第四十七話 ハイドリヒ・天城・華子Ⅰ
群蒼会メンバーの殆どは大した興味を示さなかったが、彼らの名目上の主人である帝国と先日侵攻してきたスルガ王国の間に講和が実現した。
この国は突如として属領南奧州に侵攻し、街道に伸びきった隊列を惟義たち属領軍に三方向から奇襲され、見事に壊滅した。
その後、本多直に捕らえられたスルガ王国国王は帝都に送還され、宮廷にて多額の賠償金を“帝国”に払うことで講和が結ばれた。これを魁世は「城下の誓いの逆バージョン」と揶揄したが、群蒼会メンバーは誰も反応してはくれなかった。
長年の内戦で培われた自国領を略奪することでしか兵隊に給与が払えなくなった体制が今回の侵攻を引き起こした理由の一つであり、スルガ王国にとって南奧州は管理し切れなくなった略奪特化の兵隊たちへの恰好の獲物と認識された事になる。
今後二度と似た理由で侵攻せれぬように惟義、明可、直を中心とする武官連中は“舐められないように”戦力の増強を図ることを迫られた。
対応を変えざるを得なくなったのは彼らだけでは無い。緊急時の連絡網の麻痺、他国を含めた情報収集能力の欠如、戦時という非常事態での現状の行政の脆弱性といった直接戦闘に関係ない分野でも問題が発覚した。
世間から所詮は若造共の国づくりごっこと揶揄されないためにも、雨雪たち文官も対応を急ぐことになる。
文官と武官を兼任する魁世はきっと多忙に明け暮れていることだろう。大勢にはそう思われていた。
現在、魁世は道行く人の誰もが振り返るような金髪碧眼の女子と一緒に馬車の中で揺れていた。
「なんだか暑いし、窓開けていいかな」
「いいですよカイセー」
不思議と甘ったるく感じたハイドリヒ天城華子の返答を聞いて魁世は窓を開ける。
「お、おお!帝都が見えてきた」
人は何か緊張していることや焦っていることがあると、話題を変えがちだと言われる。
「そうですね、けど帝都に着くってことはワタシ達二人きりの馬車の旅はもうお終いなんですね。残念ですよね?」
さてどう返答したものか
「ま、まあ帰りあるしね。うん」
魁世のなんとか絞り出した答えにハイドリヒ華子は大輪の花のような笑みをして応じる。
「カイセは帰りも一緒がいいんデスかー?ワタシもデース」
魁世は自然な動作で首筋を拭った。
……
…
事の経緯は帝国とスルガ王国の講和が成立し、侵攻軍を見事撃退した南奧州軍に褒美が下賜されるとのことで、代表して惟義に宮廷からの帝城への登城命令が通達されたことに始まる。
惟義は「うむ、皆で掴んだ勝利だ」「恩賞は群蒼会メンバーには均等にして配ろうと思う」「そもそも戦ったのは自分たちだけでは無い、三千もの兵士が戦場を共にして戦ってくれた。褒美を貰う権利は彼らにもある筈だ」「戦場で犠牲となった領民たちのことを皇帝陛下と宮廷は考慮しているのか?」といったように皇帝への逆心とも捉えられかねないことを平気に発言したが、魁世はともかくそれを宥めつつ、惟義は宮廷に赴いて形式上の戦果報告と褒賞の授与式に向かうこととなった。
魁世から言わせれば、そんなことを言い出しては有名な建築物をつくった建築家や王ではなく作業員といったこの世の全ての功績が全ての人に分担され、歴史に英雄が存在しなくなってしまう。そう思えた。
この時点では魁世は帝都に行く理由は無い。
だが商務部部長であるハイドリヒ華子も帝都に赴くということになり、彼女の強い要望で魁世も一緒に行くことになった。
魁世が管轄する工業部は群蒼会メンバーの知識を用いて石鹸、陶磁器(仮称)、元の世界由来の農耕器具といったものを作っており、それを現在独占して販売しているのは商務部である。
今回の惟義の宮城への登城を機に貴族、ひいては帝都での販路を広げようというのが華子の思惑であり、製造側の責任者として魁世も同行して欲しいというのが理由だった。
「立派は馬車だなあ、しかも二台。どこで手に入れたんだ?」
「キリシマさんから借りました。喜んで貸してくれましたよ」
帝国を中心に活動するキリシマ屋は最近では属領軍の兵站管理を委託されており、その仕事で手一杯になった影響で通常の商売で使う上等な馬車を使わなくなっていた。放置しているのも勿体ないため、使用料も貰えるということで華子たち商務部に貸していた。
「それで僕と惟義はどっちの馬車に乗るかんじ?」
「嶋津コレヨーシはあっちの馬車、ワタシとカイセはこっちです」
ん?ちょっと待ってくれ
「……まあ、階級が違うからな。惟義は男爵、僕たちは騎士だ。表向きは待遇を差別化しないと、うん」
そうだよな、変な勘繰りをする僕がよくない
「じゃあ乗りましょう?カイセ」
華子に導かれて魁世は馬車に乗った。
ちなみに商務部という名称は対外では用いない。そもそも商務部という呼び名も魁世が適当に名付けた代物であり、彼が行政の商業における役割が何であるのか理解しきれていない証拠である。
対外での呼び名は“ナンオウ商会”と言い、いわば属領南奧州の国営企業的な存在であった。




