気らしいです」
「じゃあ儂もそれを頼もう」
店員は三度も注文を反復してそそくさと厨房に戻った。
「“和風”ハンバーグとは、もはや隠す気も無いな」
「ドラクル公の元いた世界もハンバーグあったんですか」
「多分だが同じだろう。そうだな、新京大学を知っているか?」
「シンキョー大学?知りません。地方の大学ですか?」
「地方、いや早慶新理と謳われたくらいには有名だったが」
「それを言うなら早慶堯理ですよ」
「……。恐らく違う世界から来たのだろうな、類似している異世界。こういう興味は尽き無い」
「じゃあ仲良くしましょう。そうだ、こっちの別世界人の集団とそちらの集団で協力か、ないし互いに干渉しないっていうのはどうでしょう」
魁世の提案にドラクル公は笑う。
「お前は今二つのミスを犯した。一つは自分以外に異世界人がある程度には存在し、しかも集団と呼ぶくらいには徒党を組んでいると儂に教えてしまった事。もう一つは——」
先達の指摘に魁世は両手をあげて降参のポーズをとった。ポーズだけだが。
「協力を仰がないといけない程に余裕が無い。そうですよその通りですよ、こっちはこの世界に来たばっかりで孤高を貫くほどの力は皆無です」
両手をヒラヒラさせそれでも利点を説いた。
「けど魅力的じゃないですか?協力していくって。だって別世界の人の存在が多数派の宗教で認められていないこの世界では僕たちもドラクル公も本質的に孤独ですから」
するとドラクル公は少し困ったような顔をした。
「お前たちと違いこちらは既にこの世界を支配している。だからお前たちの協力など要らんのだ。
先に言っておくとこちらもお前たちのように異世界人で秘密の組織を作っている。組織の構成員は何十年もかけて各国の要人や君主に成り代わり、この世界を脅威から守ってきた」
えぇマジか
「世界って言ってもそんな、星で表すと角っこでは」
魁世は空中に指で五角形の星を描き、一角をなぞった。
「確かにその通りだ。我々の組織は現在のところ惑星で見れば八分の一程度しか支配できていない。だが我々の理念としてはこれで十分なのだ」
「支配、それは五列強も含まれるんですか?」
「そこまで教えたら面白くない。儂が君主としているから、既に列強一国は傘下にあるな」
魁世は前の世界の与太話で知っていた世界を裏から支配する秘密結社の存在を思い出す。
「ちなみにその秘密結社の名前は何でしょう」
「“異世界合同委員会”だ。単純に“委員会”とも呼ぶ。これでも皆で熟考したのだぞ」
ドラクル公は話の内容のわりに自然な笑みを浮かべる。
「それってシンキョー大学の出身者で構成されているんですかね」
「その通りだ。そもそも新京大学の文学科全員が丸ごと転移してきたから当然だな」
「へーそうですか」
魁世が相槌をうった時、店員が注文したワフー・ハンバーグのセットを持ってきた。
今回の店員は男性であり、いつの間にか他の客は全員いなくなっていた。
「うまいな」「美味いっすよねー」
互いに素直な感想を述べた。
「実はこの醤油は委員会メンバーが発案し、この世界に広めたものだ」
「感謝します先輩」
魁世はごくごく自然にドラクル公を先輩と呼んだ。
「ところでお前たちの組織名は何と言う」
「群蒼会、群衆の群に顔面蒼白の蒼」
魁世はドラクル公の質問に躊躇なく答える。群蒼会も合同委員会と似て秘密結社の側面を持ち、その存在を外部の人間に教えるのは原則禁止だった。
「群蒼、そんな言葉があるのか」
「ないない。造語ですよ、造語。考案者いわく外部の人間を混乱させる罠らしいです」
正確には考案者の宗方透を擁護した新田昌斗の弁である。
「不満そうだな」
「不満っすね。僕はその命名に反対しました」
声は本音をさらけ出しているが、ナイフとフォークを丁寧に扱う手は変わっていない。
「——その群蒼会に不満があるなら儂らの合同員会に来ても良いぞ」
ハンバーグを切り、視線を下げたまま魁世は言う。
「組織の理念次第ですかね」
「簡単だ。自分たちの住まうこの世界を自分たちの良いようにつくり変え、管理する。そのためには何でもする。そういう組織だ」
「へー、例えばどうしようも無い勢力が脅威になったらどうするんです?」
「“奴ら”のことか。あの三人から聞いたのだろうが、今のお前たちにはどうしようも無い自然災害、天災みたいなものだから気にしても無駄だ。せめて目立たないようにする必要はある」
目立たないようにする。魁世はその言葉が妙に引っかかった。
「もしかして“奴ら”とはコンタクトがとれている感じですか」
「さあな、組織に入るなら教えてやってもいい」
もったいぶらずに言えよ。面倒くさい先輩だな
「お前たちの群蒼会が対等な立場で合同委員会に編入する。相応のポストも用意しよう。なんせお前たちは一年足らずで広大な領地を統治する地位と力を得た、決して分不相応では無い」
うーん
「もう一声って感じですねー」
魁世はそうぬけぬけと言ってのけ、ドラクル公は顎に手を当てる。
「では言い方を変えよう。儂らに服従しろ。でなければ滅ぼす」
空気が変わる。
厨房の方から皿が落ちて割れるような音が客席まで響いた。
「お前たちが何をしようとしているのかは筒抜けだぞ。秘密にしているのだろうが、大砲に鉄砲、火薬を作ろうとしていることは既に委員会で把握済みだ。そして火薬に至っては行き詰っていることも知っている。大型船舶の造船はもっと分かりやすい、一隻造るのに一山禿げると言われているというのに。バレない方がおかしい」
「お前たちは監視されている。火薬の件だが鉛や硝石が無いのだろう?それらを他国から輸入しようとして何者かに妨害されている。首謀者は儂らだ。この世界、少なくともお前が知っている国々の貿易は全て握っている。残念だが知識があっても材料が無くてはどうにも為らんな」
魁世は反抗に出る。
「硝石は問題無いです。自作できる用意が——」
「どうせ硝石丘法だろう。それがモノになるまで数年、集団で使えるよう貯蓄するのに更に数年、その時まで攻めてこないと思うか?
それに儂らが“銃ごとき作っていないと思うか?”」
ドラクル公はドラクル公国の君主であり、十数年前に建国された比較的新しい国である。だがそれが示すのはドラクル公には魁世たちと違い少なくとも十数年も時間があったことである。
全ての貿易を掌握している?言葉通りならば恐らく五列強の全ては合同委員会の傘下であり、もしくは国の中枢に委員会メンバーが潜んでいることになる。
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