第十一話 ディーオンの戦いⅠ
寵童作戦を始めとする、スルタール率いる多種族連合の帝都包囲瓦解のシナリオは、シナリオ執筆者の魁世が驚くほど思い通りに進んでいた。
宴席でスルタールを人質に取り、それと引き換えに自陣の兵糧を破却しろと要求し、耳長人はそれを呑んだ。そして魁世は約束通りスルタールを返還する。
「じゃーねー!」武瑠は別れ際、遊びの帰り道の雰囲気を纏わせた。
軍隊とは大飯食らいの巨大な生き物である、兵糧の破却など通常は受け入れない。だが白耳長人の総氏族長の命が懸かっていたことと、後で他種族から分けてもらえばいいだろうという判断から彼らは食糧の焼却を選択した。実は白耳長人の食糧の全ては燃やしていない、当たり前といえば当たり前だがそんな馬鹿正直に要求を呑むわけが無いのである。
「十分だ。食糧を燃やす、その炎と煙の様子を兵隊も隊長も見る。これで実体の被害よりも大きな精神の不安を起こさせる」魁世は藍たちの乗せた馬車を全力で駆る。
変化はすぐに起きた。
騒動の後、白耳長人は羊人や鬼人、羽人といった連合の仲間に食糧を分けてくれるよう要求する。羊人、鬼人、羽人はこれを拒絶した。
彼ら多種族連合は各氏族でそれぞれ兵糧を用意して、それぞれで消費し、それぞれで管理運用している。「事情があって自分の氏族の兵糧が消えたからお前らの兵糧分けてくれ」などという可能性など考慮していないのである。
“そもそも女装した男にかまけて人質にされた挙句、家臣は戦々恐々とニンゲンの要求を呑んで兵糧破却。これで盟主種族、盟主王とは笑わせる”
といった趣旨の返答もついてきた。
これに白耳長人は激怒する。
白耳長人は膺懲と食糧強奪の為に羊人、鬼人、羽人の陣地や食糧庫を攻撃した。盟主の軍隊が盟下の軍隊に小部隊でちょっかいをかけて統制する、それは魁世の世界でもこの世界の歴史でもあることである。白耳長人自身の落ち度である食糧難もある。
この白耳長人の膺懲行為は最悪の最大効用を発揮する。
女装した美男子にまんまと引っかかった盟主王の権威なんぞ他の種族は気にしていなかった。いつまで経っても帝都を陥落できないことも不満点であった。
羊人、鬼人、羽人はこの白耳長人の膺懲行為に真正面から対抗、そのまま連合内の内紛に発展した。
これでは多種族連合も帝都包囲網どころの話ではなくなる。そのままなし崩し的に連合は瓦解、各種族は各々で壊走を始めた。
魁世はそれを遠くにいて、目視で確認した。
「よし、これで後はどうとでもなる」
ここまでは魁世の作戦の大成功である。
あとは惟義達率いる帝国旧領奪還軍の出番であり、帝国の安全確保が済んだら時期を見て皇女二名と吉川達も呼び戻す予定であった。
「異種族の包囲を解いた。あとは惟義たちがちょっと戦った風を出して、戦勝の功績を上げたことにすれば十分だ」
ところが魁世は期待したクラスメイトの能力を甘く、下方に見積もっていた。
戦果は増大する、領地は増加する、民心は更に高まる。
それは総大将の学級委員長嶋津惟義の手腕なのか、それとも森明可や本多直、那須興壱達の働きによるものか。
その認識は狭いと云わざるをえない。後に天才軍師の名を欲しいままにする女、クラス一の不思議ちゃん、出席番号二十一番宗方透の慧眼あってこそであった。
……
…
そもそも魁世は惟義率いる義勇軍、後にシマヅ軍と呼ばれるその集団の軍師として出席番号十九番浪岡為信に任せようとしていた。だが結果として為信は軍師にはならず、透が成り行きで軍師となった。
原因は色々あるが、これには魁世が“帝国を救う大作戦”をほぼ自身の頭の中、紙の上でのみ考え、突発的事象にはそれぞれ担当するクラスメイトに丸投げしていたこと。為信が惟義の近くにいなかったことがある。
「魁世は頭いいからな、あいつを信じて行動すれば大丈夫さ」
「本当に大丈夫か?それは惟義よりか頭いいだろうが妄信はどうなんだ?」
直の魁世への疑義に惟義は快活に返した。
「そうは言っても直はついて来てくれたじゃないか」
「ふん、魁世は学校でもこういう計略に長けていた……いつまでも上手くいくとは限らんがな!」
直と同じく副将の明可は、魁世に不満のような何かを漏らす。上手く使われているようで気に入らないだけであった。
今更ながら何故こうまで魁世の指示に従っているのか総大将惟義、副将の直と明可、クラス一の弓取りの興壱は考える。だが今はそれよりも対処せねばならない事があった。
「それより目の前の奴さんをなんとかしないとな」
興壱の元の世界から持ち込んでいた剛弓を手入れしながらの言葉に三人は頷く。
彼らの目の前には、異種族連合の残党が立て籠もる堅牢な要塞があった。
…
現在、凡そ三千の義勇軍は帝都から緩やかに南下しつつ帝国旧領を異種族連合の支配から解放していた。
ここまでは随分と楽なものであった。
兵站の維持や義勇軍を幾つかの部隊に編成、行軍路といったことは共に同行している傭兵団長アムストンや以下部隊長達が協力してくれていた。というよりほぼやってくれていた。
惟義含む四人は義勇軍の象徴として馬に乗ってただ行軍するだけでよかった。それらしい戦闘も無く、極めて楽に事は進んだ。
「義勇軍、解放軍なんて呼ばれるのはむず痒いな。おれは大したことはしていない。あと、そろそろ帝都に戻ってもいいんじゃないのか」
惟義は馬上でどこか恥ずかし気だったが、明可は更に激を飛ばした。
「まだまだ進もう。惟義は大将なんだからしっかり頼むぞ」
解放した村々、都市、港で惟義達は歓迎され、そこで義勇軍志願兵を増やし、食糧や武器といったものも補給または新調した。
それもこれも全て鬼人や羊人、白銀耳長人といった異種族から解放してくれたという感謝と、今度こそ帝都を包囲されるまでになった帝国軍の様に負けないで欲しいという人々の願望も含まれていた。
惟義はそれに真摯に応えたかった。副将の直は、魁世のお膳立てでやっている今の現状になんとなく反発したかったが。
「期待には応えざるをえまい」「どうせ魁世の策だ、肩肘張らなくともいいだろうよ」
ここまでは全て惟義達、というより魁世の思った通りに進んでいた。当時帝都を包囲していた多種族連合軍が彼らの本軍であり、トップの白銀耳長人の盟主王といった重要人物もここにいる事は皇帝客人権限で調べがついていた。魁世はこれを敵の“重心”と予測、断定した。ここを撃破、壊走、撤退させれば帝国の目下の脅威は取り除かれるだろう、と。
異種族の本軍が自領に戻れば、帝国領を占領中の異種族連合の各部隊も自ずと撤退するだろう。ガラ空きになった帝国旧領に解放軍として惟義達が軍を率いてやってくれば帝国の威信も自分達の手柄も人心諸々が手に入る。というのが魁世の見立てだった。
「理想でも目指さないと近づくことさえ出来ない。惟義、頼んだぞ」そうして魁世は惟義にノートを渡していた。
この見方はその手のプロ、傭兵団長といった歴戦の猛者達が聞けば腹を抱えて笑った事だろう。実際彼らを説得する時に魁世達は笑われた。
魁世の戦略は戦略では無い、ほぼ願望である。と
そして傭兵団長含めいやいや説得された大人達は驚くこととなる。蓋を開けてみれば帝都を包囲していた異種族は壊走、自領に逃げ帰り、こうして帝国旧領を奪還し続けていた。
だが事はそう簡単には運ばない。
「うむ、でかいな」
惟義は丘に設えた急拵えの義勇軍幕営を出て目の前の石造りの城を眺める。
惟義率いる義勇軍は確かに帝国旧領各所を解放していった。
そこを占領統治していた異種族連合の戦士達は本軍壊走を聞いて逃げ出すか、駐在していたとしても本軍壊走を信じられず居残り、真偽が分かれば最後は義勇軍に降伏し、惟義は「では家に帰るんだ」と捕虜を取らないのでそのまま故郷まで逃散していく。
だが現在惟義の眺める石造りの城塞には、幾つかの占領都市から本軍壊走を聞いてただただ南に逃げ、文字通り最後の砦に集まった異種族連合軍残党が寄り集まっていた。
「立て籠もった数は約三千、こっちの義勇軍の戦力も解放した各所で増やし再編して三千五百も無い」
明可は聞いた情報を惟義に伝える。傍で聴いた直は元いた世界のTV歴史番組の話を思い出す。
「たしか攻城戦には攻撃側に防衛側の三倍の兵力が必要と聞いたことがあるが、ここで魁世の作戦も打ち止めだな」
だが惟義は頑として、にわかに育ちはじめた大将の気を出しはじめる。
「いいや、ここで撃退する。あそこに籠る異種族連合三千は無視できない、無視して素通りすれば要塞から出てきた異種族連合に背後から攻められて、おれたちは負ける」
なるほど正論かもしれない。だが直は惟義の腰巾着では無いので当然の指摘をする。
「その通りだ惟義。で、どんな策でいく」
「…」「……」「………」
三人は黙る。黙りたいのではない。言えることが無いのである。惟義はぽつりと呟いた。
「うむ、浪岡を待っておけば良かったな」
惟義達は傭兵団基地から義勇軍を糾合して出陣する際、魁世の決めていた義勇軍軍師の浪岡為信が惟義達の前に現れなかった。そもそも惟義達と同じように傭兵団基地に隠遁していなかった為信が連絡もできてないのに当日になって軍師として現れることを期待するとは無理があった。
「ふん、あのような不気味な奴。信用なるか」
「軍師って作戦考える係だろ?そんなの俺たちで考えればいい」
副将の本多直と森明可は浪岡為信のことが元の世界の時から好きでは無かった。理由は様々だが大元は為信の醸し出す雰囲気が陰鬱というか暗澹としている、と直と明可が思っているからである。
「む、悪口は感心しないな。そう言うなら明可達には何か良い案があるのか」
「……ま、今夜は取り敢えず此処で寝泊まりだな」
とくに言い返す術の無い明可は、体の方向を変え干し草の積まれた馬車に向かう。
明可達は進軍先で心やさしい農民からもらった干し草のベットで寝ている。
彼が馬車から干し草をごっそり両手に抱えたとき、何かが明可の視界の端に映った。ほんの少しの違和感であったが、明可は好奇心からその場所の干し草を退ける。
「………なんでこんなところで寝てるんだ」
そこにはか細い寝息を立てる細身の少女がいた。
服装は元の世界の高校の制服のまま、綺麗に膝を折って干し草に包まれる様に寝ていた。
……
…
干し草の山が気持ち良くて寝ていたら、それが義勇軍に接収されそのまま義勇軍と共にここまで来たようだった。寝る場所はともかく食べ物や衣類はたまに義勇兵一般兵に紛れて飯を食い、服は着たきりだったと供述した。
「こんなところいたら駄目だそ透」
「そうだぞ戦場なんだし遊びじゃないんだぞ」
直と明可は透を叱っているが、明らかに透は聞いてない。透はボーッと周りを眺めている。
「けどもう戻れない、まさか透置いてっちゃうーん?」
「そんな事はしないが…いるならなんか仕事してくれ。その辺の掃除とか」
「……昼ごはんまだー?」
元の世界から変わらない透のゴーイングマイウェイ、明可や直、興壱は頭を抱える。
「人の話聞こうぜ宗方さん」
話は平行線を辿る、同じクラスメイトととしておざなりにはできないため明可は言葉に窮した。
すると透はある一所で視線を止めた
「…アレ、あそこの敵を倒したいんだよね」
透は異種族連合残党の巣食う城塞を見ながら続ける。
興壱は苦笑する
「まさか透ちゃんが軍師⁉︎そんな透ちゃんには荷が重いんじゃないかな」
だが義勇軍総大将嶋津惟義は何かピンと来たようだった
「よし宗方。今から君をこの軍隊の軍師に任ずる、早速目の前の城塞攻略の作戦を考えてくれ」
直、明可、興壱は正気かと思った。だが当の出席番号二十一番宗方透は少し胸を張り上げて得意げに応える。
「うん、任された」
そうして透は極めて真面目に集められるだけここ周辺の地形や集めた敵味方に関する情報をもとに一つの作戦を作った。
直や明可、傭兵団長やその面々はその全貌を聞かされた時、驚いたと同時になんとなくいける気がしていた。惟義ただ一人が快活に笑っていた。
……
…
異種族連合残党が籠る城塞はディーオン要塞と呼ばれていた。帝国が築いたその城塞は異種族連合侵攻時にほぼその効力を発揮する事なく異種族連合に明け渡された。現在は連合軍本軍の壊走を聞いた占領統治中だった異種族連合の各部隊が状況的に自領に直接帰れないと悟り、半ば自棄で城塞に籠っていた。
そしてこの連合軍残党の内部が問題だった。異種族連合は当初から占領した村や町を占領した部族、又は種族にそのまま占領統治を任せていた。異種族連合は連合と言えども分化された個々の軍事行動では基本的に単一の部族種族を一つの部隊として行動させせていた。つまりひとつ占領すればそこはひとつの部族がそれぞれ担当ということになる。これはある種当然のことである。元は多種族連合にとってこの戦争が人類圏への単なる収奪戦争であり、明確な終わりの無い戦争であった。盟主として白銀耳長人の総氏族長のスルタールがいるとはいえ、元は見た目も異なる者達である。これにかつて何度も争ってきたとあっては部隊規模において種族間の密接な連携や混成編成は不可能であった。
こういった種族間の深層心理の中の蔑視や敵視の根本的な解決を怠った事は異種族連合の大きな弱点だった。現にディーオン要塞内の異種族連合残党の雰囲気は最悪であった。盟主王の白銀耳長人は当然の様に盟主の種族として残党を仕切り出そうとするが、他の鬼人や羊人といった者達からすれば耳長人のせいで本軍が敗れたと聞いているため、そんな落ち度のある種族に何故仕切る権利かと抗議する。
こうしてディーオン要塞は明確な指揮官がいない状態で帝国義勇軍と戦うこととなった。
そんな彼らだが城塞を囲んでいた筈の義勇軍が此処を素通りして別の占領地を解放せんと動き出したのを察知した。
城塞から見えていた義勇軍の陣地は既に無く、確かに目の前からいなくなった。
これに城塞に籠っていた異種族連合残党の多くは激怒した。鬼人や羊人はすぐさま城塞から撃って出るべしと声を張り上げる。
何故なら一戦もせずに敵に占領地を素通りさせ、他の占領地を襲わせるなぞ好戦的かつ自尊心の強い彼らにとって耐え難いことであったからである。
「今なら素通りした人間の軍を背後から攻撃できる!」
一応の盟主種族である白銀耳長人は慎重論を唱えたものの他の種族に睨まれ、最終的に多数決の論理で出撃が決まった。
ここディーオン要塞といった城塞や主な都市、港を繋ぐ非常に発達した石畳みのこの世界でも稀に見る非常に整備された道が存在する。かつての帝国開闢期、後に“帝国の遺産”と呼ばれるものである。
この石畳みの道は通常の人やモノの行き来する時、異種族連合が帝国の領土を収奪し回ったた時、帝国義勇軍が急速南下して帝国旧領を奪還し始めた時に用いられている。
道は誰でも使える。それが帝国のものであれ、異種族であれ、義勇軍であれ。
今回も異種族連合残党は義勇軍の背後を強襲する為にこの道を通る。
「ホントに来たぞ」
「まさかこんな簡単に城塞から釣り出されてくれるとはな」
直と明可は押し寄せんとする異種族連合の軍勢を見て思わずそう呟いた。
「よし、それじゃお前達も持ち場につけ」
直、明可、興壱は惟義に言われると即座に持ち場に戻った。
透は義勇軍の陣形に“鶴翼の陣”を採用した。
鳥が大きく翼を広げた様にみえることから名付けられたこの陣形は元の世界、そしてこの世界の古今東西でも広く見られる陣形であり、一般に大軍が寡兵に相対する時に用いられる。
本来これは義勇軍という名の寄せ集め軍隊にできるものでは無い。
傭兵団、帝都守備隊、民兵集団の有志によって結成された義勇軍は訓練したことも無ければ、編成や指揮系統、歩兵操典に至る軍事に必要なものが現地での即席または未発達であった。そんな通常なら軍とも呼べない軍が数千の人間を配置し一元に指揮する“陣形”というものを出来る筈がない。
だができた。成し得た。
惟義も明可も直も興壱もましてや透もこの異常さをよく分かって無かった。彼ら彼女らはなんの感慨も無くコレを確立させた。
なぜそんなことができたのか、惟義達には分からない。そもそも惟義達は疑問にも思っていなのだから分かろうとも思っていないのだが。
「よーし、きたきた」
明可は鶴翼の陣の丁度中央部、鳥の頭の部分に陣取っていた。
即席の自分の部隊に軽装の防具を着て大振りの槍を持ち、馬上から迫り来る敵勢を眺める。
なんとなく集まってきた自分の部隊に明可は“百足隊”という名を付けた。この世界に来て初めての部下達は「悪趣味」だの「悪役の様だ」と言ったが、明可がラグビー部の主将であったことから“退かない”“前しか進まない”と何処かできいた百足の話に明可はなんとなく良いと感じた。
「さぁ行くぞオメーらぁ!!!」
周りの百足隊の兵士達も次々に叫ぶ。
透から突撃はせず槍衾を敷いて防御せよと言われていたが、明可はそれも忘れて突撃しようとしていた。
明可は馬を思い切り引く。
馬は走り出す。明可はその時に受ける風がどうしようもなく好きであった。
「俺の名前は森明可!俺の今日最初の手柄首はお前だ!」
そして目の前の敵勢を率いて突撃していた角の生えた隊長格の人物の頭と胴体の間に槍を薙ぐ。
明可に人を殺した経験は無い、精々学生の喧嘩程度の経験しかなかった。
だが不思議と体が動いた
明可は今がかつて感じた放課後の部活の時以上に多幸感に包まれていた。
直は鶴翼の陣の右翼部で明可の部隊が突出して敵と激突しているのを見ていた。
あいつ、作戦忘れてるな。
そんな事を思いつつ直自身も体がうずうずしてきたのを感じていた。
直にも野球部ボールを打ったり投げたりしたことはあっても武器を持って戦ったことも無ければ部隊を指揮したことも無い。
だが直は何故かこの戦いで負ける気がしなかった。
「よしこっちも出撃だ。“青菱隊”、武器は持ったな!」
名前に特に意味は無い。明可の部隊名が百足隊で赤を連想させたため、青にしただけである。
惟義と興壱は鶴翼の陣の左翼部に惟義の直属部隊“紫電隊”を率いて配置されていた。
敵が陣形も何も無く闇雲に突撃してきたのをそれを中央部で受け止める。そこから左右に展開されている部隊で包み込んで包囲殲滅する。
ためではない
これは“敵の軍勢を引き伸ばす”ことを目的としていた。
多種族連合は三千、義勇軍は三千五百。これで包囲なぞ普通は出来ない。
透は寡兵で大軍を包囲殲滅した戦争があったことを“知っている”。だがそれとこれとでは全く状況が異なる。
透は敵が此方の背後を強襲しようと焦ってここまで来ると予想した。敵は城塞を素通りされた怒りと背後から襲おうという考えが昂っている。そこに突如として目の前に陣形を整えた義勇軍が現れたから多種族連合はどうするか、見切り発車できたため準備が無いからと一旦引き返すか、そんな事はあり得ない。敵前で向きを変えて退却すれば文字通り背後から攻撃される。現に少し前に多種族連合の本軍がそれをやられて大変な目に遭っているのだかから。
ならば進むしかない、進まざるをえない。
達は角やら長い耳やらなんやら付けた者達ががむしゃらに此方に向かってくるのが分かって勝利を確信した。
ここからは平押しでも勝てると。
では“引き伸ばす”の意味は何か?
基本的に軍隊の司令部、指揮官というものは軍後方にいるものである。
だがその軍が敵の包囲を阻止せんと敵の包囲に沿って広がりだしたら?
退却でもしなければ必然的に司令部、指揮官も前に出ざるをえず、その軍列は薄く伸びることになる。
そしてこの世界でも元の世界の近代以前の軍隊でも指揮官は煌びやかで、美しい戦旗を掲げて意匠を凝らした甲冑をきた側周りに守られている存在である。
「なるほどアレが敵の大将かな、興壱届くか?」
惟義は隣の興壱に問いかける。
既に興壱は矢をつがえていた。目線は敵軍の指揮官らしき者に向けている。
「届く届かないじゃないだろ、届かせるんだよ」
那須興壱、実家が伝統として流鏑馬をする神社の家系であることから日常的に弓矢を触ってきた。なお、流鏑馬をする神社だからといって宮司本人が行う訳でも無いので、興壱の家は珍しい。
その腕前は山中の鹿の脳天に木々を避けて射掛けられる程である。
興壱はいつもの様に祝詞を唱えながら矢を引き絞り、優雅にそして正確に、矢を放つ。
その矢は吸い込まれる様に煌びやかな武具と戦旗の輝く場所、指揮官の眉間に届く。
「どうよ、これが興壱サマの力よ」
興壱は目標の落馬を確認し得意顔で白い歯をみせた。
惟義たちの若気から来る勇猛果敢さに戦線を押され、戦列は乱され。遂には総指揮官を射抜かれる。異種族連合三〇〇〇の軍は種族氏族単位で我先にと敗走しはじめた。
惟義たちの、最初の戦いで、初めての勝利した。




