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第百二十八話 アルベーニュの会戦・前夜Ⅰ

 アルベーニュの会戦より二つ前の晩に遡る。

 前線にいる惟義たちに合流した保安軍とその指揮官である魁世の元に、闇夜に溶けるようにしてとある小集団が来訪した。

 深夜で多くの兵が寝静まる陣地だが、保安軍指揮官幕営は明かりが灯り、中で魁世とフォーミュラが仕事を続けており、魁世は寝そうになればフォーミュラが魁世の首元に巧緻に筆ペンを飛ばして意識を戻したり、激辛牛蒡茶を飲ませたりあの手この手で起こそうとかかっていたその時である。

 魁世が使う机の向こうに現れるのは十人の紺装束の者達。

 音も無く現れた彼らを、姿を視認した魁世は笑顔で出迎える。


「ああ、マトラさんお久しぶりです」


「動揺しないのは流石ですが、もっと警備は分厚くした方が良いのでは?ニイロの旦那」


 マトラと呼ばれた壮年の男性は、魁世の顔を見て低い声で笑う。

 魁世の方は少し眉を曲げて残念そうに言った。


「マトラさんが来てから警備を見直したんだけど、あまりニンジャにとってはあまり変わっていないか」


「えぇ、はい。全く」


「まじか」


「そうしょんぼりせんで下さいよニイロの旦那。我らがニイロ様の元に入れば陣中の警備体制を多少よくなりますよ」


 それと、そう謂ってマトラは魁世の近くに座っていたフィーリアの方を向く。


「そろそろその物騒な武器をしまってくれませんか、補佐官どの」


 フィーリアは点火済みの銃をマトラたちに向けて構えている。事務能力に定評がある彼女は同時に保安軍内で監察の面で畏れられているが、監察する際以上にその目は据わっており、おおよそ味方に対して向けるものではない。


「言った筈ですが。初めて会った時に、以降は閣下の間に私を挟んで応対するようにと、せめて来るときは一報寄越すようにも言明していましたが、お忘れですか」


「はい。忘れました」


 普段は冷静沈着なフィーリアとは思えない剣幕と、それに曝されたマトラの飄々とした態度に、不穏な一触即発を感じとった魁世は何か話題を変えようとする。


「そ、そうだマトラさん。今夜から正式に僕の元で働いてくれるっていう認識でいいかな」


「あーその件なのですが、今夜は今の雇い主から旦那たちを殺してくるように言われていまして——って、補佐官どの、これはあくまで情報というだけ、冗談です冗談」


 フィーリアは本当に撃ちかねない。それに対するマトラはあまりにも肝が据わっている。流石は地表八分の一の人類世界で暗躍する暗部の親玉なだけはあると魁世は今を若干放置気味に観察していた。

 マトラは話を再開する。


「私らマシュルム方伯の命令でここに来ましたが前に謂った通りニイノの旦那に寝返るつもりです。私ら社会の日陰で生きている者らにも家族がありまして、それをあのマシュマロのように太ったマシュルム方伯に人質にとられている状態でなんですわ。

 この仕事を証拠付きで済ませないと人質にされた家族が危険で、いやすんません。ニイロの旦那には関係ない話ですがご協力願えませんでしょうか」


 マトラは少し申し訳なさそうにした。あるいは演技かもしれないが、魁世に断る理由は無かった。むしろこの状況を利用して後日の会戦に活かす案は今思い浮かんだのだから。

 フィーリアは警戒を解いていない。マトラが初めて魁世の元を訪れたとき、フィーリアも同じ空間にいたが、これほど腹に一物も三物も持っていそうな人物を、フィーリアは見たことがなかった。


 “なんか惚れ込んだんですわ。ええ、ニイノの旦那”


 その時は今から一年も前の、ナンオウ州での出来事だったが、会って数度会話しただけでマトラがあのような事を言い出したとき、フィーリアは一言一句全く信用しなかったし、今も信用していない。

 魁世は後で「あんな感じだと逆に信頼できるよね。報酬を気前よくしっかり払えばついてきてくれるよ」と言っていたが、フィーリアから見れば上司にして主君の新納魁世が詐術に引っかかってしまったような、危惧を覚えた。


「勿論協力する。というかそういう話はもっと早く言ってくれ」


「いやーなんかですね、マシュルム方伯に雇われた私らと、ホルシュルス公爵の下にある暗殺集団が相互に監視させられているっぽいんですよ。まあ雇い主二人は隠しているつもりのようですが、親密そうに繋がっていますし?ここ最近は特に疑心暗鬼になられてようで

 ここは想像ですが、多分私らこの仕事が終わればマシュルム、ホルシュルス相互の暗部で相討ちさせられた果てに殺されそうなんですよ」


 どんどんと重要な情報を話すマトラに、魁世は真剣は表情で聞き入っている。


「その辺りは解決できそうか?もし難しいのなら……」


「あーいやいや、ニイロの旦那のお手を煩わせることも御座いませんで。こちらの事情はこちらで片付けます」


「マトラさん。いいやマトラ、あなた達は今後僕に仕えてもらいます。潤沢な活動資金は渡しますし、家族を人質にとるといった方法でなく、より実のあるやり方でマトラとは関係を持っていきたいと思っています。そちらの方が都合がいいだろうし、だが、僕はあなた達を雇うつもりは無い。臣下として仕えて欲しい」


 魁世の真剣な貌に、マトラはどう応えるのが正解か逡巡した。自分が逡巡したことにも驚いたが、自分が今まで生きてきたこのようなことがあったろうかと過去を思いはせるが、出てこない。

 頬を掻きながら、マトラは返答する。


「っははーん、旦那は私らを口説こうとしていらっしゃる」


「その通りだ、マトラ。そうして口説かれたから今こうして此処にいる」


 マトラは次の、いや最初で最後となる主の元で働くことが少し愉しみになっていた。


「ではニイロ様、これからよろしくお願いします」


 マトラは以前の雇用主の命令でナンオウ州、その統治者たちを調べていく中、群蒼会の存在にぼんやりと気づいた。異界から召喚されたことまでは知らないが、ナンオウ州の上層部に強固な連帯があることは見抜いている。

 マトラは雇用主の所属する異世界委員会のことは、魁世から言われるまで知らなかった。正確には知ることができなかった。マトラは魁世に言う。


「心外ですな。私にも最低限の義理はありますし、雇い主の詮索はしないというのは日陰者の常識です」


 だがそれは事実と些か異なる。異世界委員会を知らされていなかった、知らなかったことは事実だが、以前にマシュルム方伯とその背後を秘密裏に調査を始めたとき、“異様に強い何者かに”に一時行動不能にさせられたという経緯があり、それ以来、マシュルム方伯周辺は詮索しないようにしていたのだった。


「最初の仕事を頼んでいいか」


「なんなりとどうぞ」


「僕ら帝国属領軍の諸将が君らの手で殺されたという欺瞞情報を君らの元雇い主たちに流したい。できるか?」


「ええできますとも」


 魁世は更に謂う。


「あとホルシュルス公爵の下にある暗部集団も味方にできないか?」


「それはですね、そっちはそっちで新しい雇い主を見つけたらしいんで、もう勧誘は無理そうでして」


「へー……そうそう、新しい拠点とかはうちのフィーリアと相談してくれ」


「らしいから補佐官どの、これからよろしく」


 魁世の言にマトラは頷き、フィーリアの方に口角を上げて微笑んだ。

 フィーリアは瞑目し魁世を向いて首肯した。

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