第四十五話 ダークエルフ外人部隊
八月の決定は結論だけ言えば
“来るもの拒まず、去る者負わず、仇なすものはぶっ潰す!”
これは会議中に興壱が勢いだけで発言したものである。
だがこれほど現在の群蒼会の方針を如実に表した文章は無いだろう。
「そういう訳だから、トゥアンちゃん。これからよろしく!」
「我ら黒耳長人はお前たちと末永く、友誼を結んでいくことを確認した。共に助け会おう」
興壱は大変な長寿で知られる黒耳長人が『末永く』と言ったことが比喩とは思えなかった。
「そうそうこの地に我が一族が三百人ほど移住するから子細の詰めを頼んだぞ」
「へーそうなん……え、は?本気か?」
「?なんだ?弓の達人が三百丸々戦士として加わるのだ。問題ないだろう
そもそも貴様らは我ら黒耳長人の種族の利点を利用できると踏んだ上で、同盟を結んだのだろう?この属領南奧州に私たちを戦力として駐屯させるつもりだったのではないのか」
南奧州軍の指揮下に入ってくれるのか。いや待て、ちゃんと言う事聞いてくれるんだろうな?なんだか制御できない爆弾を抱え込んだ気がするんだが…
当然のように興壱が三百人分の衣食住を準備する気は無く、属領軍の兵站諸々が担当の軍務局局長、新納魁世が担当することになった。雨雪の領内中央集権化施策によって無一文となった小豪族や職の無かった者を集めて作った急ごしらえ建設部を総動員してトゥアンたち黒耳長人三百の兵舎をつくった。
場所は魁世の直轄であるケイヒン村。海に面しているこの村に船で直接来てもらうことになっていた。
前回の異種族連合との帝都包囲戦では直接武力で対立はしなかったものの、長い歴史の中で人間と争ってきた種族である。魁世としては彼女らがケイヒン村の鍛冶職人たちと上手くやっていけるのか心配であった。
だが事前に鍛冶職人たち、まとめ役であるムライに説明をあいたところ、なんともあっさりと了解したようだった。
「問題ないのか?ムライ」
「そんなこと言われましても、われわれ共は黒耳長人?との長い戦いの歴史なんぞ知ってはおらんのです。あいにく庶民は無学でして。先祖がどうだったかもよく分からない以上、恨む方が無理な話です」
禍根は無い。少なくともこの村においては。魁世はそう判断した。
続々と船から浜に降りてくる黒耳長人。魁世は案内人として彼女らを迎え入れる。
「えー海を越えて遠路はるばるご苦労様でした。歓迎会の用意はできていますが、その前に一つ聞いておきたいことがありまして」
すると魁世は何か書かれた一枚の紙を取り出す。
「皆さまの中に弓を作る方はいらっしゃいますか?」
三百の黒耳長人を率いるトゥアンが代表して答える。
「わたし達は幼少の頃から弓矢を狩りと自衛のために鍛えてきた。弓と矢はこの場の全員がつくれるぞ」
それを聞いた魁世は嬉しそうに言った。
「そういう訳なら、コレをつくってほしいんです」
魁世はトゥアンに取り出した紙を渡した。トゥアンは紙に描かれたものを見て呟く。
「これは…クロスボウか?」
「へーこの世界でもそんな呼び方するんだ」
横にいた興壱は素直な感想を述べた。
「こんなものをつくって欲しいのか?悪いが我らの長弓の方が性能は良いぞ」
「いえいえ、黒耳長人の弓の術を疑っているとかではなくて、これは僕ら人間が使うものです。あと、この世界のクロスボウとは少し違うものですよ」
魁世は興壱から聞いていた黒耳長人の弓の話から、ある仮説を立てていた。そして彼女の持つ弓矢をこの目で見て、魁世の中で仮説が立証された。
「あ、もちろん極秘で作ってくださいね。頼みましたよ」
彼女らは有事の際は属領軍の指揮下に入るということになった。
ほとんどを黒耳長人で構成された部隊、その名も“白鯨隊”
隊長は魁世たち南奧州(群蒼会)の面々への特使を任されていた女性、種族ではかなりの高位である大神官のニュー・ティオ・トゥアン。
興壱が初めてトゥアン達に出会った時、彼女らの支配域に向かう船で見かけたらしい白いクジラが由来である。
「もしかすると深い意味があるかもな!」
「頼んだぞ。白鯨隊副隊長の那須興壱」
惟義は属領軍の司令官として新たな部隊の創設を喜んだ。
……
…
「そういえば、お主らは何者なんじゃ?」
「……えあ?俺?」
明可は吸血姫エルジェベートに稽古をつけてもらっている。いつも明可はこうして汗だくになりながら日々鍛錬を重ねていた。
明可とは対照的に涼しい顔のエルジェベートは言う。
「お主らはたしかに余よりも弱い。だが一般の人間のソレを遥かに凌駕する力を持っておる。気になったのだ」
すると明可はあっけらかんと答える。
「別の世界から来た。いや、突然放り出されたのが正しいな。この世界では異界人という存在だな。皇帝陛下に戦争のための手駒として魔法っぽい何かで召喚?されて、色々あって今に至る」
当然、群蒼会において自分たちの正体を群蒼会メンバー外の者に教えるのは禁止である。なぜならこの世界の大半の人間に信仰されている宗教においては異界人という存在は禁忌であり、迫害を防ぐために正体を隠す必要があった。教義の緩い帝国でもこのルールは適用され、それは他国への漏洩を危惧してのことだが、魁世たちからすれば帝国も信用できないからである。故にこれまで群蒼会メンバーを除いて魁世たちの正体を知っているのは、明可が知っている限りだと皇帝に加えてドラクル公くらいであった。
明可は目の前に吸血姫に隠し事が通じるとは思っていなかった。だが何よりも師匠であるエルジェベートに嘘をつく気になれなかった。
「それは、国の方針によっては討伐される類の話でないか。なぜ簡単に言ったのだ」
「俺は嘘が下手だからな。素直に言うことにした」
エルジェベートは目を丸くする。不思議と赤い髪の癖毛が動いたようにも見えた。
「……このことが他言無用ということは分かっておる。安心せよ。だがそのような大事な事は容易に喋るものではない。余には問題ないが発言には気を付けるのだぞ」
懇々と諭そうとするエルジェベートに明可は独り言のような言葉を返す。
「師匠に隠しごとは良くないと思ったから、話した」
しばし沈黙が流れる。
吸血姫エルジェベートが何者でどんな人生を送ってきたのか、明可は知らない。出会って日も浅いのだから遠慮している。というよりも、自分に圧倒的な実力差を見せつけた明らかな上位存在。吸血姫キュティ・エルジェベート・ハーニアを心のどこかで畏れているために聞こうにも聞けていない。
だがそれと同時にエルジェベートを信頼していた。
自分は彼女を勝手に自身の精神の安定のための存在にしているのではないか?
この世界に兵器として召喚され、種族を問わず戦い、殺し合った。そうした容易ならざる世界で、進むべき道を示してくれる“先生”になってくれると勝手に期待している。
「——休憩は終わったぞ。鍛錬を再開だ!」
エルジェベートの声で思考の渦から現実に戻る。
どうやらエルジェベートは次に模擬戦をつもりのようだった。明可は一度として勝ったことは無い。
明可は息を整えつつ、剣を構えた。




