第百八十八話 グレート・ゲーム&クリーン・プロジェクト
異世界委員会で、群蒼会との事前の約束通り本国待機だったのは白百合王国のパトリシア・デュ・フォーミュラだった。なので、群蒼会の中でも特に遠方の英連王国の副王オースビスや万緑大公国の大公義兄イヴァン・プリナコフが供回りを連れてプラウハまで来ていることになる。
万国修好条約の主導役は英連王国と、副王オースビスということになっている。
締結前日の夕方、オースビスは惟義とヨシムラ、オグマ・ラグナがせっせと明日の夜にある饗応の準備をしているビアホールまで足を運んだ。
オースビスは惟義に誰にも一切の文句を言わせない人類世界——惑星表面八分の一の礼儀作法で相対し、握手を交わしたあと、脚立に立って作業するヨシムラの背後へ声をかける。
「精が出るな、図書館長,いいや総司令官殿」
壁に紙きれの輪っかを繋げて紐状にした装飾を等間隔につり下げながら、ヨシムラは背をむけたまま返した。
「じゃあオースビスも手伝ってくれ。明日の夜までに間に合うかも分からない」
「悪いがヨシムラ、私は手先は器用じゃないくてね。いくら手作りパーティ会場感を出して温かみを産もうとしても、歪なのはいけないだろう?」
歪、副王オースビスは手先が器用では無かった。パーティー会場の装飾なんて出来ないというのは事実であったが、本当のところは面倒だからと拒否しているオースビスの腹くらい読めるヨシムラは、彼らしからぬ、久しぶりの皮肉を産む。
「君が器用なのは手先じゃなくて口先だもんな」
「これは異なことを、私が嘘をついたことがあったかな。ヨシムラ総司令官」
万緑大公国と白百合王国の同盟を裏で促し了解を得、自国の英連王国と群蒼会のいる千年帝国の婚姻による同盟の交渉も成立させ、聖櫃の奪取を目論んでいることをヨシムラに伝え、彼に言外に対処させた男は、そう謂ってのける。
副王は脚立の片方の足をかける中腹の木枠に腰をおろし、その脚立の性質上非常に危険な状態になった。
「群蒼会のニイロ少将に会ったそうだが、どんな男だった」
様々な色のある紙きれの輪っかを繋げて連環の紐状にした装飾を壁に飾り付けながら、応じる。
「なんとも不思議な人物だ。群蒼会で非公然に実力をもつ、いや、群蒼会そのものが非公然の存在だからどう表現したらいいのやら
というか、こういう情報は君の方が詳しいだろ」
「過大な評価おそれ入るね、英連王国の情報第六部も内情は探れていない。どうやらどこからともなく暗部集団をごっそり引き入れ、凄腕の暗殺者まで抱えている
「主を失ったが実体はある暗部……マシュルム達が預かっていた組織のことか」
預かっていた組織、群蒼会の魁世に拾われるまでマトラが率いた暗部集団は委員会のマシュルム方伯が自らの手でつくったものでは無かった。
演技なく本当に呆れているようで、オースビスは大きく溜めて吐く。
「マシュルム方伯もホルシュルス公も馬鹿なことをしたものだ。コガミが生み出し、幾百年と技術と諜報網を失ってこなかった奴らを、あろうことか預かり主同士が恐れて相討ちさせようとしたなど
おっと実名を口にしてはいけないんだった。大天災と呼ばねば、こいつは失敬」
最後あたりは明確な嘲笑を唇に乗せるオースビスに、ヨシムラは釘を刺しにかかる。
「真面目な話だがオースビス。君は世俗以外の、とくに自分の理解の及ばないことには手を出さない。逆に君はそうした事を気にしている人たちに処理を押し付け、自分は安全圏に籠る。実害が出ている以上は少し気にかけてくれ
人知を超えていても万民の為に対処する、それこそが副王で、為政者だろ」
するとオースビスはまたも平気で宣う。
「が、私副王は私に都合の良くなる物事にしか手をつけ無い」「…よくそれで副王になれたな」
苦悩しているようで、爆笑を我慢した表情をした副王だった。
「悪いがヨシムラ、私は為政者が色狂いでも人格が破綻していても、その能力が大多数を管理し幸福を享受させられるのなら、妥協に足ると思っている。
翻って私は現状、英連王国を、我が愛しの島国を厄災から守れている。つまり私は現状、最高妥協点の為政者である。批判して私の姿勢を変えたくば、私の政治手腕に文句をつけてからにしてくれたまえ」
そう言うだけ言ってオースビスは英連王国特使の泊まることになっている屋敷まで帰っていった。
すっかり日が落ちて、あとは自分たちでやっておくと、惟義には宿まで戻ってもらおうとしたが、惟義は「うむ、いや、おれもまだやれることはある」と謂って最後の飾りつけまで終わらせてから、千年帝国の貴族が宿泊する屋敷に戻っていった。
これがヨシムラと惟義が会った最後の日となる。
……
…
総司令官ヨシムラと副王オースビス、両者はここまで協力関係にある。
オースビスは語る。
「談合できる大国が多極化して支配する人類世界。大国に定義されるのは英連王国、万緑大公国と白百合王国、そして群蒼会のいる千年帝国。準大国落としてトーラマ王国と近々建国させるジャーマーニュ関税同盟。オブザーバーで教皇庁。早い話がアンポリだ、な」
ヨシムラは希望する。
「緩やかな繋がりによる国際社会。種族問わず交流することで国家間で争えなくなった世界……理想ではあるが…」
両者共に悠久の世界平和を望んでいる。
だが、英連王国副王はヨシムラとは違い、一国の国益を第一に考える必要と、自身が分類されている人類種の今後を憂慮することを迫られていた。
———
「私は、私なんぞを拾ってくれた英連王国が千代に八千代に続いて欲しい」
それがこの世界に来てしまったオースビスの根底にある素朴な想いで、彼が後に“グレート・ゲーム”と“クリーン・プロジェクト”を推し進める基礎となる。
「異世界合同委員会は同窓会以上の意味を持ってはならない。」
これも初めから委員会に所属していたオースビスの考えだったものの、合同委員会は人類世界を裏から支配する機構と化し、ドラクル公が手記に残した文面にあった通り所属する半数が粛清に自殺、暗殺の憂き目にあった。
委員会で権勢をふるい委員会メンバーを支配することが、同時に各委員が要職につく各国を支配できるという事実が多くの委員を惑わした。
また聖櫃という宇宙船の所有権を巡っても多くの血が流された。
「たしかに発足初期はよく機能していたさ、だが今を見てみろ、内紛に粛清、挙句の果てに相互監視に技術抑制まで来たもんだ。ロクでもない」
オースビスの委員会への失望はかなりもので、所属はしつつも干渉や入り込むことは避けてきた。また国益の為に利用する分には利用もしてきた。
実はそうして裏口外交や、国家の枠組みを超えた密室政治という形で利用し続けてきたことが委員会を延命させる一助となってきた事を、オースビスは認識しないでも無かったが、特にこの矛盾を解消する気はない。初期に助け合った委員会という存在への最低限の愛情だった。
この考えを基にして、彼はグレート・ゲームそしてクリーン・プロジェクトを組み立て、実行し、二十年年以上も続いていた。
グレート・ゲーム。これは対・人類世界戦略、対・異世界合同委員会戦略である。
一つが大国の戦力均衡。具体的には英連王国の王立艦隊といった高度戦力の保持、アーベナ半島の中小の領邦や白百合王国と聖櫃帝国の間にある小国の独立支援を行っている。
たとえば五列強未満だがそれに準ずる戦力をもつトーラマ王国への、その東部に位置する小国アフォンソ王国は英連王国が同盟を組み、海上からの支援を行っていた。他にも白百合王国と聖櫃帝国の間にある小国のネーデント王国やベルヒャ王国を支援し、いわば独立保証をしているのも英連王国だった。
もう一つに、異世界委員会各委員にいわば“政治ごっこ”をさせることで肥大化した欲求を満たさせることも目的だった。
「ゲーム、そうゲームだと思って、人類世界という箱庭で楽しくやっといてくれ。おもちゃで国を与えるのは、当事国が可哀そうだが仕方ない、反抗しないのがいけない」
この“プロジェクト”の最大効用は、新しい勢力にも適用できる点だった。
「群蒼会、あの者達も“政治ごっこ”で欲求を満たさせて、そのままゆっくりと俗世に溶けて消化されていけばいい」
例外も存在し、イヴァン・プリナコフが大公義兄として支配する万緑大公国とはいわばプロレスの関係にある。表面上は英連王国のシーパワー、万緑大公国のランドパワーのぶつかり合いのように市井から各国貴族社会にまで演じ見せていた。
かの国はクリーン・プロジェクトにも全て知った上で参加しており、万緑大公国は英連王国にとって真の、精神的な同盟国ともいえた。
クリーン・プロジェクト。対・惑星世界戦略である。
これは以降数百年のうちに人類種が惑星世界で、“唯一の知的生物”として生を得るための長期計画だった。
具体的には、人類種以外の、黒耳長人や狼人族といった種族の緩やかな絶滅である。
「既に狼人族といった村落程度の種族は繁殖不可能な程度に処して減らし、黒耳長人は五百年前に戦禍に紛れて既に三本あった母胎樹を一本にまで減らすことができた」
「王立艦隊、あれは海上戦力、そして同時に未知の航海を行うためにつくった
すでにいくつかの諸島の、異種族の住まう島では“病人の纏っていた衣服や織物”を贈呈品、交易品として送り、疫病の島にしてかなりの人口を減らせた」
オースビスは、稀に会う大公義兄イヴァン・プリナコフに。王立艦隊戦列艦の船上でそう話していた。
「いつかは、きっとあるだろう他大陸の、そこに住む人類種以外の知的生物を絶滅させるのか」
イヴァンの言い様に、こいつは止めようとしているのかと警戒しつつオースビスは返した。
「当然だろ。私のような弱い者が、未来で生まれながらの能力をもつ異種族から虐げられぬ前に、根を全て枯らしておかないといけない」
「遺言をこうやって俺にだけ何度も話すのはやめないか」「止める訳ないだろ。これは事業報告だ」
オースビスはきっぱりと、はっきりした口調だった。
……
…