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第三十六話 ナンオウの戦いⅠ

 スルガ王国、元の世界の旧国名駿河と関係するのか不明である。


「確か国が国王とその弟の二つの派に分かれて内戦中だと聞いたが」


 南奧州属領軍百足隊隊長、森明可の疑問に最近になって明可の幕僚的立ち位置を確立した少尉の男が答える。


「なんでも年の始め、つまり四カ月ほど前に五年も続いていた内戦が、というかスルガ王国での宮廷闘争と両派閥の散発的な小競り合いが唐突に終わり、今度はなにを思ったのかこっち(南奧州)に攻めてきた。あんなダラダラやっていた内戦が去年末には終わっていたなんて知りませんでしたよ、はっはっは」


 はっはっは、じゃあ無いぞ。まったく


「まったく、情報収集もあったものじゃ無いな」

……

「敵の数と配置は」


「スルガ王国軍、正規兵と内戦時代から雇用された盗賊崩れが合わせて一万人。現在南奧州を街道に沿って移動中です」


 南奧州属領軍青菱隊隊長、本多直に副官の女性中尉が答えた。


「隣国の情勢は察知できないのに直近のことは随分詳しく分かるのだな」


 直の皮肉にもならない言葉に女性士官は分かりやすく怯えつつ、返答する。


「いえ、その、わが隊の斥候は優秀です。ので」


 ふっ、そうか


「まあいい、準備を急げ」



「戦争はヒトを急速に老成させる、だったかな、うむ。なにかの戦争ドキュメンタリー番組で謂っていた。白黒写真だったか、純朴な若者が一年くらい従軍したら顔の皮から目つきまで豹変している」


 南奧州属領領主にして三千人の兵士を率いる南奧州属領管区司令官。帝国男爵の嶋津惟義は唐突に話し出す。

「ご高説か惟義。めずらしいな。なー透?」


 元クラスの不思議ちゃん、現在は属領軍参謀長。普段どこに行っているかも不明であり、先の異種族連合との戦いにおいては軍師として面目躍如の活躍をした。宗方透


「んーへー」


 ただ流しているだけなのか、考えた末にはぐらかしているのか、そもそも聞いてすらいないのか、透の思いは魁世にはわからない。


「それでな、俺は思った。明可と直は元の世界の二組七番と八番では無いと、サッカー部と野球部の主将だった時の明可と直はいない。今や立派な騎士だ」


 アイツは昔のアイツじゃない!苦しいが、倒すしかない!みたいな?


「それで何が言いたいんだ」


「あの二人は凄いってことだ。自分の立ち位置によって自分を成長させることができる」


 たしかに凄いな、それこそ将の才だ。

 群蒼会はこの世界とは別の世界から来た少年少女、高校二年一組全員が所属する所謂“秘密結社”である。大きな目的は群蒼会メンバーの生存と自由の確保であり、そのために自分たちをこの世界に召喚した帝国を利用する。



 属領南奧州と南奧州軍はその利用するものとして最たる例である。属領は帝国の名を借りて皇帝直轄領という体をとった群蒼会の私領であり、南奧州軍は群蒼会の私兵である。

 帝国宮廷上層部が問題視しそうだが、意外にもそんなことは無い。基本的に地方分権のこの世界において自身の領土で帝国への利敵行為でもない限り独自行動をとるのは普通である。領土防衛のために地方領主が兵を持つのは当然であり、帝国軍が皇帝直属の中央軍と貴族や地方領主の兵士による地方軍で構成されているからである


「だがそれは僕ら群蒼会というトップが役人や兵士、農民といった元からこの世界にいる人たちと目的が違うことを意味する。いずれ僕らとこの世界の住人の間に深刻な問題が発生するかもしれない」


 そう魁世は惟義に言った。

 当然ながらこの世界の住人が群蒼会の存在も魁世たちが異界人であることも皇帝やドラクル公を除けば知らない。魁世たちはそう思っていた。思いたかった。

 ……

 …

「えー現在、わが軍は三千の兵を千ずつに三か所の駐屯地に分けて待機しています」


 魁世は古びた木の机に広げられた南奧州全体の概念図の三か所を指差す。

 軍管区司令官の惟義、参謀長の宗方透、主任参謀の魁世は三か所ある軍駐屯地の一つ、紫電隊の幕営の内、司令部にいた。司令部と黒の太文字で書かれた木の板が布製の簡易テントの前に立てかけてあるだけの貧相な司令部だが、これでも紫電隊の司令部と南奧州軍全体の司令本部を兼ねた重要な場所である。

 司令部が仮設テントであるのは兵士が寝泊まりする兵舎の建設に資材と労力を割いていることと、惟義と惟義の部隊の性質上、よく領内での野外訓練や行軍を繰り返すため司令部は移動しやすい方がよいという判断である。


「えーまた、現在侵攻してきているスルガ王国軍は街道を沿って真っ直ぐこの紫電隊駐屯地もある仮州都に向けて進軍中、国境の村が既に略奪を受けたと報告が来ております」


 魁世が偵察してきた兵士からの報告をそのまま書いた紙を読み上げる。なお元の世界の文字で書いている。


「うむ、スルガ王国のことはよく知らないが一万の軍勢で村を襲いながら進軍しているのだから、敵であることは今更疑う余地も無い。交渉も相手と対等にならない限り無理だろう。降伏は当然しない。さてどうする」


 魁世は惟義が自問しているのか自身と透に言っているのかわからなかったが、取り敢えず意見を述べる。


「まずは分散して他の駐屯地にいる明可の百足隊、直の青菱隊をここに集結させて明可と直を含めた作戦会議をすべきじゃないか?」


 惟義は腕を組み短く頷く。


「魁世の意見は尤もだ。透はどう思う?」


 透はいつものように机に顔を乗せ、両腕をだらしなく広げつつ返答する。


「んー…そーだね。もっと情報が欲しいかな」


 ではもっと偵察隊を派遣するのか?敵の到着まで時間が無いがそれでいいのか?魁世はそう言おうとしたが、透は予想外の行動に出た。


「よーし、見に行ってくる」


「え、透が行くのか?自分で?」


 魁世は思わず聞き返した。


「なに言っているーの?魁世も一緒に行くよ。とおる馬乗れない」


 そうなのか…

 魁世はなんとなく納得した。魁世は紫電隊一番の駿馬の後ろに透を乗せて敵軍の偵察に向かった。

 ……

 …

 紫電隊の駐屯地から街道を北上したところに、その集団はいた。丁度村を略奪している最中だった。

 いかに速い馬で駆けたとはいえ、こんなに早く敵軍を発見できるのは想像以上に敵軍の侵攻速度が速いから?もしかすると既に殆どの領地がスルガ王国軍に占領されたのか?魁世はそう危惧した。

 とりあえず近くの茂みに透と一緒に隠れ、様子をうかがう。


「なにか分かったことはあるか?」


 茂みからは村の家々に武装した男たちが押し入って、数少ないであろう金品や袋に詰まった食糧を持ち出していく様がよく見えた。前回の異種族連合の占領で慣れているのか諦めているのか抵抗はあまり見られなかった。それでも少数の住人が兵士にしがみついて略奪をやめさせようとしたが、抵抗空しく隣の兵士に槍で刺され動かなくなった。


「なんだか」


「なんだか?」


 魁世はオウム返しに尋ねる。


「ばらばらだね」


 透はそれ以上口を開かない。


「スルガ王国の目的はやっぱり略奪なのか。酷いな」


「助けに行かないー?」


 魁世は村から数人の女性が敵兵士に連れ出されているのを眺めながら言葉を返す。


「僕の今の仕事は侵略してきた敵軍を撃退すること。透を乗せて無事に帰りつくことさ。目の間の惨状を義憤とかに駆られてなんとかしようとするのはナンセンスじゃないかな、きっとそうだ」


「ぎ、ふん?」


「そうそう義憤。正義の憤りと書いて義憤」

 ……

 …

 第一行政局研究部、魔法担当の高坂寧乃は軍人では無いが今回の戦いに参加している。

 戦闘要員ではなく魔法を用いた通信要員であり、より具体的に言えば通信する者同士の中継である。

 司令本部に寧乃を呼びこの役割を頼んだのは魁世である。魔法の習得を進めたい寧乃としては正直面倒だったが『参加してくれないと戦いに勝てない』とまで言われては赴くしかなかった。


『もしもしこちら司令本部の主任参謀、新納魁世です。百足隊の森明可隊長と青菱隊の本多直隊長につないでください』


『こちら通常業務外の仕事をさせられている研究部の魔法使い高坂寧乃。繋ぎます』


『そんな言わんでよ、ごめんだって』


 司令本部のテント内には惟義と透、魁世の三人に加えて各駐屯地から魔法通信で繋がっている明可と直がいる。

 明可は魔法通信のやり方を知らない。だが寧乃が受信から中継まで全てやってくれていた。明可はいつかの時代の電話交換手のようだとも思った。


【…宗方が言うには現在進軍中の敵軍は行軍で隊列が伸びきっており、その上略奪に目がいっぱいである。ゆえに各駐屯地から適当に出撃し適当に敵を分断すれば勝てる。そういう訳か】


 明可の次に直も発言する。


【敵は主要街道を素直に進んで街道周辺の集落を襲っている。三か所の駐屯地から街道に撃って出る。なにもしなくても勝手に敵の脇腹を突くことができる。なるほど聞いている分には勝てそうだな】


 魁世は主任参謀として補足しておく。


「十分認識しているだろうが僕ら属領軍は三千、むこうは一万だ。帝国本軍の早期な援軍は期待できないことも留意しておいてくれ」


 くぎを刺したように見える魁世だが、内心はそこまで戦力差を気にしていなかった。

 それは魁世たちのボス、惟義も同様だった。


「うむ、敵はこちらの三倍以上。だが三方向から夜襲をかければ必ず勝利できる!勇敢も勝利も大事だが、もし何かあれば素直に逃げてもいい。それでは行動開始!」


 魁世は思い立って椅子から立ち上がり右手を額に構えて敬礼した。

 透は変わらず机に突っ伏していた。

 なおこの世界、少なくとも帝国において魁世のやるような敬礼は儀礼として存在しない。

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