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第百六十四話 回想・第二次プラウハの戦い、その敗北

 射出櫓が炎上した次の日、惟義は市民軍が攻められることを想定していない、チサカ山の断崖絶壁の箇所に旅団の中で登山の精鋭を集めて落としていくことにした。

 着実に山壁を登っていく紫電旅団兵。市民軍の旗は先日と変わらずなびいている。

 すこし視線を上げれば、鳥の群れがチサカ山の上を悠々と飛び回っていた。


 透は首をかしげる。

 鳥は昨日まであんなに飛んでいなかった。透は旅団隊長格の者の背嚢から勝手に第三局工業部製造の双眼鏡を抜き取りチサカ山を眺める。

 鳥の群れが飛べているのは下が騒がしくないから——下に大勢の人がいないから。


「惟義惟義」


 透が走ってきて、惟義はどうしたんだと驚いた。


「人が……いなく、なってる」


「う、うむ?どういう意味だ?」


 透は走った疲れで、一旦息を整えて再び口をひらいた。


「だから、相手は包囲をすり抜けた。もうあの山にはいない」


 ヨシムラらは惟義たちの包囲の軍列からすり抜け、透の幽遠な智謀は実体をもって破られた。

 …

 キュウロン伯ら軍事貴族の軍二〇〇〇〇はプラウハの郊外まで進軍している。

 市民軍は未だ城に籠っている。本末転倒もいいところだ。さあ攻めよう。第一次の雪辱を濯ぎ、プラウハに帝国軍の洗礼を施してやろう

 意気揚々と貴族たちが都市へ攻め込もうとしたその時、後背からドラの響きと合唱のできそうな喚声が天を突き抜ける。


 プラウハ市民軍が槍を並べて後方に現れた。その数“五〇〇〇”、以前の三〇〇〇よりも兵力を増強してチサカ城の兵収容を密かに増設し、この瞬間まで隠し通すことに成功した。

 軍事貴族たちは完全に背後からの急襲に初動対応ができず、市民軍は帝国本軍にとっての驚天の一突きで敵の後列を易々と破っていく。

 その先鋭を駆け抜けるのは異世界合同委員会、武神の成れはてオグマ・ラグナ。

 巌の巨体で、馬上での使用を考慮した特製のトマホークを片手で軽々と振り回し、突いた帝国本軍の兵を部隊ごとミンチにしていく。

 ある将軍は戦意のかけらも感じられない剣の構えで、その台風の目を指差した。 


 「なんだ、なんなんだあの化物は⁈⁈」


 別の軍事貴族も腰を抜かし、とっくに馬の向きを後ろに向けさせて吐いた。

 

 「もうだめだ、逃げる逃げるのだあ!!!」


 帝国本軍は功を競っていたことを忘れ、我先に逃げ出し始める。

 透の言葉で惟義も異常に気付き急ぎ紫電旅団と帝国本軍の方へ向かう。進んでいくと隊列も無く敗走中の軍事貴族たちを発見する。

 合流して惟義たち紫電旅団が市民軍へ反撃しようとしたその時、西の方から軍喇叭が為鳴り響いた。

 軍勢が惟義たちの方へ向かってくる。正面には白地に百合の国章。そして元帥旗。

 異世界合同委員会議長、フォーミュラ直々のヨシムラに頼まれての出陣である。


「⁈コレヨシ、あれは白百合王国常備軍団です!数は——およそ一五〇〇〇⁈」


 いま追撃してくるプラウハ市民軍五〇〇〇、現れた白百合王国軍一五〇〇〇合わせて二〇〇〇の軍となる。

 それを惟義たちの紫電旅団一〇〇〇〇で奇襲に敗れて逃げ惑う烏合の衆となった二〇〇〇〇の帝国本軍を守りながら“撤退”しなければならない。


「プラウハを助けにきた援軍か。帝国本軍がおれ達に助力を要請したのだから、プラウハが他国にそれを出来ない事は無いか…」


 今の惟義の独り言はある種の現実逃避だったかもしれないが、すぐさま次の命令を旅団に下す。


「悔いてどうにかなるものでは無い。撤退戦だ、我ら紫電旅団が殿軍を務めるぞ!キュウロン伯殿らを守りながら帝都まで帰還する!」


 別にキュウロン伯から頼まれたわけでは無かったが、今ここで誰かがやらねば二〇〇〇〇の軍の追撃に晒され潰走するのは目に見えていた。

 

「耐えろ!おれは直騎と共に殿軍(しんがり)の更に最後尾を受け持つ!一兵でも故郷へ帰還させる。わかったな!」


 檄を飛ばす惟義は、普段はみせない言葉遣いで撤退戦を指揮する。彼の部下には敵前逃亡するような者はいない。惟義は「必死」になって手勢一〇〇〇〇で勝利に沸き立って襲い掛かる二〇〇〇〇の兵を受け止め、味方を擦り減らしていった。

 ……

 …

 帝都までキュウロン伯らを帰還させて紫電旅団に残っていたのは兵七〇〇〇、実に三割の兵を失うこととなる。

 その後、惟義と紫電旅団は南奧州に帰還できたが、彼らの顔を明可や直たち武官連は直視することができなかった。

 第二次プラウハの戦い。あるいはチサカ城の戦い。

 惟義、透、南奧州軍。そして群蒼会最初の敗北だった。

 …

 ……

 ヨシムラとオグマ・ラグナは夜中に城の隠し城門を探しに来た紫電旅団の兵に紛れ、翌日に火矢で射出櫓を燃焼させた。その日の夜のうちに城の堀や柵で囲まれた場所の一部は部隊移動の大通路の役割を果たした。ヨシムラは城のどこでも脱出通路を生み出すことが出来た。

 闇夜に紛れヨシムラとオグマ・ラグナは兵五〇〇〇を秘密裏に城外へ移動。事前に設定していた行路をつかい最短距離でプラウハに到着。ヨシムラの予測通りにちょうど帝国本軍がプラウハを伺う。未だ行軍陣形だったところを強襲した。


 第一次プラウハの戦いの直後から準備をしていた。チサカ山の築城は勿論、第一次の時に判明した帝国本軍の実情と行軍速度、コンリト防衛で使われたという射出櫓の存在に弱点、出入り口を生み出すための山地の斜面勾配やあの日の強風が吹く等の地理情報。自身の館長の職掌で図書館からの情報ありとあらゆる情報を集められるだけ集め、迎撃の策を練った。

 用意周到。濡れぬ先の傘。ヨシムラはプラウハに凱旋、隣のオグマ・ラグナにそんな初等のことわざを漏らした。


 プラウハ防衛に成功した風の参謀、ヨシムラはプラウハ市営図書館の隣にある自宅に帰宅する。

 玄関の戸口を開けると、テレザとミツキが待ってくれていた。

 ヨシムラはおもわず目の奥が熱くなるのをおぼえた。


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