第四十四話 前夜
会議が予定された八月五日、その昨夜。
第三行政局局長の魁世の執務室には群蒼会の男子メンバーの殆どが集まっていた。
魁世は第三局局長とその中の工業部部長、土木部部長を兼任し、南奧州軍主任参謀に加えて軍務局局長に任官されている。役職数は執権の伊集院雨雪に次ぐ多さであり、文官と武官の二足の草鞋を履いているのは魁世だけである。
そんな彼の執務室はさぞかし立派だろうと思われがちだが、申し訳程度の花瓶と花、高さの不揃いな椅子と机が並べられた殺風景な部屋であった。
「うむ、揃ったな」
ドミトリーズ世界政府を名乗る者達に連れ去られた中井優輝。その優輝が連中に連れ去られる理由をつくった、より正確に言えば優輝を交渉材料として自身を、結果として昌斗とナルが助けることとなり、理由は推し量り難くも出奔した為信。二人を除く男子八名である。
「明日、クラスメイトが殆ど揃った緊急の会議がある。内容は先日明可が連れてきた吸血姫殿の処遇と、親書を持ってやって来た黒耳長人との関係をどうしていくか、大きくはこの二つだ」
惟義はそう言いながら他の男子を見回す。
「今夜の内にある程度の意見のすり合わせをしておきたい。思ったことを“ざっくばらん”に話し合って欲しい」
不揃いな椅子の一つに座る森明可は、疑問に思っていたことを素直に口にする。
「話し合うも何も、明らかに俺らとは一線を画す強さを持つ女性と弓に長けた黒耳長人の一族の二つが味方に付いてくれるかもしれないんだ。快諾してそれでいいんじゃないのか?」
壁に寄りかかっている本多直も被せるように発言する。
「惟義が言いたいのは、友好関係を結ぶのは前提として、具体的にどうしていくのか、ではないのか?名称とおおよそのスペックしか分かっていない吸血姫と、ついこの間まで帝国としては戦争状態で首都を陥落寸前まで追い詰めた異種族連合の内一つの種族、この二つとの付き合い方によっては、俺たちの上司というか主君である皇帝陛下様様と帝国上層部との間に重大な問題が発生するかもしれない。そもそも種族との関係は俺たち属領内で決めて良いのか、そうした諸々のことを話し合おうというのが今夜の話し合いの趣旨だろ。違うか?」
軽々しく皇帝と口にし、おおよそ敬意は感じられない声音で直は言う。
「うむ、そういうことも含めての話し合いだ」
惟義はいささか答えを曖昧にした。
なんせ惟義自身としては“こんなこと”をする気は無かった。前日の夜中にわざわざ男子全員集めて話し合っておきたいことがある、そう言ってきた意外な人物からの要望に応えてだけであった。
「ひとつ、聞きたいのだが」
黙って聞いていた新田昌斗がいつもの無表情のまま、おもむろに口を開く。
「私たちは“どこまでやるつもり”だ?」
その感情の読めない声と変わらぬ表情からクラスでは“能面”とあだ名を付けられていた彼だが、この時の昌斗の目はいつもよりも鋭く見えた。
「どういうことだ?昌斗」
昌斗の言動に違和感を感じ取った直は、反対の壁に立っている昌斗に問う。
「現在の我々は、この世界に来た当初と同じ何の生活手段も持たない状態では無い。世間的に見れば帝国騎士という特権階級の地位を与えられ、名目上は皇帝直轄だが南奧州という領地も持っている。これ以上、なにを望むのか」
昌斗の言動に直は言葉を返す。
「ほぉ?昌斗貴様、群蒼会結成の理念を忘れた訳ではあるまい。あの時に既に決まったことを今更掘り返すのか?」
“群蒼会はメンバー同士の助け合いを第一とし、その結束と決定事項は国家の枠組みを越えて絶対のものである”
“生存を第一とし、自由意志のある生活ができることが永久の原則である”
「これを元に行動するのであれば、既に我々が異界人であることを看破し、その上で我々を殺すと明言したドラクル公。の世界に似つかわしくない近代的な装備と銃火器で現れたドミトリーズ世界政府を名乗る連中。前者は五大国と呼ばれる強国の一角の国主であり、先日その部下に危うく殺されるところだったし、後者は刺客を送り付けてきて、なんとか対処できたが、こちらに特殊能力者が現れなければかなり危なかった」
直は昌斗を前にしながらも周囲の面々に視線を向けつつ続ける。
「このほぼ正体不明の二つの勢力に対抗するためには戦力増強は不可欠だ。貴様に言う“これ以上何を望むのか”という問いに答えるならば“どんな敵が現れても対処するためには常に全てを望み、強大になっていくしかない”、だな」
聞いていた者の中で特に那須興壱や乃神武瑠は深く頷く。
直の無二の親友と呼べる明可も概ね賛成だった。つづけて明可が昌斗に言う。
「俺も直と同意見だ、昌斗。お前の言いたいことは分かる、正体不明、つまり“俺たちが逆立ちしても勝てない相手”だった場合を考えているんだろ?たしかにドミトリーズ世界政府を名乗る勢力の装備を見る限り、少なくとも俺らよりも圧倒的技術を持ち、それを実行できる力があることは明白だ。
そんな相手に対抗しようというのが馬鹿らしく思うのは、まあ分からんでもない。だがな、それで諦めるのは違うんじゃないのか?」
興壱や武瑠も大きく首を縦に振る。
興壱も直を援護する。
「極論だが諦めたら殺されちまう。相手は少なくとも一つの国家を率いているんだから、進み続けるしかないだろ」
「そうだ!そうだ!」
武瑠は囃すだけである。
特に反応していなが惟義もほぼ同じ考えであり、昌斗の考えに賛同する雰囲気はこの部屋には無かった。
…
……
「全体会議の前に話しておきたいことがある?」
「突然だな。昌斗」
惟義と魁世の二人の前で昌斗は言った。
「今夜でいい。皆の、少なくとも男子全員の意思を確認しておきたい」
どちらかと言えば裏方の多い昌斗の意外な要望に魁世は訝しんだ。
「意思って何の」
「我々は異界人という極めて特異な状況にある。この状況は死ぬまだ終わらないだろう。つまり死ぬまで戦い続けなければならない」
なんとまあ極論、だがその程度は覚悟しないとまず土俵にも上がれないよな
「これは心身共に過酷なことだ。それが戦争であれ統治であれ。だから聞いておきたい、お前たちにその覚悟があるのかを。皆と話し合ったあの夜、あの時に決まったことを踏みとどまることのできる最後の機会だ」
コイツはなんて“イイやつ”なんだ
「昌斗お前、自分からあえて反対意見を言うことで他の奴らに考えさせようって事かよ。しかも自分は孤立すると踏んだ上で、か」
そう言う魁世に対して昌斗は僅かに、ほんの僅かに口角を上げて答える。
「っふ、単純に皆の覚悟がきまっているか知りたいだけだ。そうすれば私も色々と動き出せる」
昌斗が⁉昌斗が笑ったぞ⁉
……
…
「そうか、いや、今更のことを聞いて悪かった。私が聞きたいのはそれだけだ」
昌斗の突然の態度の軟化に直は反応する。
「なんだ、単に怖気づいたから弱音を吐いたのかと思ったが。違うのか」
少し剣呑だった部屋の雰囲気が元に戻っていく。
興壱は持ってきていた弓を徐に掲げて言った。
「つまり!目の前に立ち塞がる奴は誰であろうと!貴族だろうが帝国だろうが宇宙艦隊だろうが射って倒す!的は大きく簡単な方がいいからな!」
明可もそれに続けて言う。
「そしてどんな相手や勢力にも対応するために、味方を増やす。異種族でも上位存在でも仲間になりそうなら仲間にする。俺たちの勢力を広げる、これでいい」
無理矢理に話をまとめた興壱と、明可の言葉を最後に男子だけの話し合いは終わった。




