幽霊屋敷で人が消えるらしい
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「ねぇ、幽霊屋敷の話知ってる?」
そう持ちかけて来たのは、同じクラスの須崎薫だった。私は彼女に眉をひそめながら、リュックをまさぐって弁当を取り出す。
「幽霊屋敷って、あの町外れの?」
「そうそう。そこで人が消えるって話」
「怪談? 知らないなぁ」
薫は私の前の席に座っている友人で、私達は昼休みになると大概こうして話をしていた。
薫は「えっとね」と言って自分の椅子を後ろ向きに返し座り直した。
「あの幽霊屋敷に入った人はみんな、白い男に襲われて誰も帰ってこないっていう話」
「......え、おわり? 思ってたより8倍くらい短いんだけど」
「まぁね」
拍子抜けして、卵焼きを掴んだ箸を止める私。薫は肘をつき、卵焼きを口に放る私を妙ににやついた顔で覗き込んだ。
「実はこれ先輩から聞いてさー。ちょっと気になっちゃったんだよね。面白そうだし、先輩への話のタネになるし」
「先輩って、薫が狙ってる人?」
「しーっ。……まぁそうだよ。最近仲良くなってきたんだよ」
「ふぅん」
私はつまらなそうな声音になっていないかだけ気を遣っていた。
「男は殴り殺されて、女性も酷く痛めつけられたあげく首を絞められて殺されちゃうんだって。以前消えちゃった人にはカップルもいるらしくてさ」
「えーなんか、妙にグロくて嫌な話だね? んー、でも......」
私は少し言い淀んだ後、薫から手元のウインナーに視線を落とした。
「作り話くさい、でしょ?」
私が言葉を続けるより先に、薫は笑いながらそう言った。
「そうなんだよねぇ。それは流石の私もわかってるよー。だって、誰も帰ってこないなら、誰がその話を伝えるのって話じゃんね」
「ふふ、そうね。私もそう思ってた」
気を遣ってるのがバレていたようだった。突き刺したウインナーを薫の前に持っていくと、薫は遠慮なくかぶりついた。頬張りながら薫は話し続ける。
「でもそれはそれでさー、『先輩何もなかったじゃないすかー!』って話にできるからいいかなーって思ったりしてさー?」
「そうだね。おもしろそ......ん?」
違和感。私はその時一瞬脳裏に過ぎったそれを手繰り寄せるように、宙を見つめた。
「どうしたの?」
薫が訝し気に私を見る。私は、気づいたそれを、言葉を選びながら口にした。
「いや、なんとなく、だけどさ。幽霊屋敷のことを伝えられる人いるなーって思っちゃって」
「え、どゆこと」
「だからその、実際に幽霊屋敷で何があったかって誰かに伝えられる人、そういやいるじゃん」
「......あ」
妙に、クラスのざわめきが騒々しく聞こえた。お互い視線は噛み合わない。
「まぁ、そんなわけないんだけどさ」
「うん、ね? まさかね」
そこで、チャイムがなった。私ははっと目を上げて、教室の壁にある時間割表を見た。
「次、移動だよ」
「あ、うん。そうだね」
「行こっか」
「うん。あ、用意するから、待ってて!」
薫が前へ向き直り、私達に漂っていた気まずい空気は、いくらか軽くなったように感じた。
私達は普段通りに過ごした。幽霊屋敷の話には一切触れなかった。
薫は結局、幽霊屋敷には行かなかったらしい。
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