閑話 磔刑場の三人娘
第三行政局庶務部。異種族連合との戦いで魁世の作戦に謀られて利用された女子三人組が後に魁世から提示された“お願いを一人ひとつ叶える”という対価、三人が当面は働かなくとも給料が貰える仕組み(別途で騎士爵の給金がそれぞれ帝国から支払われている)として魁世がつくった仕事の無い部署である。
三人は第三行政局工業部の特区であるケイヒン村に住んでいた。
より正確に言えばケイヒン村で一番大きな家、かつてその地を治めていた領主の館。蔦の絡まるその古い屋敷は実は魁世の公邸で、彼女たちも館に住んでいた。
一応は家主にあたる魁世も職務上そこに住んでいる。館の北側、一番小さな部屋だが。
「今日もアイツはいないから私が料理当番ね」
「藍ちゃんさっすが」
「ツルカもお手伝いします!」
八田藍はエプロンを身に着けて厨房へ向かう。桑名鶴夏もパタパタとスリッパを鳴らしてついていく。
料理や洗濯、掃除は基本的に毎日交代の当番制にすることは魁世を含めた四人で決めていたのだが、洗濯や掃除はともかく料理に関しては魁世と藍の二交代制になっていた。
「じゃあ鶴夏はこの野菜を水洗いしてきて」
「わかりました!ツルカ、井戸に行ってきます!」
鶴夏は料理が全くできなかった。なんでも母子家庭らしく、ご飯は基本コンビニで済ませていたと聞いてはいたがまさか館に来て初日の厨房が当番の鶴夏によって小爆発するとは藍は全く予想していなかった。
「そういえば美美は廊下の掃除終わった?」
「今からやるって~」
平群美美は箒を持って廊下へ向かった。美美の場合は早々に料理を投げ出し、藍と魁世に泣きついてきた。本人いわくお菓子作りは得意らしいが、藍は美美がお菓子をつくったのを見たことは無い。
今夜の夕飯は牛すじシチューである。
「昨日もそうだったけど、四人分作るんだ」美美は何気なく藍を覗き込む。
「アイツがいきなり帰ってきてお腹空いたーって喚かれても困るから用意だけしとくの」
藍は淀みなく、調子を上げていく。
「いま戦いに行ってるのだって、強そうな敵と戦って勝つってことがしたくて、自分がのこのこ出て戦えばもっとカタルシスが感じられるって出て行ったタチ。バトルジャンキーの自己中、ほんと最低よ最低」
そこまで言ったところで、テーブル向かいの鶴夏が口の周りに僅かなビーフシチューを付けた口を開く。
「けど藍ちゃんは優しいです。魁世くんが帰ってくるって信じてる!」
鶴夏の曇りなき眼に他意はなさそうである。だが藍は溜息をしつつ一言言っておこうと思った。
「あのね、アイツは私たちを嵌めて、危険なことをさせた。絶対信用しちゃダメだし、次なにか頼まれても絶対に言う事聞いちゃダメ。アイツはせいぜい傷だらけになって帰ってくればいいの」
美美は親友が不機嫌そうにビーフシチューを頬張る横顔をまじまじと見つめる。
藍はその視線に気づいた。
「顔になにか付いてる?」
「ううん、なんでも無いよ」
年相応の笑みを浮かべた美美はなんとなく、感情を発露させる藍をいとおしく思う。
そんなことなど気にしない風にしてスプーンで上手にシチューを掬う藍は、ふと外から吹いてきた風で流れるカーテンに目をやる。そしてすぐに目を逸らした。
ある夜の鶴夏も美美も眠った、二人で魁世の仕事での苦労を酒の肴にしていた夜なべ。いつの間にか隣に座っていた彼が触れ合う肩とは反対の肩に手を回して顔をうずめてきた時、どうしてか藍はそれを押し返しはしなかった。もうしないと決意しても、ぐだぐだと続けてしまう。
嫌な、そして現在も続いている事に、藍は手をさらに早めて食べ終わり、食器を持って速足で台所に戻った。
さっさと戻ってくれば、この苛立ちも収まるというもの。藍は汲み上げた水で皿を洗いながらひとり舌打ちした。
…
藍は、自分が退屈を嫌っていることを知っている。だから元いた世界ではそれなりに校則をすれすれで破り、魁世には後始末をさせてきた。けれど、その程度だった。
そんな時、スマホもない生活レベルの何段階も下がった世界に飛ばされたかとおもえば、魁世は彼女を無理やりに退屈とは程遠い場所に引っ張っていき、藍たちは魁世が仕組んだ芝居、異種族連合の帝都包囲を解く為のとんだ芝居に付き合わされた。
藍は、自分が魁世を嫌いと知っている。そうして魁世が自分たちをまた別の、刺激的な景色を見せてくれる存在であることを、多少は認めてやる気でいた。




