第四十八話 ハイドリヒ・天城・華子Ⅱ
かつて帝国全盛期に敷設されたという“帝国の道”を馬車は走る。
その乗り心地と速度は単なる野道を走るのとでは全く違った。
「カイセは色んなモノをつくっていますけど、特に石鹸は革命的です」
「実際につくったのは工業部の人たちだよ。作り方を確立させたのは研究部の但木翠、僕は適当に方向性決めただけだよ」
「それでも凄いです。すでに南奧州では大人気ですよ!」
華子はコロコロと笑う。魁世は綺麗な女性に褒められることに悪い気はしなかった。
むしろ嬉しかった。工業部の主要工場があるケイヒン村の職場は同性ばかりであり、一緒に旧領主の館で暮らしている藍たち三人に仕事の話はしないし、当然褒められたことも無い。魁世は我ながら単純だと思いつつ、華子との会話は続く。
「ですけれど、販売して得た利益のカイセへの還元が十分でないと思います。組織としては当然なのでしょうが雨雪さんは厳しすぎると思います。だって頑張っているのはカイセですよ?もっと報われるべきです」
魁世は少し考えて言った。
「雨雪、いや執権殿も執権殿なりの考えがあるんだと思うよ。それに」
「それに?」
「僕は以前に色々とやらかしているからね。財布の紐を握られるのは仕方無いよ」
今度は魁世が困ったような表情で笑ったが、反対に華子は口を一度閉じた。
だが沈黙は一瞬で華子は微笑みながら会話を再開する。
「明後日には皇帝陛下との謁見ですよね?明日は帝都でなにか予定はあるんですか?」
そして華子は次の言葉を発しようとする。だが、魁世はごく自然に次の言葉を待たず返事をした。
「うーん折角だし、セールスマンをやってみようかな」
「……そうですか」
……
…
惟義の皇帝への謁見を明日に控え魁世はある貴族の邸宅を訪れていた。
目的は皇帝直隷、惟義傘下の騎士としての挨拶周りであり、貴族とより良い関係を築く為である。だが別の目的として工業部の作った石鹸といった製品の訪問販売もあった。
「なんでも三倍の敵を打ち倒したらしいではないか。この間の異種族連合との勝利もだが、さすがは“新芽の将軍”コレヨシ男爵殿とその仲間たちよ」
「いえ、これも皇帝陛下と子爵様をはじめとする良識ある貴族の方々のご厚意があって成せるものです。今後とも我ら若輩者にご指導賜りたいです」
異種族連合との戦い、スルガ王国との戦いで貴族からのご厚意もご指導も受けてはいない。
帝国軍務尚書、それが魁世の目の前に座る子爵貴族の持つ役職である。
「軍務尚書閣下、突然なのですが…」
魁世は自分を一流セールスマンだと心に念じながら次の言葉を放つ。
「まずこの石鹸っていうのはあ…」
「は?せっけん?何だ?それは」
魁世は石鹸の説明をする。
「体や服を洗う時に使います。泡が出て、便利ですよ」
「便利?何が便利なのだ」
「え?そりゃあ汚れがよく落ちるってことですが…」
しばし沈黙が流れる。
「じゃ、じゃあこのティーカップなんてどうです…?」
魁世はおずおずと白いティーカップを箱から取り出し、軍務尚書に見せ触らせる。
「ほおお、白く美しくこの肌触り、どうやって作ったのですか」
魁世は今度こそ成功だと思った。
「それで、これはどうやって使うのだ?酒でも入れるのか?」
「え?いや、ティーカップですから紅茶ですよ、紅茶。紅茶を淹れて飲むんですよ」
「ふーむ、たしか遠い異国では滋養として“茶”という飲み物が飲まれると聞いたことがあるが」
「そう!それです!どうです?この白くて美しい器で飲んでみたくありません?」
「いや…茶の葉を持ってないのでな…」
その後も魁世は様々な商品を紹介した。
脱線した会話は盛り上がったものの、肝心な商品の買い取りに関しての子爵の反応は芳しくなかった。
魁世は自分の営業センスの無さを嘆いた。
「もう、いいっす。これ無料であげます。本日はありがとうございました…」
「もういいのか?ニイノ殿と話せて楽しかった。また来るのだぞ」
魁世は礼をしつつ、肩を落として子爵邸から出た。
魁世は華子が用意した帝都一の評判で知られる宿屋に帰っていた。
「おーカイセー!お帰りデース」
笑みと見透かしたような貌をする華子に魁世は苦笑する。
「はははっ、どんな結果なのか聞かないんだね」
「聞いて欲しいんですか?」
これは敵わない。僕に商いの才能は無いかぁ
「華子は領民だけじゃなくて地方貴族にも色んな物産を売って利益をバンバン出しているって聞いたけど、華子はどうやっているんだ?」
華子は少し思案する動作を見せて答える。
「うーん、どの国と地域においても一般に上流階級と呼ばれる人たちは“一点もの”とか“かの有名な誰々も持っている”と言えば多少値が張っても買ってくれますよ」
「初めて売るものだったらどうするんだ?」
「Aの大商人に売るときはB伯爵にもお買い上げ頂きましたって言って買ってもらい、その後直ぐにB伯爵の元に行ってA大商人も買ってくれましたって言って買ってもらいます。買ってくれなければ値引きしてでも買って貰います。なんならその場に商品を勝手においてしまいます」
「……えぇ、それって詐欺じゃないか」
魁世はちょっと引いた。華子がそんなに無謀な手段を強引に用いる人と知って少々落胆もした。
すると華子はクスクスと笑いだした。
「さすがに冗談デース。
真面目に言うと、最初にしっかりと身分、この場合で言えばあの将軍コレヨーシの配下であり、御用の商人だと告げます。まずは小さな商品を売って少しずつ信用を得ていきます。大した用がなくても定期的に訪問し、あなたはワタシ大事なお客様であると認識させます。そして何も買い手は貴族本人で無くてもいいです。なんならワタシの大抵の顧客は貴族の御夫人方です。男性が多くを占める商人たちの中で頑張っている同性のワタシを応援する…そんな効果も狙っています。
それに単に商品の利点だけじゃなくて、それを手にした時の買い手の利益を買い手自身に想像させることです。恩着せがましいと嫌われますからね」
きっと今話したことはほんの一部であり、この手の才能は群蒼会の中では華子しか持っていないだろう。魁世は聞いていて思った。
「凄いな、けど僕はそのテクニックを聞いても活用できる気がしないよ」
「カイセに営業センスは必要無いデース。カイセにはもっと大事な役目がありマース」
華子は悪戯っ子のような目で魁世を見る。
「揶揄はないでくれ。僕はそんな大事な役目を負う器は無いし、資格も無い」
なんせ僕の行動原理は世界全体から見たら小さなことだから
「ふふっ、面白いデース。自分の責務を全うしないことは罪深いことデース」
白色金髪は夕日できらめく。
魁世は思わず見惚れてしまったが、視線を慌てて外し言った。
「そうだ、そういえば惟義はどこに行ったんだ?そろそろ宮廷貴族への挨拶周りが終わっている筈だが…」
「それなら先ほどコレヨシの部下から連絡が入りましたよ。帰りは遅れるそうです」
華子は自然な口調で返答し、続ける。
「なので今夜の夕食は二人ですね。もうお店の予約はできてマース」
碧い双眼は艶やかに瞬いた。




