第二百四十一話 なんの為にⅠ
翌朝、魁世は首都ニイロに戻ることを保衛部を通じて各所に伝えた。
元肉屋のエンシン中将や、酷薄そうな官吏アハベル・スースロフといった各部署の責任者たちが魁世へ当面の別れの挨拶に来る。
ただノシロ管領は来なかった。周囲の者達は、昨夜のうちに済ませたのだろうと解釈する。
「陛下、船の用意はできております」
「うん」
なにかしたかったが、なにをすればいいのか、肝心のそれが魁世には分からなかった。
ただ榛名の方から来てくれないかと無様に願っていたが、とうとう出航の時間になる。
最悪だな、内心を悟られると謂われると、どうもコガミが、あのノイズを連想してしまう。全然違うのにな
…ともかくあんな言い方はよくなかった。また今後謝りに行くか……
ゆっくりと腰を上げ、魁世がイダリア島の主要港に向かおうとした。
そのとき、さて宰相の件はどう適当に雨雪に任せるかと思った魁世の思考を強制停止させるような空間の軋みと地響きが、周囲を揺らす。
地震の類ではない。魁世には分かった、これは火薬の爆発であると。
しかも相当量、事故にせよ事件にせよ憂慮すべき事態である。
「⁈陛下」
「兵器庫が爆発したのか、保衛部を何人か爆発地点まで様子を見にいかせろ」
動揺を一切見せぬ主君カイセからの命令に、ラウラは敬礼する。
「ただちに」
何が起こったのかはすぐに分かった。
駐屯軍の基地内にあった火薬庫が爆発した。幸いなことに直接の死者はいなかった。
ただそこから事件現場を見に来た兵士たちの、幾人もの惨殺死体が量産されていく。犯人は古代文明の美術彫刻が如き四肢と、燃え盛る建物を背景に場違いなあどけない微笑を貌にのせる男、コガミ・ガイゼン。
「俺様はコガミ・ガイゼン、魁世を呼んでこいやー」
その挑発が魁世のところまで届くのに時間はかからなかった。
伝令の一般兵は主君ニイロは尊崇していても、魁世をどういう人間なのか知り得ていなかったことは仕方の無いことだろう。
兵一人が、自分の発言一つで君主級が出張るなど想像できただろうか。
「ちょっと行ってくる」
保衛とは、主君ニイロの護衛等の任務を第一とする。保衛部長なら尚更だった。
「陛下、お待ちください」
「止めるのか?」
ここで補佐官のフィーリアであれば、合理的な理由を並べ立てて止めに入っただろう。
「いいえ、神の足を止めるなど信徒の風上にも置けませぬ。小官は陛下に付き従えればそれで十分でございますので、どうか随行をお許しください」
この元修道女はどうも他の士官や兵士たちとは違う。
とは言ってもあのフィーリアだって、最後は魁世に付き従っていただろう。
魁世たちは現場に急行した。
そこには、大皇国軍の兵たちが発砲した銃弾を、切ってあるいは弾いていく、信じがたい芸当をして魁世が来るまでの時間を潰す人物の姿があった。
接近戦すればどうなるのかは、彼の周囲に転がっている死体によって既に証明されていた。
コガミ・ガイゼン。魁世の脳に定期的に巣くっていたノイズは、いつも彼の予想外の場所と時期に現れる。
背後には只者でない雰囲気を出す、橙色のフードを深く被った人物が二人いた。あれが例の橙頭巾だと魁世は認識する。
「アーベナ半島の攻略、実に見事だった。模範のような戦いで惚れ惚れしたぞ」
「二度目の対面だな、いつもそっちから来てくれるから、今度こっちから大勢で出向こうと思っているよ」
現在、魁世と透の間で列強三ヵ国への大規模侵攻作戦が策定されている。
相手は数か国を領し、こちらが一か国。たとえ戦力が劣勢だろうと、積極攻勢と主導権の獲得はこれまでの参謀本部の至上命題だった。
「ニィロォウおまえは有名人だな。半島制圧、教皇庁の陥落、そうそう出来る芸当では無い。だがな、実はあの天星教なる人類世界の宗教を弱体化させたのは昔の我ら異世界委員会なのだ、感謝せよ」
知らなかったろ?
子供が自慢する、そんな顔だった。
「自分達以外の異世界人を合法的に抹殺するのに、あの頃のあの宗教はとても役立った。とはいえ操りやすくする為にいささか弱らせ過ぎたがな」
今のチューザレは存外に芸が無い。昔に比べて面白く無くなった。そう締める。
コガミの陶酔したような身振り手振りを無視して、魁世は目的を問うた。
「で?なんの用だ」
「改めて宣戦布告に来た。それと、農園の地母神だの美人だのと評判な管領殿を一目見に来た」
魁世は量産軍刀を抜刀した。陛下と呼ばれる身となっても前線に立つ気でいる。
「残念だったな、お前が榛名さんに会えることは未来永劫と無い」
だが、対するコガミは首をかしげた。
本当に意味が分からない。額にそんな文言が躍っているようだった。
「???いや、だから、もう会ってきたぞ。あまりに美人だったから老いるのは惜しいし、美しいままグサっとやっといたぞ」
コガミはいそいそと腰に差していた長剣を抜いて刃を見せびらかす。そこはべったりと、黒くなりだしている赤色で汚れていた。
そこに愚弄の声音は無かった。コガミは昨夜に魁世と榛名の間に何があったのかは知らない。
円環の瞳が、誤作動を起こしたかのように震動をはじめた。
魁世は榛名のいるであろう所まで走りだす。いま彼の手の内には汗だけがあって、軍刀を握る感覚はとっくに失せてしまった。
…




