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第百六十二話 回想・第二次プラウハの戦いⅡ

 明らかにチサカ城にアレルギーが出ている。それも拒絶や無視という方法でなく根絶を選ぼうとする最悪のアレルギー反応だった。


「んへーだからいっしょに戦っちゃだめなんだよねー」


 帝国本軍本営から戻った惟義から帝国本軍の方針を聞いた透は、それだけ言って惟義の幕営を出て工業部特製の透専用の移動寝所へ戻る。移動つまり車輪がついていて、主任参謀の魁世が用意した絹の寝具をもってきた寝所だった。

 ついてきたユリダリアに惟義は向き直った。


「ユリ、先ほどのことは——」


「そんな気にしないで下さいにゃー。ああいう奴らはおだてておけばいいですにゃー」


 そう笑ったユリダリアをみて、惟義も笑みが零れそうになるがすぐに顔を引き締める。


「おだてて勝てるのならおれだってそうする。だが、そうでは無いだろう」


 真っ当な意見だったが、ユリダリアは


「コレヨシは正しい。とはいっても敵戦力の多数籠る城を放置はできない。だから攻め獲る。次に満を持して都市も攻略する。それでいいんですよ」


 そういうものかと惟義は納得した。納得させられたのでは無い、同じ言葉でも発言者が違えば納得の仕方も変わってくる。

 …

 チサカ山のチサカ城、第一次プラウハの戦いと同様に三〇〇〇の市民軍兵が籠っていると推察されている。尾根に沿って複数の砦とそれを連結する柵が設置され、場所によっては山肌に巨大な龍が爪でひっかいたような土堀や、鋭く研いだ木々が杭のように刺さっていた。

 各砦や帝国本軍がみつけたった一つの城門には市民軍を表す自由都市プラウハの紋章が描かれている。

 この世界では極めて珍しい山城に分類されるものだった。

 三〇三〇〇の帝国軍は三〇〇〇の市民軍が籠っているとされるチサカ城を包囲した。


「我らは三万!城正門だけでなく、全方向からもさあ攻め上がれい!」


 キンキンと甲高い声でキュウロン伯は号令し、斜面の緩やかなところを兵たちが登っていく。惟義の紫電旅団も同様に登らせている。

 三〇〇〇〇の兵が攻め上がる様は盛大なもので、一応は大将という立場として本陣に残って兵達を眺める惟義は死骸にありつく蟻の大群のようだと感想を抱いた。

 そろそろ登り切ろうとしたその時だった。


 矢雨が降り注ぐ。岩が、丸太が落ちてくる。それらは投下によって速度を急激に上げて崖を削り土砂を生み出し土煙を巻く。

 登ろうとする兵達は次々と射殺、轢殺され、死体も生者も転げ落ちていった。

 しかしキュウロン伯はここで諦めなかった。諦められなかった。


「キイ!まだだ!岩が落ちるより早く登るのだ!さっさと次の部隊を投入しろ!」


 軍事貴族たちは戦力の逐次投入の愚を冒す。チサカ城は断崖絶壁の場所もあって攻める場所は制限されている為、戦線に参加しない軍いわゆる遊軍が発生するのは仕方の無い事でもあったが。

 結局その日は誰一人としてチサカ城チサカ山山頂に到達する者はおらず、帝国本軍は一週間連続で攻城を仕掛けたもののついぞ落城の機は訪れなかった。

 どうやら落ちそうにないという認識が軍事貴族たちに広がりきった夜、本軍本営に諸将の一人として招集された惟義は自分なりの意見を述べる。


「ナンオウ州保安軍には爆炎火焔の兵器があります。これを用いれば城山を攻略する一助とする事ができるだろうと……うちの参謀長が言っていたが——」


 透は正確には「先に焼き払ってしまおー。向こうがやってくるかも」と言った。

 魁世ならこう訳した「真面目に山登りをする必要は無い。ナンオウ炎二号とミドリ焔一号で山麓から先制攻撃で敵も城もろとも焼き払ってしまおう。

 異世界合同委員会は今まで技術を抑制してきた、だが今もそうであるとは限らない。既に敵は僕らと似た、あるいはそれ以上の兵器を持っているかもしれない」


「“男爵”殿、我ら栄光ある帝国本軍は卑怯で胡乱な手は使わない」


 キュウロン伯に対して惟義は思わず言い返してしまった。


「ウ、ウロン…?」


「胡乱というものよ。我らはあやしげな武器は使わず、己の力で勝利を得るのだ」


 初期ナンオウ炎は南奧州軍がドラクル公との戦いでのみ使い、ナンオウ炎二号とミドリ焔一号は南奧州港湾都市コンリトの防衛で魁世の保安軍が使った。

 帝国本軍、軍事貴族はナンオウ州の新兵器を見たことが無い。伝聞で知っているが、魁世がハイドリヒ華子に頼んで南奧州第四局宣伝部はナンオウ州の兵器を恐ろしさは喧伝したが、文言には「焼き尽くした」「爆ぜさせた」といった抽象的な表現を用いていた。


「うむ、わかりました!では、今日はうちの参謀長も呼んだので意見を聞いて下さい」


 惟義も心のどこかでは言葉通り、貴族のように比喩でなく、自ら剣をとって戦いたいと思っていた。彼はそれが群蒼会のボスとして、属領南奧州の領主としての義務だと定めている。


「透、どうすればいいと思う」


 宗方透は本軍本営でもいつものように机に突っ伏し、眠たげな目をしている。

 彼女の不勤勉そうでやる気の無さそうな姿に、あの霧の軍師なのか軍事貴族たちは訝しんだ。

 透は顔を少し上げ、惟義の姿を視認して謂った。


「…あいては少数。一方は遠回りしてプラウハ、もう一方は城をほうい。いじょう」


 軍事貴族たちはそのやる気のない声にますます彼女の能力に疑念を抱いた。惟義は無言で頷くにとどまった。

 最後に透は短く、そして普段よりも小さな声で答えた。


「は———ち」


「ん?すまん何と言った?」惟義は聞き返した。


「はさみうち」


 つまり、もしも市民軍がチサカ城の包囲を脱してくれば、あえて包囲を解いて以って野戦で市民軍をプラウハ直接攻撃の一軍と包囲の一軍で挟撃するという腹だった。

 惟義は透の云いたいことを自分なりに言語化するまではできなかったが、これまでの経験で何となく肌で感じ取った。


「なるほど時と場合によって考えて行動すればいいのか」


 現地で判断すればいいだろうと惟義はその程度に認識した。そして、透がいつもより声量がなかったのは、魁世や直といった群蒼会の面々が周囲にいないこと、帝国本軍の兵や軍事貴族たちに囲まれていたことが透の精神面に負担をかけていた。


 つまりフォン・コレヨシたち一〇〇〇〇が城を包囲することで市民軍主戦力を城に閉じ込め、自分ら二〇〇〇〇でプラウハを直接攻撃するという事と判断してしまう。

 何かしら別の戦法をとって早期に勝利しようというのは軍事貴族たちの共通の認識で、抜け駆けまでは理性が留めているものの、彼らに焦燥感があったことは間違いない。


「敵軍をチサカ城でシマヅ男爵の一万が留め、その隙に我ら帝国本軍が二万でプラウハを攻める。これでよかろう」


 プラウハ攻略が主目的であるのだから、成功すれば軍事貴族たちの方が惟義のチサカ城攻略より功績が大きいのは自明だったが、惟義は不満を示さなかった。

 三頭体制の魁世、執権の雨雪から惟義は云い含められていた。

「おだてる必要は無いが決して貴族たちの機嫌を損ねてはいけない。例えば貴族が自分に対して重要度の低い仕事を押し付けられてもそれを拒否しないように」

 惟義は二人から自分が何か不平不満があればすぐさま暴力を振るう男と思われていることの方に不貞腐れそうになった。なんなら魁世の方が何を始めるか知れない人物ではないのか。


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