第百三十七話 アルベーニュの会戦・残敵掃討
帝国属領ナンオウ州軍は大同盟軍の主力八〇〇〇〇にアルベーニュの会戦で勝利し、他の大同盟加盟国や惟義たちの所属する帝国の宮廷廷臣たちは、ここで一旦戦役は止まると考えていた。もっといえばこの辺りで講和の使者が来るかもしれないとも期待もしていた。
負けた方の白百合王国や聖櫃帝国が主戦力が撃破され継戦能力が無いのは当然で、勝った方の千年帝国も惟義たちが透の案で超短期決戦を挑んだこともあって双方長期戦の備えが無い。
だがしかし、アルベーニュに一旦戻ったナンオウ州属領軍は、明可の百足戦闘団、直の青菱戦闘団、惟義の紫電戦闘団とユリダリア・カーツェの近衛騎士部隊の三つに分け、魁世の保安軍を後詰として聖櫃帝国をハンノニアからさ三方向方向に出陣。先日の会戦の大勝利の勢いそのままに聖櫃帝国のありとあらゆる領主館、貴族の居城、その他重要都市を次々と陥落させ始めた。
帝国宮廷にとっての誤算は、ナンオウ州軍の継戦能力ひいては魁世受け持つナンオウ州軍軍務局の兵站維持能力の高さだった。
ここにきて大量の恩賞を得ようという腹積りなのかと手遅れだが予想し、急ぎ使者を飛ばして惟義たちを止めに向かわせた。
「ま、補給もなにも、“こっちに来たらあげる“程度の補給状況なんだよな」
魁世は陥落した都市の一つ、自由都市ボッフルゲンに保安軍うち五〇〇〇を率いて滞在している。惟義とユリダリアが、ボッフルゲンの防衛のために撃って出てきた防衛軍を、惟義の紫電戦闘団が鉄床、ユリダリアが鎚の“鉄床戦術”で殲滅し、空白となった場所に物資をたんまりと持った保安軍と魁世が入ってきた。
15日、それが食糧等を鑑みてナンオウ州軍が外征できる最大の期間だった。
外交の権限を持たない惟義たちナンオウ州軍は、勝手に講和を結ぶことは許されない。それは帝都にいる貴族たちに軍人ごときの越権行為と見做され、目をつけられかねない。だからといって戦後の外交を何も考えずに暴れるだけ暴れるとこれまた貴族たちの心象が悪くなる。
なおここまで考えているのは武官では魁世くらいで、惟義に明可、直は「とにかく合同委員会の奴らを見つけて捕まえよう」くらいにしか思っていなかった。
魁世の元に宮廷からの、どこかの名家出身の使者がやって来た。
使者は汗を拭きながらも、貴種らしい態度で、階級の下にある魁世に声高に言った。
「ニイノ少将、シマヅ男爵たちを、彼らを今すぐ止めよ。出なければ此度の戦役は泥沼の一途を辿ってしまうぞよ!」
ここに明可や直あたりが相手であれば「今更指図するくらいなら最初からお前らが戦えってな。貴族様がよお」と返答するのかなと想像しつつ、魁世は跪いて返答した。
「ご使者様、これは芝居でして」
「なに?芝居?」
「大同盟なる不逞な連合体をもう二度と組もうなどと思わせぬよう、この国の国土に恐怖を刻みつけているのです」
魁世は権限など無いが講和の道筋を考えている。
まずは敵主力との会戦で勝利し、次に大同盟国から一国だけの支配者階級を執拗に破壊し周り、他加盟国の肝を十分に冷やしたところで、講和を申し込むというものである。
これを先に聞いていた雨雪からは「不良の幼稚な喧嘩の手口」と呆れられた。一対多数で相手が多数ならば、毎回一人ずつ行動不能になるまで殴り倒して一人ずつ相手側から脱落させて最終的に勝つという、夕日で照らされた土手で悪童一人が悪童集団と戦うやり方と殆ど変わらない。
「その証拠としてこの地図をご覧下さい。我が軍は三方に分かれて無秩序に暴れているようにも見えますが、聖櫃帝国から出てはおりません」
事実、惟義たち三つの軍部隊は聖櫃帝国内を暴れつつも、白百合王国の領地や近隣諸国の土地は寸土として踏んでいない。魁世は続ける。
「そういう訳でして。ですが宮廷の方々もご心配だと思いますしナンオウ州軍もそろそろ引き上げます」
「ああ、よきに取り計らいたまえ」
使者はなんとか納得したようだった。
その後、使者の宿泊の段取りを済ませて、魁世は夜空を見上げる。
「あーなんで僕がこういう接待しなきゃいけないんだよ」
こういう時こそ近衛騎士として帝都に滞在する新田昌斗が対応すべきなのだと、魁世は現在いくつか抱えている案件をひとつ片付たことで、ひとつ嘆息した。
……
…
明可は聖櫃帝国内の城址を次々と攻め落とし、聖櫃帝国に所属する辺境の一領地ウェクスに軍を進める。
聖櫃帝国ウェクス領領主ダロン・ウェクスは先日のアルベーニュの会戦に参加し、早々に退却。自領の館に戻っていた。
「うわっ、小生もしかしてピンチ⁈」
赤地に黒の百足が描かれた戦旗を見て、ダロンはその地で得た財産も何もかも全てを置いて逃げた。
目指すは大陸の凍土の大地に建てられた大国、戦賊部族と呼ばれる強力な“蛮族たち”を従え、彼らに依って立つ連合体。万緑大公国。
ダロンの行為は合同委員会の中では敵前逃亡の誹りと、裏切りを疑われかねない行為だったが後になってダロンの行動は正しかったと結論付けられる。
「ウン十ナン計逃げるが勝ちイ!」
そんなダロンの逃亡直前の捨て台詞を明可は聞くことがなかったが、領民も臣下も誰も彼にも一切相談せず単身で逃げだしたその外聞知らずを軽蔑しつつも、彼の判断の速さに同時に感心もした。
明可はがら空きになったウェスク領館に入る。
まずは溜め込まれた食糧を自軍の兵に分配し、金品財産は後方にいる魁世の方へ運んだ。
属領領主にして属領軍司令官の惟義をはじめ、明可は戦場に出ていない住民への略奪を許さない。兵と民の区分が明確でないこの世界であっても、彼らは節を曲げる気は無かった。
……
…