第二百九十三話 異世界合同委員会Ⅰ
大皇国軍は最高司令官の魁世を含め、ほとんどの諸将が委員会軍の後退した後の行動として、バスティーユ要塞での籠城を想定し、巨大な要塞を包囲すべく、麾下の諸兵団を動かした。
「追い立てよ!陛下と我らに逆らった負債を今こそ取り立てんっ!」「敵兵が要塞まで逃れる前に背中から串刺しだ!まさか我らの足が敵の逃げ足より遅いことなどあるまいな!」グデッリアン、トリフォンは魁世から遣わされて追撃戦を展開する。委員会軍の精鋭たちは、要塞に辿り着く前に余りにあっさりと、そして矢継ぎ早に刺殺、銃殺されていく。
バスティーユ要塞へ撤退できた委員会軍の兵数は約三〇〇〇〇。残り七〇〇〇〇の兵は、騎行戦の名手こと大皇国軍少将グデッリアンや戦闘駆動トリフォン少将の部隊の追撃によって打ち減らされ、平原ウォーテルローに倒れ、散り塵になった。
バスティーユ要塞の兵収容能力が三〇〇〇〇兵なのは事前の諜報活動で分かっている。委員会軍の上層部が丁度よく兵数が減ったくらいに切り替えていてもおかしくない。明可は敵の思考を想像する。
元帥の直がバスティーユ要塞を魔王城と表現したように、素人目からも軍将校からして見ても、バスティーユ要塞は堅牢。とても短期間で築城したとは思えぬ程に堀の深さや防壁の高さは深く高く、平押しの攻略であればどれだけの流血を強いられることか。だから魁世はわざわざ追撃させずに攻城戦用に部隊を再編成させ、将校たち全員が既に覚悟を決めていた。
そんな矢先にバスティーユ要塞の城門が開かれて、要塞に入った筈の委員会軍が、あろうことか大皇国軍の包囲環中央へ突撃を開始する。
大皇国軍からすれば、委員会軍は死中に活を求める戦法に出たと見える。だが、より正確に論ずるなら彼女らにはもうこの戦いしか無かった。委員会軍は籠城にとって必須事項である野戦軍を喪失し、あとは戦力をすり減らして貧していくだけ。なら現有の残存戦力で敵の心臓を叩くしかない。
『城門から出てきた兵の数は』
迫りくる委員会軍に対し、大皇国軍月餅翁ことウイルモス・ジグモンド中将は、兵士の教官を長らく務めてきたゲラシュモフ少将らと情報共有を図る。
『およそ三万。陛下のおわす大幕営へ直進しており、いま正面の部隊で防戦にあたっていますが…』
『が?なんだ。詳しく申せ』
『いくら勢いづいているとはいえ、敵兵の多くは銃列の一斉射撃で対処できます。ですが一部の部隊、旗印からして英連王国副王直属の海兵隊や、フォーミュラ女伯の部隊が次々と銃列を突破しています。まるで銃弾が効いていない様な』
『なるほど銃弾が効かない、まさか、いいや違いない。陛下に魔法通信を』
元教官のゲラシュモフ、月餅翁ジグモンド、二代目紫電師団団長のユリダリアは大幕営へ火急の魔法通信を繋ぐ。
開口一番、共有通信の中で、ゲラシュモフは通信越しに傅きながら意見具申をする。
『具申をお許しください。陛下、敵が中央の大幕営まで迫っております。いますぐ戦場を離脱して下さい。そもそも陛下が危険な戦場に玉体を晒す必要などありません、要塞攻略含め、我らにお任せくだされば、責任をもって如何様にも』
少将のゲラシュモフが主君の為にとまくし立てるが、当の主君は余裕そのものだった。
『ゲラシュモフ、貴官は僕の行動を遮る気かな?』
『めっ、滅相もございませぬ』
せっかく諫言してくれたものを無下にする事に若干の引き目を感じるが、それは魁世が己の決断を止める理由にならない。
『あっははあ、どうも意地の悪い言い方だったね。ただ、僕はせっかくの好機を逃したくはない』
『好機、ですか。しかし陛下、我らは全軍が要塞包囲のために広く分散しており、陛下をお守りする中央が薄くなっております。そこへ敵の猪突。猪突とはいえ座視はできませぬ』
諜報部門の八田藍は、魁世のことをバトルジャンキーと吐いた。自軍の本営に敵が迫ってくることを好機と捉える様は、彼女の言い分が正しいとしか感じられない。
ただ本人は至極真面目だった。
『うん。なんせ相手は籠城という長期戦ではなく、短期決戦に挑んでくれたわけだ。僕の命を狙ってね。これを利用する。では作戦を伝える——』
魁世の伝えてきた、作戦と呼ぶにもおこがましい無茶な作戦に、おなじく通信共有をしていたユリダリアはややおどけて、しかし真剣に具申する。
『陛下、その作戦では陛下に更なる危険が迫ることになります。承服してはイジューイン宰相代理に怒られてしまいますにゃー』
『ユリダリア殿は優しいな。だが、ここは僕の我儘を聞いてくれ。兵を再展開する』
魁世はそう言い切った。これ以上の具申は不敬に当たる。ゲラシュモフもユリダリアもあとは敬礼する他ない。あとは命令を実行するだけ。
『…かしこまりました』『御意』
最後にジグモンドは最大の懸念点を伝えた。それは老将だからこそ知る、列強が古より持つ最大の切り札。
『若殿。敵の無敵ぶりから察するに、英連王国と白百合王国は開闢より伝わりし伝説の武具。七王騎槍や黎明戦旗をこの戦場に持ち出している恐れが高こうありますが』
教皇庁の秘匿文書を押収してから、魁世は粗方の委員会所有武装を想定はしている。
『それも含めて僕が相手する。“白亜王の筆頭騎士”に“頸烈の戦乙女”(ヴァルキリー・フレネティーク)、一体どれほどかな』
それはいずれも五百年も昔の英雄につけられた称号で、ジグモンドは血気盛んな孫を諭すように笑みを溢した。戦場でも笑みを絶やさぬは名将の特権である。
『ほははっ、若殿。その者達は歴史の人物であるに』
『けど今日は、今日だけはそれを拝めるかもしれないよ、月餅翁』
それだけ言い残して、カイザー・カイセは一方的に魔法通信を切った。
魁世は既に騎乗していて、もうすっかり委員会軍を己で迎え撃つ気でいる。
側で最後の進言をするのは大皇唯一の補佐官。
「陛下、もう御止めはしませんが…」
「なに二度とこんな危険なことはしない。これからはもっとフィーリアの云うことを聞くからさぁ」
だから今日の我儘を許してと云わんばかり。
フィーリアはカイザー・カイセに小言をちくちく言ってくる面倒くさい女と思われても構わなかった。それでも、自分は必要とされていて己もカイセを欲しているのだから。
大皇国軍の中央はついに大幕営へ続く戦線の穴を穿たれる。それは魁世が策謀の内か、あるいは委員会軍の思惑通りか、未だ判然としない。ただ一つ分かることは、勝てば如何様にもできるという事だけ。
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