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第百十八話 中学生Ⅰ

 乃神武瑠が故郷から遠く異国の反政府宗教過激派武装組織の少年兵だったのは三年ほど。12歳のときに組織を殲滅せんとする多国籍軍によって保護され、故郷に帰還した。

 外交官の父が海外旅行先に何を思ったか紛争地帯を選び、そこでテロ攻撃を受け結果として父と対立していた武装組織に少年兵として使役される。

 父の同僚だった官僚や周囲の大人は武瑠をこの上なく不幸な存在だと感じた。

 そこで少年の直近過去三年間は秘匿され、武瑠は長期の海外留学に行っていて、彼を除く家族全員が海外で事故で亡くなったということになった。これには少年を先進国の子供らしくするためのプログラムの一環と、自国の高級官僚とその一家が爆殺された上に子供を少年兵にされるという大スキャンダルを覆い隠すためだった。


 武瑠は父の同僚の官僚たちが用意した事情を知らされていない所得はあるが子も孫もいない老夫婦の家に預けられ、年齢に合わせて中学一年に途中入学することとなった。

 定期的な心理ケアラーによるカウンセリングと、心優しい老夫婦との生活によって徐々に本来送るべきだった日常に馴れていく。それが哀れな元少年兵に対して大人が望んでいるは流れだった。


 魁世の暮らす街は古くからの住民が住む旧市街と、集合住宅が建てられ続け複合商業施設や艶やかな歓楽街がある新市街に分かれている。

 魁世と昌斗が現在通っている中学校は、小学校、高校に専門学校や大学まで持つ一つの学園によって運営されている。新市街と旧市街を分かつ河川の中にある三角州に壁のように連なって建てられ、今までは学園の創設事由である旧市街の人間たちによって長らく運営されてきたが、数年前に理事長が変わっていた。

 熾烈な権力闘争があったとも無かったとも噂されるが、もっぱら旧市街の人々からは現理事長は簒奪者というネガティブな文脈で語られている。



 学園中等部の教室端にまだ幼さの残る顔をした二人の生徒がいた。


「駅前で少年ひとりが数人の青年を暴行したのが一ヶ月前、公園にいた数人の高校生が何者かに暴行されたのが二週間前、札付きの不良グループが全員病院送りにされたのが昨日。これを警察より先に適切に処理せよ。かぁ」


「……。新納、無理をすることもないと思うが」


 そう彼は無表情に告げるが、傍から見て心配しているようには見えない。言われた方はあっけらかんとしていた。


「今回は親父から責任ある大人を経由してのお達しだ。確実にかつ安全にやるよ」

 ……

 …

 新市街にある歓楽街の裏路地で少年は嗤う。

 酒気を纏わせて絡んできた男を手早く絞めて、暗路に引き込む。

 少年は地面にかがんで意識の昏倒している男をまじまじと見つめる。思いついたように傍らから今夜のお供を取り出した。


「流石にアイスピックで頭を刺すのはいけない。乃神武瑠、だよね」


 その声に武瑠は振り向いた。視線のむこうには肥沃な土色の瞳をした少年と言っては幼い、だが青年と言っては幼い見た目の人物が立っている。背丈は武瑠が明らかに低かった。


「ボクが誰か知ってるの?」


「いや別に、戦争帰りの壊れた人形を止めるよう偉い人から頼まれたからだ」


「……へぇー、キミ、ボクより強いかんじ?」


「まあ、制止を見込まれる程度の者だと思ってもらえれば。あと名前は新納魁世」


「ふうん、()めてほしいんだ」「あぁ、自分から止まってくれると楽なんだ」


 少年と青年の中間の人物は肥沃な土色の瞳が安堵を示したが、武瑠は熟れた果実を裂いたように笑った。


「ヤーだ!キミが頑張って止めればいいじゃん」「当然僕はそのつもりさ」


「じゃあやってみなよ‼︎」


 武瑠は持っていたアイスピックを魁世の眼球めがけて払うように投げた。

 対する魁世は、なんとか投げつけられた鋭利なソレを視認し、上半身を傾けて避ける。

 だがそれはダミーだった。武瑠は魁世が投げつけられたアイスピックに気をとられている隙に身軽そうに走りだして間合いを詰める。左手にはズボンの下の左脹脛(ふくらはぎ)に装着されていたもう一本のアイスピックが握られていて、目刺すのは肥沃土色の瞳。

 狙いの魁世はダミーを避けた姿勢もまま変わっておらず、元の場所から殆ど動いていない。

 武瑠は脳内の興奮物質が我慢の堰を切ったことを実感しながら左手を小さく振りかぶって、魁世の右目を捉えた。


 刹那、武瑠の視界が暗黒に染まる。

 身体も思うように動けない。布で身体ごと覆われたのがわかって出ようとするが、その瞬間、さらに上から重量のある何かが勢いよくのしかかる。

 武瑠はうめき声をあげた。

 自分は今地面に押さえつけられていて、どうしようも無い力で手足が縛られはじめているのが理解できた。


「っば!降参!降参する!だから乱暴しないでっ!」


 降伏宣言も空しく、身体の拘束が完了するまで、背骨が軋んだように感じる何かが背中の感覚から離れることはなかった。

 ……

 …

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