第五十一話 打毬の会Ⅰ
打毬の会には伊集院雨雪や朽木早紀といった群蒼会の女性陣も観戦に来ていた。
それぞれが南奧州の内政全般を司る“執権”、その下の第二行政官の地位にある二人であり、基本的に多忙であるが、南奧州の高官であり、帝国を救った二十三の騎士ということで公爵から招かれ、こうしてやって来ている。
「なんだか放課後に男子の部活を見に行っていたのを思い出しますね」
早紀は目を輝かせている。対する雨雪はいつもの見た者を畏怖させる視線と端麗な表情を動かさず、静かに観客席に座っていた。
「お昼は榛名さんがつくったお弁当を皆で食べるらしいですよ」
「…そう」
どうして雨雪さんはいつもダウナーな雰囲気を出しているのだろうか?
いや、本当はその原因は分かってる。執権殿の脳内の大半占めていることは領国経営とかそういうものでは無く、結局は等身大の女子らしい悩みで
マシと言えることはそんな執権殿は南奧州の万事を司る人間としてその悩みが悪影響を及ぼしていないことくらいだって
そしてその悩みの原因である魁世にはそろそろ態度をハッキリさせて貰おう。早紀は心の中でひとり決心した。
「えっと、軽食でサンドイッチ作ってきたのですよ。雨雪さんも食べますよね」
「じゃあ頂こうかしら」
すこし機嫌が良くなった、かな?
……
…
一チーム四人で二チームに別れ、馬に乗ってパターゴルフのスティックのようなもので球を打ち、相手チームのゴールに入れば得点になる。より多く得点した方の勝ち。
広大な芝生を縦長に仕切られたフィールドの上で行い、辺の短い方には棒で仕切られたゴールゾーンがある。
打毬で使う球の大きさはゴルフボール大であり、馬を走らせながら芝生の上の球をタイミングよく目標に向けて打ち出すのは決して簡単なことでは無い。つまり他スポーツと同様に日々の練習が欠かせない。
あとは貴族の論理、所謂紳士ルールに則って進行する。
馬はその価値が元の世界の乗用車か性能によってはそれ以上の価値があり、当然死ぬまで管理が必要である。庭園は芝生の定期的な水やりや肥料の散布、木々の剪定、それらを行う人員といった大変な労力と富を必要とする。
これを維持しているということが富裕を意味し、ポロとは単なるスポーツでは無く、上流階級が上級階級であることを誇示する遊戯である。
またこうした会を開催する理由は貴族が集まり、互いの情報交換を行うためでもある。
今回は帝国で権勢を誇る公爵の主催とあって殆どの名のある帝国貴族がやって来ていた。
「一回戦は誰だ?うむ、すまんが文字が読めん」
「惟義、お前は俺たちのリーダーで、しかも唯一の貴族なんだから文字くらい勉強したらどうだ。まあ、俺も大して読めないんだが」
惟義がトーナメント表を見て唸り、隣の明可も同様だった。
傍から見ていた直がなんでも無いように答える。
「スールー男爵だ。よくは知らんが、まあ公爵御一派であるくらいだな」
「それはつまり、全力で戦って良いという事だな」
惟義は公爵では無いし、自分と同じ男爵であることからそう判断した。
「そもそも手を抜くことがあり得ない。確かに上位に貴族には配慮が必要かもしれんが、相手をおだてる為に実力を発揮しない方が失礼だ」
明可の弁に惟義は大きく頷いた。魁世も口を開く。
「ま、あれだ。普通に相手が強いかもしれないからな。真面目にやって損は無いだろ」
今回、シマヅ男爵の代表として出るのは当主である惟義、百足隊隊長の明可、青菱隊の直、同じく武官の魁世の合計四名である。
昌斗を含め他男子四名は補欠、つまりベンチだった。
ゲームが始まった。
昌斗は会場から少し離れた木々の生えた丘から眺めていた。理由として試合のフィールドだけでなく出店場所も含めた会場全体を見渡せて不測の事態に対応し易くするためだった。
この世界にテロの概念が存在するかは定かでは無いが、まず五列強のうち一角たるドラクル公から敵対宣言をされ、少なくとも自分たちはドミトリーズという星間国家なる謎の組織から刺客を放たれており、警戒はやって然るべきであった。
意義と効果があるのかは昌斗自身でさえ甚だ疑問だったが。
「お、やってる。いま勝ってんの?」
出店から肉の串焼きを買ってきた自称クラス一の弓取り、那須興壱が丘に登ってきた。
「有利であることに違いは無い」
昌斗は観客の群衆が囲っている長大な芝生と、そこで馬を駆ける魁世たちを見ながら端的に言った。
「ふーん、そっか」
興壱は串焼きにありつきながらも、少し不機嫌そうだった。
何故なら彼はこれに出場したいと思っていたからである。
丘には残りの二人(ベンチ組)も登ってきた。
「おぉーここから見ると壮観だね」
素直な感想を述べるのは南奧州の警備部部長の足柄琥太郎。
「ふーんだ。せいぜい大負けしてくればいいさ!」
琥太郎の大柄で引き締まった体躯の隣にいるせいで小柄な体がより際立っている少年、元少年兵の乃神武瑠。
先週から今日のために猛特訓をしていた昌斗たちであったが、一貴族で一チーム四人しか出場できない以上、参加できない者がいるのは仕方の無いことであった。
「なにが“タケルには向いてない”だ。そんなの関係無いっての」
大いに関係あることだが、愚痴を続ける武瑠には二重に関係なかった。
そうは言っても武瑠は怒りを引きずるタイプでは無いと、昌斗は元の世界での高校生活から分かってはいたが、最近戦いが無いために色々と溜まっているのかもしれないと思った。
その時だった
昌斗は背後の木々から二人分の気配を感じて振り返る。
そこには見知った。知ってしまった顔の少女二人がいた。
性別関係なくあせくせと働く時代と世界でありながら、二人の手の甲は頬と同じように皺一つなく、それだけでその二人が肉体的に働く必要の無い、やんごとなき人物であることは間違い無かった。
「久しぶりじゃない。マサト」
どういう訳か不敵に笑っている帝国第二皇女フラーレン、その後ろで申し訳なさそうに佇むのは第一皇女メーリア。
「皇女殿下にお目にかかれましたこと、誠に望外の喜びにございます。つきましてはどのようなご用件でしょうか」
いつもの無味無臭無表情、感情の籠らない声で昌斗は喋る。
だが何故だろう、興壱と琥太郎は昌斗の声音に些かの焦りのような何かを感じ取った。
皇女フラーレンは腕を組んで口角も僅かに上げる。
「じゃあ“ご用件”を伝えるわ。あんた達、あたしの名で打毬の会に出場させてあげる」
え、マジ⁈
「え、マジ⁈」
最初に反応したのは武瑠であった。
「そうよ。有り難いでしょ?」
「はい!」
武瑠は元気よく返事をした。
「しょうが無いなあー、かのフラーレン様のご命令なら従うしか無いなあー」
「みんながやるなら僕も参加するよ」
興壱はそう言ってのけ、琥太郎は苦笑いした。
「ふふん、流石は帝都を救った英雄たちね」
フラーレンは満足げに頷く。
あとは昌斗の意思次第、帝国の臣下たる騎士爵の昌斗に帝国皇女の下知を拒否する理由も権限も無いのだが、全員の視線が昌斗に向けられる。
「…恩賞は何になりますでしょうか」
聞いていた誰もが意外な発言と感じた。
何のための要求なのか?不敬と分かった上での発言の筈であり、昌斗の真意は分かりかねた。
「へえ、マサトって案外俗物ね。恩賞、恩賞か…そうね、優勝できたら余の直属の騎士にしてあげる」
黙って聞いていた興壱は自分の側近になることが褒美になると確信して疑わない様子に正直辟易した。いかに元の世界で女性遍歴が多くとも、いや様々な女性と出会ったからこそ分かるのである。“こういう女性”は“やめておいた方がいい”と。
「それって罰ゲームじゃ——」
「声が大きいよ!武瑠!」
武瑠の思わず出た感想を琥太郎がたしなめる。
「……。ありがたき幸せにございます。さっそく子細を詰めたいのですが、よろしいですか」
昌斗は内心はともかくとして慇懃に礼をして言った。
……
…




