第百九十四話 質実の将Ⅱ
「群蒼会を率いるのは魁世、新納魁世。君しかいない」
魁世は口の中が一気に乾いて人語を喋れなくなりそうになったが、何度も唾を飲み込んで繋ぐ。
「ぁは、惟義。誤解を生む言い様は避けてくれ。全員で帰るんだ」
「魁世、分かるだろう。最早無傷で此処を脱するのは不可能だ」
現実はもう段階を逸してしまっている。それは魁世も分かっているつもりで、だからこそ何か策を講じて事態の打開を図りたかった。
時間は無いが時間が欲しい。どうしてこうも上手くいかない。今の今まで僕は何をしていた
彼は至って健康的に“我に妙案あり”といった顔をして視線を回し、寝参謀とも云われた少女のところで、見渡すのを止める。
「おれが三年前に帝都を救う方法を皇帝にケンサクしただろう?あれを用いる
どうだ、透はどう思う」
属領南奧州軍の参謀長として、群蒼会のメンバーとして、霧の参謀、宗方透は、いつもの眠たげな目に、確かな思念を宿らし答える。
「群蒼会が全員かえるのは、ふかのう。ただ、一個ですすんで、ぶんさんして逃げる。けど、さいしょに敵をひきつける役がひつよう。べつの案は、ない」
「…ッ!!まだ決めるには早い」
魁世にも目下の状況が犠牲無くして対処はできないことは分かってはいた。だが、最後まで代案を考えて、ついに立案できなかった。それを透からも指摘され、魁世は苦悶する。
そんな魁世に、惟義は澱みない真っ直ぐな目を細め、優しげな顔で謂った。
「もう時間が無いと云ったのは魁世じゃないか。我らが軍師透がこう云うんだ。おれにもカッコいいところ披露させてくれろ」
次の瞬間、またも爆音と激震が屋敷プラウハ城を襲った。
さきほどと同じ、大砲弾が着弾したのだろう事は間違いない。
爆音と噴煙が、魁世たちのいる部屋に立ち込めた。
「…次は直撃するだろう。行くんだ、魁世。君はいつも決断を尊重してくれた
また、頼む」
それはしっぺ返しだった。
惟義に属領領主、群蒼会の長の地位を、彼の誠実さにかまけて押し付け、今まで最後の責任という部分から逃げてきた魁世に、次はもう逃げ出さないよう、今度はこんな事にならぬようにする、惟義からの強烈な殴打だった。
応えるほか無かった。
「わかった。うん。群蒼会と、全て、全て僕がなんとかする」
魁世は決意をし、切り替えた。
準備を開始する。
明可たち男子メンバーは、これは決して今生の別れでは無いと、必ず生きて再会しようと、僅かな時間だったが言葉を交わし、そこで武官連も心を決める。
直はしきりに鼻を鳴らしながら謂った。
「魁世の奴は好かん。だから惟義、敵陣を突破すればそのまま帰還すればいい。俺には囮など無くとも旅団まで帰れる」「うむ、直、魁世にも優しくしてやってくれよ」
なにが、なにが優しくだ。ふさげるなよっ!!
直は絶句して、顔がくしゃくしゃになりそうになるのを必死に堪えて踵を返し、明可たちと黙々と脱出の最終確認を始めた。
惟義が正面で敵を引きつけているうちに、全員でプラウハ城母屋を脱し、早紀たち文官連は城内に残された二台の馬車に詰め込んで、明可たち武官連がここに来るまでに乗った馬に騎乗し周囲を護衛しながら全速力で一路、南奥州まで帰還する。
さいごに、惟義は魁世に、すこし恥ずかしそうに小声で告げた。
「あと魁世、その、ついでにお願いがあるのだが——」
次に発せられた言葉に魁世は目を丸くした。何故なら、これまた予想だにしない事だったからだ。
別に煩わしい話題では無いが、とはいえ今ここで暴露する話なのかと一言謂いたくもなったが、魁世は飲み込んだ。
「——こんなときに、はぁまぁわかった。必ず、守ろう」
場違いに観念した様子の魁世に、惟義は申し訳なさそうに繊細な笑みを浮かべた。
「すまん、頼まれてくれ」
二人は緊張がプツリと切れたようにして笑った。
さては味を占めたな?
そう魁世は、このような状況にあっても意図して精神的な幅を利かせることで精神を落ち着かせた。
準備が完了し、再び表情を引き締めて魁世は合図した。
「惟義」
「うむ。攻め、ただ攻め、猪突を繰り返し翻弄する!!」
惟義は太刀“クサナギ丸”を構え、肺の空気を全て出し切る気で鬨の声を上げた。プラウハ城を囲む敵兵達へ向かって突っ走る。
質実の将。嶋津惟義の戦いがはじまる。
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