閑話 群狼Ⅰ
新納魁世の思惑とも伊集院雨雪の思惑とも異なる完全な別行動をとっていた浪岡為信は三週間ほど前に出会い、為信自身が名付けたリレイ“黎玲”と一緒に昼食を摂っていた。
場所は帝都、異種族連合による包囲を義勇軍が解いたことで少しずつ活気の戻りつつある帝都の商業区の飲食街。値段はそこそこ、だがかなり美味しい酒場兼料理屋として巷では有名であった。飯のための金は日雇いの仕事で稼いでいる。
「どうしたリレイ。好きなのを注文しろ」
リレイは為信と同じ机に額を対にして座っていた。
「此処のある程度の値段はするが旨い料理が食えるのはお前の手柄だ。別に遠慮する必要は無い。仕事分の報酬は黙って受け取れ」
為信は壁に掛けられた料理目を眺める。
「先程もだが、お前のあのナイフ捌きは一体どうやったら習得できるんだ?体の大きさをものともしない、アレは凄いだろ」
彼が思惑なしに褒め、手法を知ろうとするナイフ捌きというのは、先ほどの日銭を稼ぐ際に巨漢の盗人を最小の動作で手早く殺害した手さばきのことである。
なお、その日雇いの仕事というのは「戦禍を恐れ家財を持ち出す余裕もなく帝都から逃亡した貴族の屋敷から金目のものを盗むこと。配当は窃盗物の三割」というもので、リレイが殺傷処理したのは、為信とリレイのように同じく窃盗目的で屋敷に忍び込んだ男である。
為信は自分とリレイの前にフォークを並べる。
元よりクラスΛをなんとはなしに嫌い、自分からクラスメイトとの交流を絶ってきた彼らしからぬ、目の前の少女を思い遣った行動だったが、彼は無意識化あるいは動物的な勘でそれをやっていた。
「しかし遅いな、店員に注文するタイプではないのか?まさか発券機か?それとも自分で頼みに行くのか?」
為信はリレイが自分に何かを訴えかけているのは分かった。
その時、この店の店主らしき人物が為信達の元へやってきた。
「あのぉ、すみません」
「おおどうした」
店主はおずおずと、目には侮蔑と恐怖の入り交じった目をして口を開いた。
「えっとぉそのぉ、手前様には本当に申し訳ないのですが…帰っていただけませんか」
為信は一瞬、ほんの一瞬店主を睨んだ。
「そうか。理由は聞いていいのか?」
すると店主は申し訳ない顔をもっと申し訳なさそうにして言った。
「…………手前様の、その所有されているものがぁですね、異種族の方じゃないですか。趣味は人それぞれだとは思いますがつい最近まで異種族連合と戦ってきた都市の者達からしますとぉ…その、ご配慮願います」
為信はリレイが妙な視線を向けていたことに気づいた。いや気づいてしまった。
そして為信は店内の他の客の視線も為信達を見ない様にしている者やあからさまに敵意を送る者、ただ怯えている者もいた。
「そうだな俺の考えが足りなかった。迷惑かけたな」
素直に店主に軽く一礼した為信は席を立つ。
「リレイ、帰るぞ」
「今度からはお前とは飯を食いに行かない。いいな?」
為信は外套を被るリレイと帝都東区の雑踏とした街路を歩いていた。
「……ごめんなさい」
リレイはそう言って為信との隠れ家に帰ろうとする。
「おいリレイ、何をしている」
為信は不機嫌そうに続ける。
「お前今夜は飯も食わないつもりか?なんだ、狼は一日二日の夕飯抜きは問題ないのか、俺は無理だがな」
「…タメノブだけ食べに行けばいいじゃない」
「なんだと貴様、お前はご主人様に一人で出歩かせるのか?……八百屋はどこにある」
リレイは小走りで為信のところへ駆け寄った。




