第四十六話 軍務局
魁世は内政の一端を担う第三局の他に、属領軍の後方支援を担当している。
正確に言えば兵站という言葉を使うべきであるが、魁世が兵站に関してまだ勉強中であるため、表現のぼやけた後方支援という言葉が表現には正しい。
軍務局局長、階級は少佐。少佐という軍隊では士官、佐官級に該当するそれなりの地位である(元の世界で表すなら、少佐は潜水艦の艦長を務めることのできる階級である)が、彼が軍人として持つ部下は無いに等しく、できたばかりの第三行政局の職員へ二重に役職を与え、軍務局の人員に充てている始末である。
そんな使えないに等しい軍務局が三千人+三百人の衣食住を担える筈がない。だが兵士への補給を途絶えさせるわけにはいかない。
せめて軍務局が使えるようになるまでの期間、その間の苦肉の策として魁世のとった方法はあまりにも単純だった。
「ホントにキリシマさんには感謝しか無いですよ」
「いやあーしっかり報酬はいただいていますので、仕事をしているだけですよ」
「「HAHAHAHHA!!!!」」
民間への業務委託である。
異種族連合との戦いで、惟義たちの率いた義勇軍の食糧等の支援を一番にやってくれていた商会、キリシマ屋。
彼らの目的は義勇軍に恩を売り、対価として人間による商圏を広げてもらうことであったが、魁世としてはその手腕を高く評価しており、義勇軍が属領軍となった今でも補給関係はキリシマ屋に委託することにした。
当然、キリシマ屋には少なくない委託料を払っている。だが魁世からすれば調達から保管、補給を人員も含めてやってくれるのだから、むしろ安いとすら思っていた。
同時に魁世はキリシマ屋に軍務局の職員を随行させて兵站を学ばせていた。
商人から学んだことが果たして戦争で役立つのか?答えはまだ分からない。
「せわしないですな。今度はどちらに?」
キリシマはどこか声が上がっている。ニイロカイセという人間がこれから何を始めるのか、見ていて楽しかった。いま自分はそれを外から支えている、もし、もっと関われるのなら。
どうせなら臣下になるのも良いかもしれない。この証拠もない筈なのに確固たる自信があって、光ものを見せようとしてくるニイロカイセという人物に、キリシマは今後の人生を預けてもいいと思いはじめていた。
「僕も軍隊をつくろうと思っていてね、これから兵隊の募集と隊長探しさ。あと、うちの大宰相に業務報告をしに行かないといけないんだよ」
兵員募集と元騎士や元貴族の家々を回ったあと、魁世は属領軍の司令本部に報告に来ていた。
「軍務局が期待以上の働きができるようになるまであと三年はかかる。この三年という期間は僕が管轄する第三行政局でも言えることだ。工業部でつくっている“画一的な武器”が量産体制に入るのも三年、住民を飢えさせないレベルにまで領内を発展させることを目的とする序はしがき計画が完了するのも三年の予定だ。いずれやることはもっと増えるだろう。
つまり僕が言いたいのは、仮想敵国であるドラクル公国を“相手にできる”程度まで国力、戦力を増強させるには最低でも三年。三年間は戦争を起こすわけにはいかない」
聞いているのは司令官たる惟義に百足隊の明可、青菱隊の直。机に突っ伏している参謀長の透もいる。そして
「えーつまり、つまりですね。今は雌伏の時であると…」
だんだんと歯切れの悪くなる魁世の視線の先には一人の女子がいた。そしてその後ろには能面のような表情の男もいた。
たまらず明可はその女子に苦言を呈す。
「雨雪、なにしに来たんだ。魁世が委縮しているだろ」
属領南奧州執権、領内の内政のほとんどを司る伊集院雨雪は監察官の新田昌斗を連れて司令本部にやって来ていた。
「監視よ。魁世、魁世に扇動された人たちがまた変なことをしないように監視に来たの」
直は苦笑いしつつ言う。
「ふっははっ……なにもやましいことはしませんよ、執権殿」
その後も魁世の報告が終わるまでは雨雪は居座り続けた。
しばらくして雨雪が部屋から出た直後、昌斗も影のように続いて帰ろうとした時、昌斗は部屋に残っている惟義たちに顔を向ける。そして極めて事務的な声で謂った。
「魁世、次からはお前は雨雪の元まで行って監察してもらえ。せめて週二回、いや週一回は雨雪に会いに行った方がいい」
雨雪は八月五日の全体会議で、我が強い者が多くを占める男子が、全く意見せずに惟義が準備したであろう文章をそのまま読み上げ、それに無言で賛同する様を見ている。
“男子だけで事前に示し合わせている”、そう感じるのは仕方のないことであった。
だがそうなった大元の原因は昌斗が男子を集めるよう画策したことにある。
昌斗は言うだけ言って部屋から出ていった。
「うむ、その辺は任せたぞ」
惟義も退出する。
「んーん、朝から起きたせいでねむい。帰ってねる」
机に突っ伏していた透も帰る。
「俺も鍛錬の時間だ。戸締りは頼んだぞ」
明可も透に続いた。
司令本部の会議室には魁世と直だけが残る。
魁世は帰りの準備をしながら直に言った。
「言い忘れていたけどな、三年の内に兵力を三倍にする予定だ。三千を九千にする、僕もまずは千人規模の部隊をつくる予定だから、兵数としては一万程度にしようと思っている」
直はそれを無視して問いただす。魁世が“たった三倍の戦力増強”で満足する男と思っていない。
「——魁世貴様、なぜあの時何も言わなかった」
「あの時って、いつの」
とぼけるな、直は野生肉食獣の威嚇みたく歯を見せる。
「八月五日前夜の話だ。謀略の好きな貴様が、あの集まりで何の意見も見解も示さなかったことは気味が悪い、なんなら不愉快だ。何を企んでいる」
「そんなこと言われてもなあ…賛成だったから何も言わなかっただけさ」
困惑したように言う魁世だが、直は止めるつもりはなかった。
「貴様は分かっている筈だ。生物としての違いは精神構造が異なる可能性を示し、それらと接触することは極めて危険であると。何故言わなかった」
「なーんだ、直も分かった上で賛成したのか。いやあー仲間がいてよかったよ」
「ふざけるな、貴様と同じにするな。俺は現状のみを考慮して賛同した。宇宙艦隊がどうとかそんなことは考えてもいない。そんなものは考えても仕方ないからな」
「ん?それは直、群蒼会の原則である“生存の希求”から外れた行為じゃないか」
「あのレベルにまで達している勢力に対抗しようとするなど馬鹿のやることだ。
元の世界の歴史に置き換えて考えれば、我々は旧大陸の近代国家に追い立てられた新大陸の先住民と同じ結末を迎えることになる。貴様なら分かるだろ」
魁世は思わず吹き出しそうになった。反論が全く見つからないからだ。
だが魁世は直に迎合するつもりは無かった。
「実は直、僕は対抗策を考えているんだぞ。例えばまずこの世界を征服する。具体的にはこの惑星の外側全周囲を支配する。同時に僕たちをこの世界に呼び出した魔法、それを皇帝から教えてもらって使えるようにする。その魔法で星を覆う。星の外からやってくる攻撃を全て“別のどこかに転移させる”ことができるようにする。隕石を落とそうが、エネルギー砲が撃たれようが関係なくなる。言葉は通じるようだし、その後に講和でも結べばいい。
どうだ?この作戦」
今度は直が口を歪めて嗤う。
「ふっ、どこから……どこから矛盾と問題点を指摘すればいいのやら……ふっ……世界征服など……」
直の反応を見てもなお、魁世は臆面もなく口にした。
「本気さ。だから僕は明可たちに賛成した。あ、誤解しないでくれ。ドミトリズム世界政府との勝利とそれに付随する世界征服は“目的”では無い。あくまで手段、通過点だよ」
もうコイツとこの件を話す気は失せた。直はそう感じた。
だが最後に聞いておきたかった。
「貴様の、貴様だけの目的な何だ?」
魁世はニヤニヤと恥じらいながら返した。
「それはちょっと恥ずかしいから言えないなあ。けれど敢えて言うなら愛故に、かな」
それは放課後に誰が好きかと下世話な話に興じる男子高校生のようだった。
直は大きく溜息をついて、部屋から出ようとする。
「下らん。もう貴様とこんな話をすることは無いだろうがその机上の空論を諦め、いつか妄想が解消されることを願っている」
「直にもいつか分かるさ。それに机上の空論だって夢と感じれば悪い気はしないだろ」
魁世は真っ白気に屈託なく笑ったが、直は無視して退室した。
……
…
……
「その通りデース。愛を理由にすることは何も悪くないです。素晴らしいことです」
「けれどその愛には覚悟が必要です。覚悟なき愛は愛じゃないです」
「世界を支配し、世界をカイセと私の理想の世界にする。これこそが人間の本懐デース」
「だから、ワタシ頑張りマース。見ていて下さいネ」
「ワタシも、ずっと、ずぅーっと、いっしょです」




