第百一話 士官学校ニイロ学園開校
魁世は第一綱領、霙計画に則り、官吏養成学校と士官学校を設立した。
一人の天才に勝る千人の凡人の組織をつくるためである。
開校日、さして大きくはない講堂に集められたのは文官候補生四十名、武官候補二十名は十代もそこそこの若者だらけであった。
かつての亡国の貴族の子弟から、魁世の手で保護された戦災孤児といった様々な出自を持つ若人たちである。
学校の事務局長にも就任した補佐官のフィーリア・クラウトンは、淡々と定刻になったことを伝えてくる。
学校長になった魁世は開口一番言い放った。
「この学校第一の理念は、新たな世をつくるための人材を育成することだ」
もとから静かであった講堂は、時間が凍結されたような静寂で覆われた。
もう少し失笑するか何か反応をして欲しいものだが。と、魁世はぼやきたくなったが口にはしなかった。
「君らはここ南奧州に生活してどう思う?ま、とは言っても——」
すると一人の少年が立ち上がり淀みなく発言する。
「コレヨシ・シマヅ様の御威光とイジュウイン様やニイロ様の治世によって、歴史上前例の無い、毎年のように飢えることも、不当に奪われることもなく、産業が振興されて領民は富み、前向きに生きられる生活が送れております」
魁世は聞いた立場でありながら面食らった。魁世は別に答えを求めていた訳では無かったからだ。壇上の下にいるフィーリアに、候補生に聞こえぬよう小声でおずおずと尋ねる。
「おい。あれはお前の仕込みか?」
「いいえ違います。自発的なものでしょう」「えぇ…」
魁世は軽く咳払いをして、再開する。
「うん。ありがとう。まさかそこまで褒めてもらえるとは、雨雪……執権も喜ぶよ」
“僕の、僕ら南奧州首脳部の目的は、その生活を、幸せを全世界に広めることにある”
“より多くの人が幸せになる。とても良いことだ”
“だけれど、南奧州以外の場所はそうでは無い。というよりも不可能なんだ。他国が僕らの統治を真似ることは、なんせその国の支配者階級には万民の幸福など発想すら無い”
“だから僕らの手で、生きとし生ける者が存在するのなら、ことごとく征服し、僕らが持つ幸せを実現させなければいけない”
“この世界から争いを無くし、平和な世の中にするには、ありとあらゆる戦いの可能性を消し去る必要がある。その最も即効性のある手段が世界征服なんだ”
この発言を後に聞いた雨雪は「ひどいペテン。よくもまあそんな三文演説ができたものね。それができるのはあなただけよ」と魁世へ鋭利に言い放った。
「そういうわけで、君たちにはその世界征服のための重要な存在になって欲しいんだ。武官はもちろん戦争に、文官は生産や後方の運営を担う。そんなところかな」
魁世は群蒼会のために異空間から攻めてくるだろう敵に対し、この世界の全資源を使うつもりだった。資源には当然、人的資源も含まれている。
はたしてそれに意味があるのか、それには十分の議論が必要だったが。
魁世が壇上を降りて講堂を出た。学校事務局長のフィーリアは壇上の元に立って、云った。
「彼方達士官候補生は亡国の貴族の子弟に孤児、ここまで生きてこられたのは何方のお力あってのことか」
するとフィーリアのその言葉に、先ほどの少年が幼さは残るがはっきりとした声で返した。
「ニイロ閣下の御加護があってのことにございます。フィーリア補佐官殿」
フィーリアは頷く。
「彼方たちはニイロ閣下の覇業成就の為の駒であり、全身全霊をニイロ閣下に捧げねばなりません。よろしいか」
生徒たちは勢いよく、生気ある声で応じた。
官吏養成学校と士官学校は、合わせて「ニイロ学園」とも呼ばれることになる。
期間はおおよそ三年。元傭兵団長のアムストンといった指揮官級の元軍人たちが戦訓や兵学の教育を、保安軍部隊長の月餅翁ウイルモスが教養の指導を担った。
中でも学校長、新納魁世の特別講義は人気を博することとなるが、それはまた別の話。
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