上編
死刑囚田辺和也は世界を救うと信じて、殺人を犯した。
本当に和也は正しかったのか?
3部作の上編になります。
青い空の下、裁判所から頭頂部が薄くなった男が慌てて出てきて、手に持った紙を皆に見えるように掲げた。
その紙には死刑と書かれていた。
パシャパシャと新聞社から派遣されたカメラマンのフラッシュ音が鳴り響き、近くではリポーターが非道な殺人事件に裁判に対する評決が下されてことによる、熱のこもった実況が行わていた。近くでは、遺影を掲げた遺族がハンカチで涙を拭っていた。
刑務所から警察官に連行された40代半ばになる一人の男性囚人が囚人護送車に連行されている。
その近くでカラスや猫が鳴いていた。
囚人名 田辺和也は周囲を見回し、丸い眼鏡を掛けた50代くらいの女性を見かけて、ニヤリと笑い、彼は心の中で勝ったと思った。
刑務所の中で田辺和也は大人しく、規則正しい生活を送っていた。本を読んで、その後に原稿用紙に文章を書く。その繰り返しの日々で、ある時和也は看守に原稿を渡し、捕まる前に勤めていた出版社に渡してくれと伝え、看守は受け取った。塀の外で猫がニャーと鳴く声が聞こえてきた。
両親は事件を起こす前に亡くなっていて、天涯孤独の身になっていたので、面会人は誰も居ないはずだったが、本を出版するにあたって、同期で出世して、編集長になった男が来た。
「あれを出していいんだな?」
和也は力強く頷く。
「ああ、頼む」
涙ぐむ編集長
「ごめんな、気づいてやれなくて」
「いいんだ」
和也はそう言うと、二人は永遠に別れた。
数日後、和也が頼んでいた本を看守が持ってきた。
「どうもすいません」
和也がそう言うと看守は無表情で本を渡した。
「精神欠落者」
看守はそう一言、告げると去って行った。
「たしかに俺は気がふれたと言われても仕方がないだろう」
和也は事件を起こす発端から今までのことを考えていた。
あれは30数年前、親が事故で亡くなった時に、一人公園のベンチで座っていると丸い眼鏡を掛けた50代くらいの女性が隣に座った。特別変わったことはないが、何故か印象に残る女性だった。女性が無表情の顔で子供だった俺を見つめる。
「僕どうしたの?」
女性は無機質な声で質問した。
俺はあまり話したくない気分だったので、無視しようかと思った。
「お父さんとお母さんが居なくなっちゃった」
何故か、口が勝手に開いてしまった。
「可哀そうね」
女性は何も感じていない様子で応答した。
「うん」
俺はそう言って、俯いた。
「僕将来はどんな人間になりたいの?」
女は無機質な声で聞いてきた。
「感謝される人間になりたい」
「そう、、、叶うかもね。ところで」
女は無機質に言って、いったん区切った。俺は彼女の顔を見た。
女は無表情でこちらを見つめていた。
「私がお母さんになってあげようか?」
やはり、無機質に言った。
俺は首を左右に振った。
「そう」
女は無機質にそう言うと歩いて行った。
2日後、他県で大地震が起きて死者多数が出る災害が発生した。
それから、10数年後、俺は大手出版社のジャーナリストになった。仕事ができる同期が出世するのをみて、頑張っていたが、実力では叶わないと思い知り、手堅い仕事をする記者として、社内の地位を確立していった。
刑務所にいる現在から数か月前に事件は起こった。
それは過去に起こった厄災についての記事を作っている時。図書館に寄り、記事集めに没頭していた。すると、いつの間に座っていたか、横の席の女性が立ち上がったので、驚いて顔を見ると丸い眼鏡を掛けた無表情の女性だった。女性は出入り口に向かっていった。
机の上にその女性が読んでいた20数年前の新聞があった。
俺はすぐにあの時の女性だと思いだした。そして、普段だったら、マナーの悪い利用者に怒りを覚えるところだが、あの女性がどんな本を読んでいるかと興味が沸いたと同時に、俺は何か違和感を感じたが、それを無視することにし、覗くと海外で起きた大規模火災の記事だった。
しばらく眺めていると、すぐに驚くことを発見した。それはさっき出て行った、女性が写真に写っていた。あの時と同じ姿、同じ無表情で、
ネットで厄災が起こった記事を探すとそれを新聞で調べた。すると中には50年前の新聞から全ての写真にあの女性が居た。
その全ての記事には付近の住民は全て、亡くなっているという事が書いてあった。調べ終えた俺はあの女性を探すべく、図書館を後にし、建物の前に立った俺は違和感の正体に気づいた。
新聞の保存期間は1年だ。
そして今日は休館日だった。
確かに数人、図書館いたはずだ。どんな人が居たか、思いだそうとしたけど、受付の人物も性別がどうっだかも思い出せなかった。
建物をしばらく行ったところにあの女性が立っているのが見えた。走って、彼女を追いかけると彼女は歩き出した。
彼女は階段を登り切り、彼女を追って、階段を上り終えると、そこに見通しのいい、誰も居ない交差点があった。
足下を見ると手帳を見つけた。俺は手に取り、何ページもずらっと名前が書きこまれていて、上部の日付の記入欄には西暦で日付が書かれていた。最新のページを見ると4人の名前が記入されていた。
浅野博、中井駿太、源田一、遠藤守、ジョン回
この名前は日本で有名な細菌学者の名前だった。
カラスが不気味に鳴いた。
気になった俺は当時、あの女性と会話した2日後の震災について調べていた。会社に保存されていた当時の週刊誌で震災の記事を探していると予兆はあったが誰も避難せずに居たとのことだった。原因は伊藤圭介が知らせなかったことによる避難遅れ。彼が報告を遅れたことにより、多数の人間が亡くなった。彼が居なければ、他の人物が担当することにより、事件は防げていたはずだと、当時発行された雑誌に書いてあった。
女性が落とした手記を読んでいると過去に伊藤圭介の名前を見つけた。
「ここに書いて伊東圭介はな殺人未遂にあったんだよ」
背後から声を掛けられ、驚いて後ろを振り返ると年配の男が立っていた。
「ヨシさん」
声をかけた人物は吉野幸三この会社のベテラン記者だ。
「どういう事ですか」
俺はヨシさんに体を向けて、真剣に話を聞いた。
俺の勢いにヨシさんは少々面食らったようだ
「当時のことはよく覚えている。この写真を撮ったのは俺だからな。この殺人未遂の前に実は連続殺人事件があったんだ。それで警察は周囲の捜査を強化してたんだ。そして、犯人が捕まった。奴は捕まった時に言ってたよ」
ヨシさんは当時のことを思い出すように目を瞑った。思い出すまで待つことにした。
「あと、こいつをやれば大勢の人間は救われるってな。捕まった時に言ってたそうだ」
「それでそいつはどうなったんですか?」
「極刑の判決を受けたよ。現在は○○刑務所で決行を待っているそうだ。」
俺はその話を聞くや、何故かあの丸眼鏡の女が関わっていると直感で感じたので、居ても立ってもいられず、そのまま刑務所に向かった。
幸三は自分が作った記事を見返している。
「そういえば、何故か、印象に残っている女が居たなぁ、丸眼鏡で無表情で」
そう言うと幸三の目が険しくなった。
「なんだこれは、、、」
ありがとうございました。